第8話 姉妹と「隠者」
「アマイモン様! 大丈夫でしたか!? お怪我などはなさっておりませんか!?」
私の姉であるフルフルが、戻ってきた
その姿を認めた彼は、いつものように軽薄な調子で笑って言う。
「ははは、フルフルさん。大丈夫だよ……───」
「もう! フルフルと呼び捨てにしてくださいまし!」
公衆の面前にも関わらず、いつものやり取りが始まったのでアマイモンの様子を観察する。
どうやら怪我などはしていないようだが、その重い足取りから疲労が見て取れる。
なるほど相当消耗しているようだが、それは恐らく精神的な物に違いない。
……あの男との「話し合い」は、それほど緊張するものだったのね?
私達姉妹の旅になし崩し的に着いてきた
剣を大切にする人間ならば別にそれは不思議でもない行動だ。
つまりはその後の展開は、彼にとっても偶発的であったことが分かる。
私達はそこで出会ったのだ。
見上げんばかりの身長の筋肉という鎧を身に着けた大男。
見る者に戦慄と畏敬さえ感じさせる、独特の雰囲気を纏った益荒男。
彼がただ者ではない事は一目見てすぐに分かった。
「元」が付くが、これでも私は剣の道場主の娘である。
その人物がどのくらい「やれる」かくらいは分かるつもりだった。
父もそれなりに名の知れた武人であったし、門下生にも相当な手練れがいたので目は肥えている方だと思っていた。
しかし、件の大男の実力は全く予測できなかった。
隠しているわけでもないのに、全くその実力を見定めることが出来なかったのだ。
そもそもの話、あれだけの力を持つ人物がいる事に全く気付かなかったこと自体が異常だ。
……もしかして、大きすぎて気付けなかったのでは?
人間は山があってもそれを脅威と感じる事は難しいものだ。
蚊がドラゴンを脅威とは感じないように、隔絶した存在には脅威さえ感じることが出来ないだろう。
実際、フルフル姉さんは気付いてさえいないみたいだし、中途半端に理解できた私が一番損をしている気がする。
「お怪我は!? お怪我はありませんか!?」
「ははは、無いよフルフルさん……というか、どさくさに紛れて股間触らないで……」
此方の気も知らず、無邪気にじゃれ合う(?)二人。
うーん、相変わらず姉さんは能天気だ。
明るくて優しくて気立ては良いのだが、頭お花畑なんだよね……。
そんな事をしている場合ではないだろうに。
このままだと話が進まないので、姉さんの機嫌を損ねるのは分かっていたが割り込む事にする。
「それでお兄ちゃん、結局あの人は誰でどんなお話をしてきたの?」
あぁ、案の定フルフル姉さんが睨んでいる。
別に姉さんの恋路を邪魔する気はないんだよ、だから大人しくしてて。
アマイモンはぎこちない笑みを浮かべ、私に向き直って答えてくれた。
何故か彼は私との距離をどう取るか悩んでいる節があるのだ。
「あ、あぁ! 彼は南部の英雄ヴァサゴ・ケーシーだ。名前くらい聞いたことがあるんじゃないかな? 彼とはまぁ……知り合いでね。ちょっとお互いの近況を伝え合ったのさ」
「あの人が……!」
傭兵という一介の破落戸に過ぎない存在から、大国ガリアの基礎を作り上げたという「暁の傭兵王」!
驚きと共に納得もした。
なるほど、それならあの雰囲気にも納得だ、あれはまさしく英雄と呼ばれるにふさわしい。
何故そんな大物がこんな所に居るのかという点を除けば、だが。
「う゛ぁさご?」
フルフル姉さんが小首を傾げている。
私と一緒に旅しているのだから間違いなく聞いたことはある筈なのだが、その名前に覚えはないらしい。
姉さんは自分の興味がない事には一切脳の容量を割かないから、ある意味仕方がないとも言える。
「彼こそ英雄、英傑というべき人物さ。俺なんか足元にも及ばない」
そう言ってアマイモンが自嘲気味に笑う。
「そ、そんなことありません! アマイモン様は……───」
「ははは、ありがとうフルフルさん。だが、事実だよ」
姉さんが何か言い掛けるも、彼にしては珍しくきっぱりとした口調で言い切った。
……アマイモンがヴァサゴ・ケーシーと知り合い?
