第3話 「隠者」、気付く。

「ムルムル! ここは私が切り開くからあなたは逃げなさい!!」


「嫌よ! 姉さんを置いて逃げるなんて、そんなの死んだほうがマシだわ!」


 青髪の少女たちが醜悪な小人たちに囲まれていた。

 どうやら先ほどの声はこの二人のものだったようで、この化け物たちから逃げていたらしい。


 なんか思っていたより100倍普通の修羅場だった。


 普通の修羅場って何だよ。

 でも、そう言いたくなる気持ちも分かってくれないか?


 しかしまあ、異世界転生って自分で言っておいて何だが、本当に異世界だったとは。

 剣なんか腰にぶら下げていたから治安は良くないだろうと予測はしていたものの、こういう方面で治安が悪いなら納得だ。


 あの生き物はアレか、ファンタジーでおなじみの「ゴブリン」ってやつか?


 いやらしく笑いながら少女たちを囲んだ輪を小さくしていく生き物は、RPGにはおなじみの雑魚のように見える。

 腰ミノに棍棒や錆びだらけの短剣を構えたその姿には不快感を覚える。


 しかしゴブリンか。

 もしかしてほっておくとあの子達が「ぐへへ」な感じになってしまうのか!?


 いや、興味があるとかそういう訳ではないが!

 もうちょっと見ていようかな!?



 ……まぁ、本当の事を言うと怖くて足が竦んでいるんだ。



 俺の今までの人生で、こんなにも暴力の匂いが濃い事は無かった。

 俺自身が争いを好まない質であったこともあるが、ケンカになりそうな時も俺が折れることで避けて生きてきたんだ。



 だから今、目の前で起きている、起ころうとしている事が怖くて仕方がない。



 自分がどれだけ最低なのかは分かっている。

 このまま見ていると碌な結果にならない事は分かっている。


 でも、どうしようもなく怖いんだ。



「駄目よ! 早く逃げなさい! あなたまで死んだら、誰があれを取り戻すというのよ!?」


「でも、おねえちゃんを見殺しにしてまで取り返す必要があるものだとは私は思わない!」


「馬鹿! あたしは……────」


 ギャギャギャギャギャ!!


 ゴブリン達が声を上げさらに囲む輪を狭める。


 もう、突破口なんて作れそうにもない事に気付き、姉らしき少女が絶望の表情を浮かべる。


 ゴブリン達はニヤニヤと嗜虐に満ちた笑みを浮かべ、その手に持った武器を振りかぶる。



 おそらく数秒後には二人の少女の死体が転がっているだろう。



 お前は、それを、許容できるのか?

 怖いからと言って、それをみているだけなのか?


 お前に身体を譲り渡す事になった、この男はそれを是とするのか?






 がさり。



 わざと音を立てて、ゴブリン達の前に姿を現す。


 ギッ!?


 ギャッ!ギャッ! ギャッ!



「きみたち、ここは俺に任せて、にげなさい」


 震える声で、告げた。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ……これは一体、どういう事だ?



 ゴブリンらしき生き物の血で汚れた剣をぼんやりと眺める。



 俺の周りには、綺麗に首が落とされたゴブリンの死体が10体程転がっていた。

 色は青だが血液であるのは間違いないようで、独特の生臭い血の匂いが吐き気を催すほどだ。


 見たことが無い生き物だが、やはり首を落とされたら死ぬらしく、動き出す気配はない。


 何より俺の「勘」が「もうこいつらは死んでいる」と判断している。

 言うまでも無いが、この惨事を引き起こしたのはこの俺だ。


 情けなく震えた声で飛び出した俺は、少しでも時間を稼ぐ為に腰に下げていた剣を抜いたのだ。



 その瞬間、一番手前に居たゴブリンの首が飛んだ。


 無意識の内に俺の腕が動き、無駄のない動きで刎ねたのだ。

 驚愕の表情を浮かべるゴブリン達と俺。


 彼らが驚きから再起動するまでに、更に二つの首が飛んだ。


 あとはもう、戦闘にもならなかった。

 一気に腰が引けたゴブリン達の首を、一匹ずつ的確に狩るだけだ。


 そして十数秒も経たないうちに、この有様である。


 少し前まで悲壮な決意と絶望の表情を浮かべていた少女たちは、目を丸くしてこちらを見ていた。

 ……わざとらしい程青い髪だが、不思議と違和感はなく、むしろそれが「当たり前」であるように感じる。

 やはり異世界って事なんだな。

 いや、こんなゴブリン(仮称)が居るくらいだし疑ってはいなかったけど。


「……えっと、あぁ……その、ケガはないかい?」


 黙っている事に耐えられず、声を掛ける。

 もうちょっといい聞き方があった気もするが、女の子と話すことに慣れていない俺には無理だ。


「ヒッ!?」


 小さい方の少女が小さく悲鳴を上げる。

 その視線を辿ると、俺の手に握られたゴブリンの血にまみれた剣があった。


 ワァ……!


