第5話 「悪魔」、頭を抱える。

「ここだ」


 目的地に到着し、おっかなびっくりという表現がそのまま当てはまりそうな男へ顎をしゃくる。

 目的地である場所の門構えを見た男……アマイモンジローはへらへらと媚び諂う様に答える。


「……なんかすげえ高そうなんですけど、大丈夫っすか? 実は俺、持ち合わせがあんまりなくってぇ……」


 まぁ、何も言われずに連れてこられたのなら、ちょっと二の足を踏む雰囲気の店だからな。


 俺達が来たのは高級レストラン、日本でいう所の料亭のような場所だ。

 安心と言う意味ではキキーモラの屋敷で話すのが一番なのだが、この男に俺の拠点を知られるのを避けた訳だ。


「心配するな、ここの支払いは俺が持つ。何しろ俺はお前さんから『情報を貰う』立場だからな」


 そう言ってジロリとねめつける。

 この程度の支払いなんぞ痛くもかゆくもないが、どうもこの小僧に乗せられた感がある。


 ……帰り際に支払いはこいつにツケといてくれって言ったら、果たしてどんな顔をするだろうか?


「いやあ流石は南部の英雄ヴァサゴ・ケーシー! 器がでかい!」


 彼はへらっと軽薄に笑い、揉み手をしながら見え透いた世辞を言った。

 遠回しに「アンタの事知ってるよ」と匂わせてくる辺り、実にいい性格をしている。


 それに揉み手なんかしてる奴、初めて見たわ。

 実際見ると滅茶苦茶胡散臭いな!


 しかしまあ、さっき見せた自信ありげな態度とは物凄い落差である。

 さっきまでの妙な迫力はなんだったんだよ。



 今、この男と連れ立って歩いている事から分かるように、俺はこの男との対話を選んだ。

 いや、選ばされたというべきか。


『お前の知らない情報を握っている』


 そんな事をそこらのチンピラが言うのならともかく、前世の言葉である日本語で言われたら聞かないという選択肢は選べない。

 どんな対価を要求されるか分からないが……願わくば常識の範囲内であってほしい。


 俺は「同胞」になんて事はやりたかねぇんだ。

 いや、マジでさ。

 拷問なんぞ進んで取りたい手段ではないが、絶対にやらないと言う訳ではない。


 必要ならば、なんでもやろう。

 やらねばならないのなら、この手をいくらでも汚そう。


 さっきまで一緒にいたメアリーには、後日埋め合わせをするという条件でシトリーへの伝言を頼んだ。

 彼女はフグみたいに頬を膨らませて不満を表現していたが、それはまああくまでもポーズであるのは短い付き合いだが分かる。

 きっと甘えたい年頃なんだろう。

 まぁ、可愛いものである。


 ちなみにシトリーへの伝言の内容は、『アマイモン、ムルムル、フルフルと言う人物についての調査を頼む』である。


 ようやく思い出したのだが、アマイモン……アマイモンジローと名乗る彼は少々名の知れた存在だったはずだ。

 あんまり興味無かったから小耳にはさんだ程度だが、それでも俺の耳に入る程度には有名だ。

 この男は一体何者なのか、俺は知らねばならない。


 情報は、力だ。


 その情報の質こそ違えども、前世でも今世でもそれは変わらない。

 シトリーならきっといい情報を仕入れてくれることだろう。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ヴァサゴ様、ようこそいらっしゃいました」


