第7話 「愚者」、「悪魔」の一端を知る。

 おじさんの昔の女(?)の持ち物だという所に少々引っかかるが、かなり上等な剣を手に入れることが出来て一安心。

 しかも、片刃の剣の使い方のレクチャーまでしてくれるというおまけつき!


 男女二人、修行、汗、共同作業。

 何も起きない筈がなく……!


 うひひひひ、こりゃあもうシトリーの奴に一歩も二歩も差をつけちゃったかなァ!?


 ……まぁ、おじさんは基本真面目だから、普通に教えてくれるとは思うけどさ。

 でもやっぱり、男女関係ってのは二人の共同作業を繰り返す事で、距離を縮めていくのが王道だと思う。


 うん、まだ私には時間があるのだ。

 焦らず少しずつ、少しずつ距離を詰めよう。


 その為にも、今日のお買い物デートは失敗が許されない。

 なんとかおじさんの好みを探らねば……!






「……───とか思って、気合入れてたんだけどなァーッ!?」


 頬を膨らませて道端の石を蹴る。


 手持ちの服をすべて引っ張り出して、少しでも可愛いと思って欲しくてコーデしたのに!

 乙女の努力が水の泡だよ!


 ……いや、分かってるんだよ?


 おじさんにとってあの男との話し合いが非常に大切そうなのは、出会った時の表情から想像はつく。

 ただの昔の知り合いと出会ったにしては、彼の様子は余りにも切迫したものだった。


 私は、彼らの「話し合い」への同席は許されなかった。


 着いて行く気満々だったのだが、やんわりと拒否された上にお使いまで頼まれてしまったのだ。

 もちろん頬を膨らませて抗議はしたのだが、正直それが通るとは思っていなかった。


 なんだかんだ言って、おじさんと私は昨日知り合ったばかりの浅い仲なのだから仕方がない。

 むしろ、そう言う状況にも関わらず私に気を使ってくれたのは喜ぶべき事だろう。


 あとで必ず埋め合わせはする、という言質は取ったのでデートは後日やり直せばよい訳だし、むしろ借りを作れてラッキーと考えよう、うん。


 ……どんな話し合いなのか気になるが、興味本位で隠したがっている秘密を暴くなんて悪趣味な事をやる気はない。

 私はおじさんのパートナーになりたいのであって、彼の全てを知りたいわけではないのだ。


 おじさんから託されたメモを手に、「屋敷」への道を急ぐ。

 業腹だが、戻ってシトリーにおじさんからの伝言を伝えねばならない。


 おじさんに頼られるなんて妬ましい。

 なんで私を頼らないの!?

 なんで、なんでなんでなんでなんで!

 あの子なんかに!!


 ……まぁ、適材適所って奴だから仕方がないけど、それでもだ。


 伝えた体にして、ここでシトリーへのメモを破り捨てようかしら?

 手の中の紙切れを眺めながらそんな事を考える。


 いや、どう考えても悪手だ。

 そんなことをしてバレたらおじさんからの信用も消し飛ぶし、そういう汚い手は最後まで取っておくべきだ。



 ……えーっと、この角を曲がるんだったよね?

 眉間に皺を寄せながら、屋敷への道順を思い出す。


 私達が泊っている『マヨイガ』とか言う屋敷、あの場所には決められた道を通らないとたどり着けないようになっているらしい。

 「鍵」があれば別だが、本来はそうやって辿り着くのが正攻法との事。

 面倒くさい宿もあったものである。


 ……おじさん、どうやって辿り着いたんだろ?


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「あ、いた」


「あれ、メアリーちゃんなにか忘れ物?」


 なんとか辿り着く事ができた『マヨイガ』のリビングに居たのは、黒縁眼鏡を掛けたウサミミの少女であるシトリーであった。


 昨日着ていた胡散臭い黒装束ではなく、おおきめのシャツからすらっとした足が覗くラフな格好である。


 というか、ラフすぎる。


 それ、シャツの下に何か着てる?

 まさか、全裸にシャツだけか?

 ここはお前の実家か何か?


 なにより腹が立つのが、そんな格好なのに非常に「」のである。

 整った顔立ちに、あどけない表情。

 そのくせ黒縁の眼鏡が知性を感じさせるアンバランスさ。


 あざとい。

 あざといという言葉の擬人化か何かか、こいつ?


