第12話 「愚者」の事情。

「あら~、髪の毛真っすぐで綺麗ね! 何か特別な手入れしてたりします?」


「いえ……特に何も。たまに櫛を入れるくらいですね……」


「はァ……それでこの艶を保ててるなんて、若いっていいわねえ……」


「見て見て、この肌! シミ一つ無い玉のようなお肌よ!」



 とても贅沢で素敵なお風呂体験の後、おじさんが身支度を整える時間に私は屋敷のメイドさん達に捕まっていた。


 無造作に髪の毛の水分をタオルで拭きとっていたのだけど、「そんな風にすると髪が痛んじゃう!」と言われ、あれよあれよという間に数人が集まってきてしまったのだ。


『折角綺麗なんだから、もうちょっと頑張りましょう!』と言われ、あとは成すがままにスキンケアやら髪の手入れをすることになったのだ。

 女子力が低い私としては、もうどうにでもしてくれという感じである。


 ……村では同世代の女の子いなかったからこんな事した事無かったけど、悪くはないかな?

 正直、このお肌にいいというマッサージはとても心地よい。

 まぁ、こういうノリにはなかなかついて行けず、居心地は悪いのだが。



 こんな専門的な施術を受けるのは凄い贅沢ってのは分かるんだけど、比較対象がないからどれくらいすごいのか分かんない。

 なんか、凄い(語彙力不足)


 そのまま成すがままにされていると、今度はメイドさんの一人が化粧品らしきものを持って来た。


「綺麗になってを驚かせちゃいましょう!」


 その名前を聞いて私の心臓が跳ねる。


 出会って1日も経っていないのに、ずっと昔から知っているような不思議な人。

 最初は怖くて仕方がなかったのに、いつの間にか私の内側に入ってきてしまった人。


 さっきは思わず彼に「何が目的なのか」と訊いてしまったが、面倒くさい奴と思われなかっただろうか?

 思わず頬が熱くなる。

 もしそうだったらやだな、嫌われたくないな。

 無意識にそう思っている自分に気付き驚く。



『ヴァサゴ・ケーシー』

 

 その名前は田舎者の私でも知っている。

 というか、思い出した。

 村に出入りしている行商人が、ひどく興奮した様子で語っていた。


 曰く、南部騒乱の梟雄。


 曰く、南部統一の礎となった男。


 曰く、味方からは畏れられ、敵からは恐れられる、傭兵の王。


 曰く、最も新しき英雄譚の主役。


 彼は幾つもの名で呼ばれる、本物の英雄だ。



 なぜその彼がこんなところにいるのかは分からないが、私が全力を出しても傷一つつけられなかったのも納得だ。

 文字通り、格が違う存在。



 その立志伝中の彼が、私の力が必要だというのだ。

 私とて武人の端くれ、嬉しくない筈がない。


 でも、どうして私なのだろう?


 決まっている、神札タロットの保持者だからだ。

 むしろ、それ以外の価値なんて無い。


 結局のところ、私はただの田舎者の小娘に過ぎないからだ。


 ただ、それでもそうじゃなかったらいいなとも思ってしまうのだ。

 フクザツな乙女心という奴だ。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 私、メアリー・スーはここアースの町の近く……と言っても徒歩だと1週間程度はかかる山間部にあるで育った。