 扉を開けると高級感のあるロビーとなっており、白髪の紳士が微笑みながら出迎えてくれた。

 この店には来たことが無い筈だが、当然のようにこちらの名を知っていた。


「あぁ、『静かな部屋』を頼む。酒は『ツーフィンガー』で、『氷』も付けてくれ。そうだな、ツマミは『ナッツ』で」


 俺は動揺することなく符丁を使い、今回の会談に使う部屋を頼む。


 この店はどの町にも必ず一つはある、密談用の店だ。

 傭兵だった頃は似たような場所をよく使っていたんで、この町に着いた時に一応場所だけは調べておいたのだ。


 ちなみに符丁は『静かな部屋』は防諜がしっかりした部屋、『ツーフィンガー』は2時間、『氷』は人払いの結界、『ナッツ』は至急と言う意味だ。


「畏まりました。少々お待ちください」


 紳士は頷き、音もなく建物の奥へ消えた。


 ……ただもんじゃねーな、この人も。


 数秒前までそこに居たはずなのに、すでにもう気配が掴めない。

 こういう店を切り盛りする人間は大抵それなりの強者だが、さっきの紳士はそれなり以上だろう。

 引退した暗殺者とかかもしれん。


「どんな酒が飲めるんですかねえ! 楽しみだぁ!」


 俺が店主のウデマエに感心していると、隣のアマイモンが緊張感の欠片もない事を言いだした。


『この世界の酒って結構美味しいんですよねえ。つっても俺は日本だと缶チューハイくらいしか飲んでなかったから、どっちが旨いか比べられないんですけど! あっはっは!』


 ……能天気な奴め。

 だが、他人に聞かれて困るところだけはしっかり日本語を使っているのは、自分の立場をしっかり理解している証左であろう。


 苦虫を嚙み潰したような顔をしている俺を見たアマイモンが嬉しそうに笑う。


『いやあ、やっぱり日本語通じてるんですねえ! 見間違えじゃなくてよかったー!   色々聞きたい事もあるし、話したい事もあるんですよー!』


 こいつ……。


『……あんまりべらべら喋るな。俺が何のためにここに連れてきたと思ってやがる!』


 小声で叱りつけて溜息を吐く。


 なんかもう頭痛い。

 なんつーか、こいつに対して警戒するのが馬鹿らしくなってきた。


「あ、あー……そうですね、すいません。嬉しさのあまり、ちょっとばかしハイになってました」


 シュンとなって頭を掻くアマイモン。

 その様子は教師に叱られた学生のようだ。


 ……この様子だと「中身」もかなり若いな。

 日本語への過剰反応を見るに、俺とは違いこの世界に来たのは最近なのかもしれない。


 俺とはなにもかも違いすぎる。


 彼の持つ情報が一番の目的ではあるが、「同胞」である彼の力になってやりたいという気持ちが湧いてきたのも確かだ。


 何を尋ね、何を教えるか。


 俺は選別し、考えねばならない。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ピシッ


 案内された部屋の分厚い扉を閉じた瞬間、結界がかすかな音を立てて展開された。

 完全とは言えないが、これでこの部屋は切り取られ隔離された。

 