謙遜はしているが、彼アマイモン・ジーロもこの地方では名の知れた男だ。
これまた破落戸である冒険者の中でも「数少ないマシな存在」と言われている。
甘いマスクに流麗な太刀筋、受けた依頼の成功率は100%を誇ると言われている有名人だ。
彼に救われた人間もかなりの数にのぼるだろう。
そもそも私たちとの出会いも彼に助けて貰った事が始まりだし、その後の短い付き合いでも彼が悪人ではない事は疑ってはいない。
だが、このアマイモンという男は以前聞いた噂と余りにもかけ離れており、この男が本物かどうか私が疑う理由はそこにある。
その「噂」とは……───
「あ、そうだムルムルさん。これを」
「え?」
いつの間にか私の前に立っていた彼が、私の名を呼んで何かを差し出した。
急に目の前に差し出されたので、反射的に受け取ってしまった「それ」をまじまじと見つめる。
「……鞄?」
それはしっかりした作りの小さな鞄だった。
シンプルで飾り気はないものの、使いやすさを第一に考えた一流の職人の手によるものだろう。
随分高級感がある革製だけど、一体なんの革だろう……?
「うん、開けてみて」
「……?」
微笑む彼に言われるがまま鞄の中に手を入れて驚いた。
これ、空間拡張鞄だ!
「こ、これ……!」
思わず叫びそうになるが、慌てて口を抑える。
叫んでしまえばたちどころに盗人が寄ってくるような代物だ。
こんなものを公衆の面前で軽く渡すな!!
「うんうん、やっぱりムルムルさんは賢いね。当座の活動資金が入ってるから管理をお願いしたい。どう使うかはお任せするよ」
私の反応を見て悪戯っぽく微笑むアマイモン。
完全に私の反応を予想しての行動だろう。
この人はたまにこういう意地悪をする。
「……ッ」
彼の思い通りのリアクションをしてしまった事を腹立たしく思いながら、鞄の中の資金とやらを探る。
こんなものを使うのは初めてだが、幸い使い方は直ぐに理解できた。
「……!」
これは……金貨!?
ひいふうみい……ひゃ、ひゃくまい!?
こんな大金、見た事無いよ!?
驚きのあまり再び叫びそうになる。
「これだけあれば当分は大丈夫だろう? ヴァサゴ・ケーシーに『融資』を頼んだんだ。まぁ、彼は『返さなくていい、情報料だ』とか言ってたけどね」
はにかむように微笑む彼を見て、おもわず涙が出そうになる。
あぁ……あぁ……!
これだけあれば、3人でも数年は暮らしていける……!
寄り道ばかりしていた父の仇探しも捗るに違いない!
何より、身体を売って路銀を稼ぐような事もしなくていい……!
父を亡くし道場も燃えてしまった私達姉妹には、文字通り何も残っていなかった。
泣いている私を前に「父の仇を取ろう」と言いだしたのは、姉さんだった。
優しい姉さんがそんな事を言いだしたのは、そうでもしなければ心が壊れてしまうからだったのだろう。
私達が再び立ち上がるには、生きる目標が必要だったのだ。
父を殺した犯人は姉さんの恋人である門下生だったのだから、自分を責める気持ちもあったに違いない。
いずれ姉さんを娶り道場を継ぐ予定だった男、何故彼がそんな事をしたのか分からない。
それを問いただしたかったに違いない。
だから私達は旅立つことにした。
同情した地元の人たちから多少の支援を受け、二人で敵討ちに出ることにしたのだ。
だが、その旅路は平坦なものではなかった。
当たり前だ、私達姉妹は世間知らずの箱入り娘だったのだから。
そんな私達がお金を稼ぐ手段なんて、一つしか思いつかなかった。
と言っても、姉さんは私がどうやって生活費を稼いでいるか知らない。
父の遺産を切り崩しているという私の嘘をずっと信じているのだ。
フルフル姉さんは決して賢い人ではない。
その上、惚れっぽいし無鉄砲だしトラブルメーカー気質だ。
でも、とても優しくて素敵で……私の唯一の家族だ。
その人を守るためなら、この程度なんてこともない。
私の身体がいくら汚れようと、姉さんが笑ってくれればそれでいい。
そう思っていた。
でも。
決して望んでやっているわけではないのだと、今ようやく理解した。
「……本当に、いいんですか? このままこれを持って私が逃げるとか考えないんですか、
「確かに逃げられたら困るけど、ムルムルさんはそんなことしないだろう?」
そう言ってハハハといつものように笑う
甘い。
なんて甘いんだ、この人は。
でも。
よかった。
この
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
◇フルフル
頭お花畑の姉。
ほわほわ美人。
◇ムルムル
しっかり者の妹。
可愛い系美人
◇……という設定しかなかったのに、なんかこう急にアレになってしまった。
◇なんでムルムルが
最初の持ち主が死んだのは連れ込み宿の階段でした。
以上です……。
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