 もし私がこいつの中身を知らなかったら、きっと抱きしめてぐりぐり頭を撫で回していたに違いない。

 それくらい酷く庇護欲を誘う姿である。

 ……兎人を所有しようとするやつらの気持ちが、少しだけ分かってしまい非常に嫌な気分だ。


「いや、そういう訳じゃなくて……」


 派手に宣戦布告して先手を譲ってもらった手前、デートは中止になったとは言い辛い。

 そこで彼女の手に握られている物に気付いた。


「本?」


 その小さな手に握られていたのは、付箋が幾つも付けられた使い込まれた本であった。


「ん? あぁ、これ? パパに頼んで貸してもらったんだよー。今後の為にパパが持っている資料の精査してたワケ」


 そう言ってシトリーが机の上に置いてあった鞄を指さす。

 確かにこの鞄はおじさんの腰にあったモノだ。


「すごいよ、この鞄。空間拡張鞄なんだけど中身が全部本とか書類なんだ! 多分200冊くらい詰まってる」


「空間拡張鞄!? 初めて見た! なんか見た目より沢山入る鞄なのよね?」


 旅をする人間にとって垂涎の的である空間拡張鞄は、ものによっては城が一つ建つほどの値段がつくはずだ。

 そんなものをポンと貸し出すなんて……。




 そんなに信用されているこの娘が、妬ましい。




 ギリ……と無意識の内に奥歯を鳴らす。



 やはりこいつ、ここで殺……───





 ……───待て待て待て、メアリー落ち着きなさい。

 私が頼んでもおじさんは貸してくれるのでは?

 私の脳内ヴァサゴに頼んでみる。


 ……貸してくれそうだなぁ。


 うん、おじさんはそういう人だ。

 別にシトリーの事を特別信用しているわけではない、はず。

 大体知り合ったのは同じタイミングな訳だし、なんなら私の方が数時間早い。

 つまり、私が頼んでもおじさんは断らない、はず。


 よし。


 気を取り直してシトリーに訊ねる。


「で、それは何の本なの?」


「これ? パパの日記。なんか入ってたからつい、ね?」


 そう言ってペロリと小さく舌を出す。


「はぁッ!? ずるいッ! ずるいずるいずるいッ!」


 私も読みたい!

 私だって、おじさんの過去を知りたい!

 シトリーだけ知るなんて、不公平だ!


「おおう、プライバシーの侵害とか言われるかと思ったけど、ズルいと言われるのは予想外だったわ……」


 頬をひくつかせるシトリー。

 シトリーに手渡している時点で「読まれても別に構わない」と思っている筈だし、この場合はプライバシー侵害には当たらないと当方は考えます。


「私も読む!」


「いや、好きにしたらいいんじゃないかな……? というかメアリーちゃん、ボクに何か用事があるんじゃ?」


「あ」


 そこでようやくおじさんからの伝言を思い出した。


「ん」


 メモを取り出し、シトリーに手渡す。


「あ、パパの字だ。えーっと……『アマイモン、ムルムル、フルフルと言う人物についての調査を頼む』? ふぅん……?」


 手に持っていたおじさんの日記を机に置き、何やら長考に入ったシトリー。

 とりあえずこれで私の仕事は終わった。


 私はシトリーが机に置いた日記を手に取り、ぺらぺらと捲る。


 おじさんらしいきっちりとした字で、日々感じたことが一言二言短く記載されていた。

 たまたま開いたページは、日付を見るにどうやら5年程前のようだ。


 なんとなく読み始めると、その頃のおじさんは学術都市という所に学びに行ったようで、新しい場所での生活に四苦八苦している様子が見て取れた。


 ふむふむ、興味深い。

 おじさんのような人でも、新生活には不安を感じるものなんだねえ。


 最初は『今日はこれを学んだ、明日は実験がある』みたいな感じの淡々とした日記だったのだが……。





 途中から、人の名前が出てくるようになった。





『ロッテ・リードマン』




 この人物と親交を深め、親しくなっていく様子が淡々とした文章からも伝わってくる。


 間違いない。

 私の勘が告げている。




 これは、だ。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ◇ひえっ。


 ◇シトリーちゃん、俺の脳内でどんどん可愛くなっていく……。

  そしてメアリーちゃんがヤバくなっていく……。

  なんでライバル排除の手段で、一番最初に出てくるのが「殺害」なんだよ。


 ◇とりあえず2章の枕の話が終わり、かな?

  次回からまた進んでいきます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る