 今はここまでやってもやり方によっては内部の音を抜き取ることが出来るから、あくまでも気休めだ。

 こういう技術はどこまで行っても鼬ごっこだからな……。

 まぁ、わざわざこの部屋を狙い撃ちにする奴もいないと思うが。


『おぉぉお!? 今、なんかしました!?』


 部屋の雰囲気が変わった事にたじろぐアマイモン。


『結界だよ結界。俺たち以外の立ち入りを出来ないようにしたんだよ』


 一般庶民にはあまり馴染みがない技術だから、この男が体験してなくても不思議ではないが……。

 どちらかと言うと「全然知らない」反応に見えるな。


『おっほ! これが魔法ですか!?』


 そう言って目を輝かせるアマイモン。

 あー、これはそう言う技術に触れたことが無い奴の反応だわ。


『魔法じゃねえ、魔術だ』


『それ、なんか違うんですか?』


 魔術師の端くれとしてブチ切れそうになるが、魔術を学んだことが無い人間にとってその違いは理解できないのは分かる。


『……説明してやってもいいが、今はそんな事をしてる場合じゃねぇだろ?』


 俺は溜息を吐き、ソファに腰を下ろす。

 ソファは高級店らしく質が良く、俺の体重を柔らかく受け止めてくれた。

 酒とツマミが載ったテーブルを挟んだ先にあるソファを指さして告げる。


『ほれ、突っ立ってねぇで座れ。話、するんだろ?』


 そう言うとアマイモンはばつが悪そうに頬を掻いた後、ゆっくりとしゃがみ込み……───



『ごめんなさい、うそをつきました』



 ───綺麗な土下座を決行した。


「…………」


 思わず天を仰ぐ。


『嘘? 何が?』


『俺の持っている情報が、あなたにとって未知かどうか自信がありません』


 なるほど。

 自分の持つ情報を過小評価しているのか。


『だけど、どうしてもあなたと話したかったんです、


 そう言って顔を上げたアマイモンが笑う。


「……ッ!」


 動揺を、必死に押し殺す。

 多分、これはブラフだ。


『もしかして外れました? いやあ、恥ずかしいな……』


 そう言って笑い、頭を掻くアマイモン。

 そこには悪意は感じられない、言うなれば悪戯が見つかった子供のようだった。


『……合ってる。俺は真砂、真砂圭史だ』


 考えてみたら別に隠すほどの事ではない。

 それにこいつは既に名乗っているのだ、ならば俺も名乗る必要があるだろう。


『あぁ! やっぱり! 俺の名前がアマイモン・ジーロだったから真砂さんもおんなじと思ったんですよ!』


 アマイモンが嬉しそうに屈託なく笑う。

 こいつは自分の推理が当たった事が嬉しいだけで、別に悪気があるわけではないらしい。

 

『お前な……そういう事するから俺に警戒されるんだよ、馬鹿野郎』


『あれ、俺なんかやっちゃいました?』


 こいつ、やっぱりここで殺しておいた方が良いかもしれん。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


『……ってわけです』


『マジかよ……』


 アマイモンによって語られた話は、俺にとって衝撃的であった。

 最初の話題はこの世界について。


 どうやらこの世界は「アルカナ・サ・ガ」か、それによく似た世界であるという点は一致したのだが……。



「アルカナ・サ・ガ」はリメイクされていた。



 リメイク、だと?



 そんな情報、wikiのどこにもないぞ!?

 念の為、脳内wikiを「リメイク」というワードで検索したが、wiki編集者の願望と言うか妄想の言葉がBBSに残るのみだ。


 ……アマイモンの言葉を信用するのなら、この言葉を残した人物の一人が中心となって動いたということか?


 くそったれ!

 間違いない。

 リメイクが存在するという情報は、俺には意図的に伏せられていたに違いない。


 ……俺の前世の記憶にも存在しないという事は、俺が「居なくなった」後の出来事ということか?

 そうなると目の前で美味そうに飯を食っているこいつは、俺より後の時間軸から来たということか?



 情報が、足りない。

 全く、足らない。


 もうこうなると事前に脳内で作成した「聞く事リスト」は全く役に立たない。

 何としてもこいつの持つすべての情報を聞き出すべきだ。


 くそっ。

 どうすりゃいいんだっ。


 最初から予想外の爆弾が落とされた俺が頭を抱えていると、アマイモンがふと思い出したように言う。


『そういえばさっき連れていた子、あの子は誰ですか?』


『ん? メアリーの事か?』


『メアリー? 誰ですか、それ?』


 どういうことだ?


 「愚者ザ・フール」持ってたし、女主人公なのは間違いない筈なんだが。

 でもその情報はなるべく渡したくないな……。


 悩んでいる俺の返事を待たず、アマイモンは続けて言った。


『真砂さんや俺に絡む名ありキャラなら、


 は?


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ◇次でアマイモンとの密談は終わり……の予定です。

  本当は今回で終わりだったんだけどねえ!


 ◇アマイモンがやたらフレンドリーで面白い奴になりつつある……。

  もうちょいヘタレだったんですけどね、彼。

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