 そりゃあ怖いよねえ!?

 ごめんね、気がきかなくって!?


「ごめん! 怖いよね!?」


 慌てて鞘に仕舞おうとするが、「汚れたままだと良くない」という謎の想いが浮かび上がる。

 それを粗末にすることは許さん、という感情が心の何処かから湧いてくる。


 ……そうだよな。


 俺には剣の良し悪しは分からない。

 それでも、今握っている剣が大切にされていたかはなんとなくわかる。


「少しだけ待ってね。俺は君たちに危害を加える気は全く無い、それだけは言っておく」


 再びぽかんとした表情になった二人をそのままに、剣についた汚れを落としていく。

 剣の手入れなんてしたことは無いが、不思議な事になんとなくやり方が分かる。

 その辺の草で大まかに落とし、腰につけていた鞄から布を取り出し拭ったりして仕上げる。


 とりあえずは、良し。

 綺麗になった事を確認し、一人頷く。


 あとの手入れは夜にしよう。



 かちん。



 剣を納めた音で、少女たちははっとした。


「お待たせしてごめんね。それで、二人とも怪我はないかい?」


 多少はぎこちないが、やっと笑顔を作る事が出来た。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「……なるほど、君たちは親御さんの形見の剣を取り戻すために旅をしている、と」


「はい、盗人も分かっています。父の弟子であり、私達の兄弟子であったシャックス・ウルグスです」


 言葉を尽くし、誠意を見せ姉妹から最低限の信頼を勝ち取ることが出来た。

 俺、頑張った!

 褒めてもいいよ!


 とりあえず、ゴブリンの首なし死体が転がる凄惨な事件現場のようになってしまったので、その場所から移動することになった。

 彼女たちは、とある町への移動中だったらしいので、俺も一緒に行くことになったのだ。


 一応、これで俺が願っていた全てが叶った形になるな。

 それを喜ぶことなんてできなかったのだけれども。



 今話しているのは姉のフルフル、未だに俺の方を警戒しているのは妹のムルムルだ。

 姉妹と言っても年子らしく、二人の歳は一つしか変わらないらしいが。


 彼女たちの名前とその目的を聞いて、俺には気づいたことがあった。



 ここは多分、「アルカナ・サ・ガ Reincarnation」の世界だ。

 つまりは、さっき俺が言ってた「チュートリアル」は正解だったのだ。



「アルカナ・サ・ガ Reincarnation」とはRPGだ。


 リメイク元は俺が産まれる前の作品らしいが、当時のハードでは表現できなかった野心的なシステムや、容量の問題でカットされた細かすぎるほど細かく描かれたストーリーを完全に実装した上、全編3Dモデルで作られた原型をとどめていない形で現代に蘇えらせたゲームだ。

 ……原型とどめていないのに、それは蘇ったって言うの?


 WEBニュースで見たんだけど、リメイク元のゲームを製作した会社はとうの昔に倒産しておりリメイクなんて夢のまた夢であったのだが、ひょんなことから「アルカナ・サ・ガ」ファンがその版権を入手したのが事の起こりらしい。


 ある意味究極のファンアイテムのつもりで購入したらしいが、そのファンはただのファンではなく、数十年に渡ってwikiの管理人をやっていた筋金入りのファンだったのだ。


 それで彼は思い立ち、クラウドファンディングを立ち上げリメイクの製作に乗り出したところ、どこに隠れていたのかファンを名乗る大富豪が数名湧いてきて金を出す事になり、あれよあれよという間に本格的な大プロジェクトになったのだ。

 嘘みたいな本当の話である。


 当時のシナリオライターの設定資料まで出土し、その壮大な構想にファンたちのボルテージは留まる事を知らず、止める者もいなかった為に暴走に暴走を重ねてしまう事になった。

 誰か止めろよ。


 その結果産まれたのが、採算度外視で作られた「アルカナ・サ・ガ Reincarnation」である。

 駄目じゃねぇか。


 ちなみにパッケージ版を存在せず、某stea〇でDL販売されました。

 流通に乗せる金さえも開発費に回したらしい。

 覚悟決まり過ぎだろ。


 まぁ、その内容に関しては追々話すとして。



 一番大事な事、それは俺がこのゲームをクリアしたことがあるという事だ。


 しかも1回クリアしたとかではなく、それなりにやり込んだ。

 周回プレイが面白いゲームだったし、大学生ってのは結構時間的余裕があるからね。


 その上で言おう。






 マジで勘弁してほしい。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ◇甘井くんのターン終了。

  次回からやっとヴァサゴ君視点に戻ります。

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