 何故隠れ里なのか。

 その理由は里が誕生した経緯にある。


 色々細かい所を省いて簡単に言うと、滅亡した国の貴族やら使用人たちが逃げ延びた先で作った落人の里なのだ。

 臥薪嘗胆の志で再起の為に力を蓄えていると言えば聞こえは良いが、負け犬たちが逃げ延びただけだ。


 既にその滅んだ国の事を覚えているのは長老達だけ。

 それも子供の頃の話らしい。

 彼らの子供や、孫の世代である私達にとって「昔は貴族だった!」と言われても「あ、そうですか」としか言いようがない。


 毎日畑を耕し、狩猟をして食べていくだけで精いっぱいだからね。



 でも、それでも里長達にとっては自分たちは高貴な特権階級であるという自負があった。

 俺たちはお前たちとは違うのだと。


 つまり、ウチの里は小さい癖にやたらと上下関係が厳しいのだ。

 それだけが彼らの心の拠り所だったのだろう。


 明日の食事にも困るくせに、山より高いプライド。


 そんな反吐が出るような自称貴族に支配された、どうしようもない隠れ里。

 そこが私の故郷だった。



 一応、私は騎士団の団長の血筋らしい。


 長老達が言っていただけで、それが本当かどうかは分からないが、小さい頃から「貴女が男の子だったらよかったのに」と母から何度も聞かされたものだ。


 まぁ、私はそれに反発して剣を学び、里の騎士団という名の自警団に加わった訳。

 我ながら子供っぽい理由だと思うが、今となっては大正解だったと思う。


 小さな頃は技術で同世代の男の子を圧倒していたのだが、彼らが成長期になると力で抑えつけられるようになってしまった。

 柔よく剛を制すと言うが、実際の所中々難しいものだ。


 あのままだといずれ私はなんやかんや理由をつけて自警団を首になり、何処かに嫁に出されていた事だろう。

 ……多分里長の所の馬鹿息子のとこだろうな、会うと舐めるような視線が飛んできたから。

 心底気持ち悪い。

 でも父は亡くなっており、残された母を護るにはそうするしかなかったのも事実だ。



 つまり、私には絶望しか残っていなかったのだ。



 その状況を変えてくれたのが、神札タロット愚者ザ・フール』。


 手に入れたときには酷く驚いた。

 だけど、願いが叶うと言われてもピンとこなかったんだよね。

 願いが叶うとしても、それは全部集めてからだし。

 幸い使い方はすぐに分かったんで、使うための練習だけはしてた。


 こんな物が里長達にバレたら取り上げられそうだし、黙っておこうと思ってた。

 さすがの私でも秘密にしておくべきなのは理解できたしね。




 ……まーでも、模擬戦で母さんと父さんを馬鹿にされた時、思わずやっちゃったわけよ。

 ほら、私にも我慢の限界と言う物があるのだ。


 自警団全員をボコボコにしちゃった☆

 多分再起不能だと思う。

 普段の恨みもあったし、手加減しなかったしね……。


 ついカッとなってやった、今は反省している。


 でも、超気持ちよかった。

 ざまぁみろ。



 当然、里長達から追及された。

 どう考えてもおかしいからね。


 必死に隠そうとしたんだけど、母さんを人質に取られちゃったらどうしようもない。

 ちょっとアレだけど、私にとって唯一の肉親だから見捨てる事なんてとてもじゃ無いけどできないよ。


 結局、私は全部話す羽目になった。

 と言っても「全部集めたら願いが叶う」くらいしか知らないんだけどね。



 里長達は狂喜した。



 今こそ祖国の復興の時だと。

 貴族に返り咲く大願が成就する時だと。



 母さんを人質に取って、彼らは私に命令した。



』と。



 ばかばかしい。

 見たことも無い祖国の為に命なんて賭ける気は無い。

 私は隙を見て母を取り戻して逃げようと考えた。


 だが、運が悪い事に母が謎の病に侵されたのだ。

 一日のほとんどを夢の世界で過ごす、謎の病だった。

 今考えると本当に病だったのかは分からないが、母さんが寝たきりになったのは事実で。


 意識のない大人を抱えて逃げる事は不可能だった。

 私は泣く泣く脱走を諦め、母の看病の対価に里長達の命令に従う事になった。

 勿論、隙を見て出し抜くつもりだったんだけど、具体的な手段は何にも考えてなかった。


 里から出る時、お目付け役として里一番の手練れである里長の息子がついてきた。

 私が里長達の事を嫌っているのは知られていたから、監視役のつもりだったのだろう。


 『ついでに旅の間に篭絡してしまおう』という下卑た意図が見て取れた。

 アイツにとっては嫁候補くらいのつもりだったんだろうね。







 道中、事故に見せかけて殺した。

 お前なんかの慰み者になってたまるか。




 まぁ、そんな感じでアースの町について。

 チンピラに絡まれまくって。

 八つ当たりがてらボッコボコにしながら聞き込みしてたら、おじさんの罠に掛かった訳よ。



 正直、自暴自棄になっていた自覚はある。

 遅かれ早かれ監視役を殺した事はバレるだろう。

 その時、母がどうなるか分からない。


 手詰まりだった。


 私は深い絶望の闇の中にいたのだ。



 私はその闇を照らし、焼き尽くす炎に出会った。

 出会ってしまった。



 それに惹かれない者など、いる訳がないでしょう?

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ……おじさんは、ヴァサゴ・ケーシーは『共犯者』になってくれと私に言った。


 正直、それが何なのか興味はない。

 きっと私に理解できないような、素晴らしい事なのだろう。

 どうでもいいけど。


 だが、私は彼に完膚なきまでに敗北したのだ。

 ならば、彼に従うのが筋というものでしょう?


 神札タロット愚者ザ・フール』を取り上げる素振りも見えない所を見るに、あの人はきっと私に何かをさせたいのだ。


 ならば、私は彼の願いに応えたい。




 嘘だ。




 それは建前に過ぎない。


 私は彼と一緒に居たい。

 彼と同じものを見たい彼と過ごしたい彼が好きなものを知りたい彼がどういう道を進むか見ていたい彼と沢山の事を話したい彼から沢山の事学びたい彼の事を知りたい彼の……────



 全てを知りたい。



 彼の中に見えた黒い炎。

 昏い昏い欲望を。


 もっと間近で見ていたい。


 この気持ちは一体なんと呼べばよいのだろうか?

 これがうわさに聞く「恋」と言う物だろうか?

 それとも「愛」と言う物だろうか?


 黒く黒くどろどろした感情。

 彼の事を考えるだけで体が熱くなる。


 出会ってまだほんの少ししかたっていないのに、私の頭の中は彼の事で一杯だ。


 私はどうしてしまったのだろうか?

 もしかして御伽噺にあるような「傾国テンプテーション」でも掛けられてしまったのだろうか?


 苦しい。


 苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい。


 でも。


 その苦しさが心地よい。




 私は気づいている。



 ヴァサゴ・ケーシーは私を見ていない。

 私を通して別の何かを見ている。

 私個人を、メアリー・スーを見ていない。



 彼の心にはきっと別の誰かが住んでいる。



 許せない。



 許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない。


 それが理不尽な思いだって分かってる。

 だから、今は許す。


 ……時間はある、ある筈だ。

 同行を求められたのだ。

 一緒に行こうと言われているのだ。

 これからだ、これから上手くやればいいのだ。



 ねえ、おじさん。

 わたしのぜんぶをあげる。




 だから、わたしにちょうだい。






 あなたのすべてを。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る