第12話 フルフルという女。

 あぁ、あぁ、あぁ!

 素晴らしき、素晴らしきアマイモン様!


 無事に戻って来られた彼の腕を胸に挟み込むように抱きしめ、甘い歓喜に身を震わせる。


 たくましい腕、素晴らしい剣の腕、そして何より光輝くような美貌!

 この方こそ、私が探し求めていた「王子様」に違い無い!


 私達姉妹の危機に颯爽と現れ、損得勘定抜きで救ってくれた彼の姿は輝いて見えました。

 例えあの危機が「私が仕組んだ物」であっても、その高潔な精神の価値は揺るぎません。



 絶対私のモノにする。

 決して逃がしてなるものか。


「ははは、フルフルさん。大丈夫だよ……───」


「もう! フルフルと呼び捨てにしてくださいまし!」


 ぐい、と自慢の大きな胸を当てて彼にアピールする。


 私、知ってるんだぁ。

 男の人は、こういうアピールに弱いって。

 身体に触れ、好意を見せればどんな男でもそう。

 少なくとも今までの男の人は、みぃんなこうやると私の方を見てくれた。


 心の中でほくそ笑みながら、上目遣いを意識して彼の顔を見る。


 しかし、アマイモン様は困ったような顔をするだけだ。


 おかしい。


 おかしい。


 どうして。

 どうして。

 どうして?


 なんで、私をそんな顔で見るの?


 身を焼くような焦燥感を覚え、彼の身体にしな垂れかかる。

 こ、これならどう?

 やわらかいでしょう?


「お怪我は!? お怪我はありませんか!?」


「ははは、無いよフルフルさん……というか、どさくさに紛れて股間触らないで……」


 ダメだ、困ったなあといった表情が崩れない。

 この町への旅路でもそれとなく好意は示していたが、その時の表情となんら変わらない。

 アマイモン様はものすごく感情を隠すのが上手いか、ものすごく鈍感に違いない。

 ……後者なら手ごわい相手と言わざるを得ない。


 だけど、絶対に落として見せる。


「あ、そうだムルムルさん。これを」


「え?」


 アマイモン様が妹であるムルムルに小さな鞄を手渡す。

 お土産だろうか、私の分は無いの?


 その後の会話を聞いていると、どうやらお金らしい。

 なんだ、お金か。

 私、そんなものに興味はないの。


 生きていくのにお金が必要なのは知っているけど、そんなもの人に任せればいいのよ。

 私の場合ムルムルに全てを任せているのだけど、それで困った事は一度も無いのだからそれでいいの。

 その代わりムルムルが困った事になった時は全力で護る、なぜなら私はおねえちゃんなのだから。

 つまり、役割分担って奴よ。


 ……ところでムルムル、ちょっとアマイモン様に近すぎない?

 涙まで流しちゃって。

 女の涙は簡単に見せちゃ駄目よ?


 この子、男心をくすぐるのが上手いのよねぇ……。

 流石私の妹と言いたいところだけど、不思議な事に私の狙っている男ばかりこの子に惹かれるのよね。

 ギルもスィーニィもドルガもギシーも……そしてシャックス・ウルグスも。


 まぁ、全部私が先回りして取っちゃったんだけど。

 恋は戦争、早い者勝ちだから仕方がないよね?


 シャックス・ウルグス、お父様の仇にして私の元恋人。


 元々ムルムル目当てで入門してきたのだけど、すぐに私の魅力にメロメロになったのだ。

 私ってば罪な女ね。


 流派で最も腕の立つ剣士であった彼は、隣国の王子の武芸指南役として召し抱えられることが決まっていた。

 ただ、田舎である隣国に行きたくなかった私は、道場を継ぐように彼を唆した。


『師匠に掛け合ってみる』、あの日シャックス・ウルグスはそう言った。


 あの夜、父と彼の間で何が起きたのか分からない。

 だが結果として起きたのは、私達の庇護者である父の死と屋敷の焼失であった。


 どうして父を殺すだけでなく、屋敷に火を放ったのか?

 何故、姿を消したのか?


 何も、分からない。


 だけど、あの出来事の発端が私であるのは間違いないだろう。

 だから私は彼を責める気は無い。

 何も知らないムルムルの手前敵討ちと言ってはいるけれど、それで死んだ人が生き返る訳でもないのでどうでもいい。

 もちろん、そんな事を口に出す気はないけどね?


 そもそもの話、あのシャックスが今も生きているかどうか不明なのよね。


 確かに彼の剣の腕は素晴らしいものだったけど、意外と気が弱い所があった。

 豪胆な振舞を心掛けていたようだったけど私には分かる、シャックスという男は病的なまでの臆病者だ。

 ま、そこも可愛いのだけれど。


 とにかく、そんな臆病者が姿を隠したのだ。

 専門家でもない人間が探そうとしても見つかる訳が無い。





 そう思っていた。




 ムルムルが落ち着いたタイミングで、アマイモン様は薄い笑みを浮かべ私達に告げた。


「確定情報ではないんだけど、二人のお父さんの仇であるシャックス・ウルグスが、どうやらこの町にいるらしいんだ」


「「えっ!?」」


 私とムルムルの声がハモる。

 ただ、そこに含まれた感情はかなり違うのだけれども。


 マズい。

 どう考えてもマズい。


 マズいマズいマズい!!


 あの現場から逃げた小心者の事だ、妹と顔を合せたら洗いざらい喋ってしまうに違いない!

 そうなればあいつのせいで私の人生は滅茶苦茶だ!

 折角「可哀想な姉妹」という立ち位置になれたのに!


 はしゃいでいるムルムルと、その様子を微笑ましそうに眺めているアマイモン様。


 かくなるうえは、私が先にシャックス・ウルグスを見つけ出し、その口を封じなくてはならない。

 逃がしても良いが、それでは根本的な解決にならない。





 つまり、殺すしかない。





 殺して、誰にも気づかれない場所に埋めるしかない。





 私の神札タロット女帝エンプレス」ならば、容易い筈だ。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ◇悲報 ろくでもねぇ女、登場してた。

 ……普通の可愛いヒロイン書けないの、俺?


 ◇神札タロット女帝エンプレス

  正位置:繁栄、豊穣、母権、愛情、情熱、豊満、包容力、女性的魅力

  逆位置:挫折、軽率、虚栄心、嫉妬、感情的、浪費、情緒不安定、怠惰、虚言


 ◇つーか、最初に作ったプロットも崩壊してます。

 2章のボスも現時点で不明!

 マルチシナリオシステム!

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