第9話 俺と彼女とサブイベと。
景色が後ろへ高速流れていく。
偶にすれ違う野生動物や魔物が驚いた顔でこちらを見ている。
「うわわわわっわッ! 早い! 早いよ、パパ!?」
「ほえーッ! こんなにスピード出るんだね! 村のロバより、ずっと早い!」
俺の前後からそんな声が聞こえ、二人にバレない様に小さく溜息を吐く。
今、俺達は「はじまりの町アース」を発ち、無人の荒野を高速で移動していた。
いや、用事を済ませたらまた戻って来るんだけど。
3人での旅路の始まりだが、その旅路は徒歩ではない。
ぱっと見、一昔前のSFに出てきそうな謎の乗り物を使っていた。
「おじさん、この乗り物の名前なんなの?」
俺の腰に手を回し、背中に抱き着くような姿勢になっているメアリーの声が聞こえる。
少々くっつきすぎでは?と思わなくはないが、安全という観点から見ると間違っていないのが困る。
シートベルトなんてものも無いし、そう言う体勢を取るしかないというか……。
仕方がないとは言え、メアリーの大き目のお胸がぐりぐり押し付けられており、ちょっとこうなんていうか困ってしまう。
荷重を考えてお互い軽装である分、その感触はダイレクトなのだ。
……指摘したほうが良いかな?
でもそれでまだ関係性の薄い彼女と気まずくなるのも困るし、安全性を考えると俺が変な事を考えないようにすればいいだけか、うん。
脳内で般若心経を唱えながらメアリーの質問に答える事にする。
「名前か……正式名称は浮遊式衝撃推進魔導装置試作8号だ。開発コードネームは「ベヘモス」。まだ研究中なのだが移動するための最低限の機能は備えていて、あと必要なのは全体的な完成度の向上と魔力効率の……───」
「ベヘモスね、分かったわ! あ、理論に興味はないから言わなくていいよ」
「ぬう……!」
折角俺が参加したプロジェクトについて説明できると思ったのに。バッサリと切り捨てられてしまった。
かなりの紆余曲折あって面白いエピソードがてんこ盛りなのに……!
浮遊式衝撃推進魔導装置試作8号は大学在学中に作り上げた、移動用の乗り物だ。
形としては、2畳ほどの金属製の板の上に馬の上半身がくっついたような作りとなっている。
板には「
あとは後部に付けられた筒から衝撃波を出して前に進む、という非常にシンプルな構成をしている。
最初はタイヤを使った地球の自動車みたいな物を作ろうとしたのだが、すでにこの世界にもそういうモノは存在していた。
まぁ、馬車があるからそれも当たり前と言えば当たり前である。
次に考えたのはこの世界ならではの乗り物を作る事だ。
具体的には魔術を使った乗り物であり、金銭面で困窮していた連中に俺が金を出して研究を進めたのだ。
面白がった「先生」の協力もあり、出来上がったのがこの浮遊式衝撃推進魔導装置試作8号である。
と言ってもまだ試作段階であり、荷重の問題で安全装置なんてものは無いし、そもそも曲がったり止まったりする機構が無いため搭乗者が何とかする必要があるが、その辺の小技が得意な俺にとっては問題はない。
他にも燃費が悪すぎる(魔導士一人分の魔力で10分浮くのが精いっぱい)や、製造にかかる金額(小さな城が建つ)などの問題はあるが、前世の自動車のようにいずれ誰にでも使えるようになるに違いない!
魔導動力機関搭載の自動走行車のほうが手軽だとは言ってはいけない。
ロマンだよ、ロマン。
「…………」
ふと俺の前方に座っているシトリーに目をやると、おしゃべりな彼女にしては珍しく実に静かだ。
放っておくと俺の背中にくっついてきてべたべた甘える彼女にしては大人しく、ちょっと心配になって話しかける。
「シトリー、お腹でも痛いのか?」
シトリーはマヨイガの食事がいたく気に入ったらしく、出発直前の朝食を何度もお代わりをしていたのだ。
ちなみに献立はチーズとベーコンのオムレツとパン、それに野菜たっぷりのスープだった。
美味い食事としばらくお別れと考えると、貪るように食べていたシトリーの気持ちも分からなくもない。
いや、でも6回のお代わりはちょっと見てて不安になったけど。
「いや、あのくらいはいつも食べてるから平気……ひゃあッ!?」
ガタン、と軽く「ベヘモス」が跳ねた衝撃に身を固くするシトリー。
彼女もべったりと身体をくっつけているので、全身に力が入っていることがよく分かる。
どうやらこの乗り物が怖いらしい。
「怖いのか? ここに居る限り落ちる事は無いぞ」
シトリーが居るのは俺の前方、というかハンドルを握る俺の股の間にすっぽり収まっている形だ。
一人乗りで設計したものに無理やり3人乗っているのだから、多少窮屈でも我慢してほしい所である。
元々、移動には馬でも借りてと考えていたのだが、なんと二人とも馬に乗れないという事実が判明したのだ。
この世界の人間は鍛えれば馬よりも早く走ることが出来るが、長距離移動は疲れるし普通に馬などを使うのが当たり前だったので俺は困ってしまった。
その結果、使うつもりのなかった浮遊式衝撃推進魔導装置試作8号を出す事になったのだ。
ちなみに俺一人だったら別の移動手段を使っていた。
その手段とは魔力を筒状に固め、爆発を起こして俺自身を射出するという荒業である。
俺自身は「人間ICBM」と呼んでいたが、「南〇人間砲弾」と言われたら否定できない。
そのメカニズムを説明したらバアル様は呆れた顔をしてたし、グレモリーは爆笑していた。
まぁ、実際城や砦を落とす時便利だったし……。
「いやー、そこはパパを信用してるんだけどねー。なんて言うか、本能的にねー? 兎人は危険に敏感って言うのもあるんだ。自分で走ってもこのくらいの速度は出せるんだけど、自分の意志を介在しない状態だと混乱しちゃうというか……」
「そういうものか……」
視界の風景とのズレが生じると脳が混乱してしまう、ということか?
メカニズム的には車酔いと似たような感じかもしれん。
面白い、後でメモっておこう。
「うわ、もうこんな所まで来ちゃった。この速さなら一週間もしない内に着いちゃいそうだね、徒歩だと一か月くらいかかったのに……」
後ろのメアリーが呆れたように呟く。
魔物とか盗賊も怖がって出てこなかったからなー。
事前に目的地への経路も調べていたので迷うことも無かったし。
つーか、さっさと済ませてしまいたい案件だから何の問題も無い。
これはあくまでも「サブイベント」だ。
「まぁ、辺鄙な場所にあるだけで森の奥地にある訳じゃないからな、お前の故郷の村は」
そう、俺達が向かっているのはメアリーの故郷である隠れ里なのだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
◇なんで向かってるのかとかの会話まで書くつもりだったんだけど、その前振りで終わっちゃった!
まぁ、今回は箸休めというか、ヴァサゴ君ずっと悩みっぱなしだったからね。
間違いなく強くて戦闘では無敵なのに、悩み多き主人公になっちゃったよ。
君、色々考えすぎ。
◇アマイモン達についてもそこで書く予定だったんで、その辺は次に回すか……。
中盤に差し掛かってはいます、多分。
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