第6話 「悪魔」、驚愕する(3回目)

 物語で語られる「悪魔」には、大抵の場合は名前がある。


 それは彼らが「キャラクター」であるからだ。

 天災や病魔の化身である彼らを、人々は恐れた。


 恐れる為には、名前が必要だ。

 語り継ぐためには、名前が必要だ。

 だから、「悪魔」には名前がある。


 最も有名な悪魔「サタン」、彼は元々天使だったという。

 他の悪魔達もその起源を調べると、土着信仰の神である場合が多い。

 征服者が敵対者の神を「悪魔」と呼んだのだ。


 まぁ、それはそうとして。


 日本のサブカルチャーにおいては「悪魔」という存在は人気だ。

 その成り立ちや不思議な響きの名前が、俺達のような人々の琴線に触れるのかもしれない。


 つまりはそう、いわゆるオタクであった俺も「悪魔」と言う存在は嫌いではないし、若い頃は色々調べたものである。

 なので、有名どころは知っているつもりだ。



 そのつもりだった。

 そうであるはずだった。



 俺の名である「ヴァサゴ」。


 それは、かの有名な「ソロモン72柱」の序列第3位の悪魔 地獄の君主の名である。



 それを思い出した瞬間。



 膨大な記憶が。

 悪魔と言う存在についての記憶、それに紐づいた俺の記憶。



 それらが洪水のように溢れ出た。



 くらりと眩暈を起こし、よろめいて額に手を当てる。



 ちくしょうめ! 何で気付かなかった!


 バアル様! アガレス翁! グレモリー! シトリー! あとパイモン。


 みんな、みんな「ソロモン72柱」の悪魔の名前じゃねーか!

 よくよく思い出してみると、他にもちらほら思い当たる名前の知人や仲間がいる!

 変わった名前だなとしか感じなかったぞ!


 クソがッ!

 この感覚、以前にも感じたことがあるぞッ!


 世界地図を見たあの時、「アルカナ・サ・ガ」の事を思いだした日だ!


 やられた!

 「神」の野郎、まだ俺の記憶を弄ってやがったな!?


 ただ、あの時は「そうなるように」仕組まれていたように感じた。

 つまりは俺が「アルカナ・サ・ガ」を「思い出す」のは既定路線だった訳だ。


 だが、今回は「無理矢理引っ張り出された」感じだ。

 紐づいた記憶を、ずるりと引き抜いたように思えた。


 前世の記憶なんてそう簡単に引っ張り出されるものではないはずだが、同胞と出会い言葉を交わすことにより色々緩んでいたに違いない。

 それだけ俺にとって衝撃的な出来事だった訳だからな。


 だって三十数年間、転生者になんぞ一度も出会わなかったんだぜ?


 この神札タロット戦争が始まった時には転生者がいる可能性も考えたが、こうも早く出会うのは予想外だ。

 何と言っても本格的に動き出したのは昨日な訳だし、あまりにも急展開過ぎる。

 少々ズルして神札タロット結構集めちまった弊害か?


『だ、大丈夫っスか? なんか鼻血出てますけど……』


 アマイモンの方を見ると心配そうな表情でこちらを見ている。

 鼻に手をやると、ぬるりとした液体の感触があった。

 手を見ると結構な量の真っ赤な血が付着していた。


 血か。

 自分の血は久しぶりに見るな。


 そんな呑気な事を考えながら慌てることなく、鞄から取り出した布で鼻血を拭う。


『心配すんな、大したことねえ』


 うん、もう血は止まったな。

 ちょっと毛細血管が切れただけのようだ。


『俺、何か変な事言いました?』


 アマイモンは俺の様子を見て戸惑っているようだ。

 まぁ、話し相手が突然鼻血出し始めたらそうなるわな。


『いや、お前の言葉で「前世」の記憶が蘇ったというか、封印されてたのが解けたんだよ』


 そうは言ったがアマイモンの発言内容から見るに、この世界に来たばっかりっぽいし、理解できないだろう。

 だが、他に説明しようがないから仕方がない。


 と、そんな風に思っていた。


 ところが俺は、目の前の優男が発した言葉に再び衝撃を受けることになった。




『あぁ、がやりそうな事ですねぇ』



 小さく笑いながら、こともなげにそんなことを言い放ったのだ。


 こいつは、知っている。

 俺をこの世界に引っ張り込んだ、黒幕を知っている。



『……、とは誰だ?』



 我ながらゾッとするような冷たい声。

 先程まで弛緩していた空気が、凍る。


 場の雰囲気が急に変化したことに気付いたアマイモンが、慌てて答える。


『えッ!? いや、その……真砂さんはアレと会わなかったんですか?』


『はァ!? アレってなんだよ!? もしかして転生物に付き物の、神を名乗る存在とかとお前は会ったのか!?』


 お互いの認識に大きな齟齬があるらしい事に気付き、二人して混乱する。


 俺、こいつと会ってからずっと驚き戸惑ってるなぁ!

 もし逃げに徹されていたら、きっと取り逃がしてしまったに違いない。


 つーか、昨日から想定外の出来事しか起きてねぇぞ。


『会ったというかなんというか、気付いたらそこに居たというか……──────』


 アマイモンは勿体ぶるつもりも無いらしく、べらべらと自分が体験した出来事について話してくれた。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


『……──────っつーわけです』


『…………』


 全てを聞き終え、場に沈黙が満ちる。


 話はそんなに長いものではなかったが、驚くべき事実ばかりであった。


 アマイモンの言葉に嘘がないとすると、この男の存在は完全なイレギュラーに違いない。

 しかしまあ、神のごとき相手に対してよくそんな態度が取れたものだ。


 呆れた様な、感心した様なそんな気持ちで目の前に座る優男を見る。


 こいつは、こいつの精神性は特級だ。


 肉体強度は「そこそこ」といった程度だが、意志の強さという点においては俺よりも上だろう。


 そんな奴だからこそ「主人公」なのか、「主人公」だからそう言う奴が選ばれたのかは不明だが、あまり敵に回したい存在ではないのは確かだ。



 それよりも、俺が以前「神」と定義した存在が確定した。

 おそらく神札タロットを手に入れた時に聞いた声の主で間違い無いだろう。



「敵」だ。

 それが、「俺の敵」だ。



 俺の次の「」だ。


 思わず嬉しくなる。

 次の目標が出来たからだ。


『……嬉しそうッスね?』


 俺の様子を見てそんなことを言うアマイモン。


『そう見えるか?』


 いかんいかん、笑ってたか?


『ええ。でも、気持ちは分からなくもないですよ』


『ほう?』


 意外だ。


『自分の鬱憤をぶつけられる相手がいるって事ですからね!』


 そう言ってアマイモンは笑う。


 なんかこう、ちょっと色々と軽いが、彼はこの世界での経験が浅いから仕方がないのかもしれない。

 まぁ、普通の人は殺したい程に憎い相手なんかなかなか出来ないしな。


『あぁ、そうだ。次は真砂さんの話が聞きたいです。ゲームの時とどう違うか把握しておきたいし、純粋に興味があります』


 ……ふむ。


 バアル様以外に自分の過去を他者に話したことは無いが、アマイモンには色々情報を貰った訳だし。


 同胞に、俺という人間がどうやって生きてきたのか知ってもらいたい気持ちもある。

 日本人としての俺は、孤独を感じていたのも確かなのだ。


「転生者」であるという事は、仲間にも友達にも恩師にもロッテ嬢にも言えなかった、俺の最大の秘密だ。


 だって「俺、実は転生者なんだ!」って言われたらどう思うよ?

 俺だったら「そ、そうなんだ?」って言って距離を取る。


 そもそも、この世界では「生まれ変わり」という概念が薄いからな。


 死は安息であり、永遠の眠りである。

 それが一般的な認識だ。


 所謂、冥界みたいなものはあるらしいのは、死にかけた仲間からの話で知っていた。


 なんか死神みたいなのが「もうちょっと頑張ってみない?」って聞いてくるらしい。

 なんだそのフランクな死神。


『いいだろう、あんまり楽しい話ではないだろうが……───』


 そう言って、俺は話し始めた。

 真砂圭史という男が、この世界でどう生きたのかを。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



『……──────とまぁ、そんな感じだ』


『うおぉぉぉ……すげえ! 想像以上に濃密な人生だ……!』


 俺の話を聞き終え、頬を紅潮させた優男が目をキラキラ輝かせている。


 興が乗って色々しゃべり過ぎた気もするが、アマイモンの奴が聞き上手でなあ……。

 まぁ、情報に対する対価だ。



『じゃあ、次はリメイクされた……──────』


 俺の話が一段落し、リメイク版についての話を聞こうとした時。



 コンコン。



 扉がノックされた。


 幾重にも張り巡らされた結界と物理的な障壁を越え、扉までたどり着ける人物は一人しかいない。


「お時間です」


 この店の主だ。

 どうやら予定していた時間が過ぎたようだ。


『……高校の頃に行ったカラオケみてーっすね!』


『ふ……まぁ似たような物かもしれんな』



 言葉を切り替える。



「あー、もう2時間経ったんですね」


「そのようだな」


 顔を見合わせて、笑う。


「アマイモン、お前当分この町に居る予定なんだよな?」


「えぇ、あの子達の仇の情報収集の為にしばらく滞在する予定です」


 あの子達、とはさっき連れていた二人の事だろう。

 こいつは助けて貰った彼女達に恩返しがしたいと言っていたからな。


「そうか。俺は一仕事済ませてくるから、その後にもう一度会談の場を持とう、アマイモン・ジーロ」



 俺はそう言って、右手を差し出す。



「楽しみにしています、ヴァサゴ・ケーシー」



 その手を見てニヤリと笑ったアマイモンは、右手でその手を掴んだ。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ◇もっと会話させたかったけど、それだとこのシーンが永遠に終わらんので切り上げました!

 絵面が地味なんだよ!


 ◇次はシトリーかメアリー視点です。多分!

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