第11話 俺と屋敷と目論見と。

「ここだ」


「……えっ」


 俺は火事を消し止めた後、間借りしている屋敷に主人公ちゃんメアリー・スーを連れてきていた。


「……何にもないんだけど? もしかしてここがお前の墓場だー!とかそう言うオチ? あれ? もしかして私貞操の危機!?」


 彼女は何故か嬉しそうにとんでもない事を言い出した。

 人聞きが悪いからやめて下さい。


 そこはアースの町の外れ。

 不自然に何もない開けた場所だ。

 何も知らなければ、きっと資材置き場か何かと思うだろう。


「げへへ、そう言うこったぁ! ……なんで笑うんだよ、君はもっと危機感を持ちなさい」


 懐から取り出したるは一本の古びた金属製の鍵。

 一見何の変哲もないように思えるそれに、俺はゆっくりと魔力を通した。


「わわわっ!」


 メアリーが驚きの声を上げる。

 さもありなん。



 何もなかったはずのその場所に、大きなが音も無く現れたのだ。



「さぁ、入るぞ」


 俺は彼女の返事を待たず、武家屋敷にあるような大きな両開きの門に手を掛ける。


 ぎぎぎぎぎ……────


 軋んだ音を立て、扉が開いた先にはずらりと並んだ使用人達の姿。

 彼らは黒子のように顔を隠しており、服装は一様に和風だ。

 しかし、女性陣は何故か着物っぽいメイド服だった。

 好き好き大好き。


「うわぁ……」


 ちらりと後ろを見ると、メアリーが口をあんぐりと開いている。

 はっはっは、驚いてる驚いてる。


「おかえりなさいませ、ご主人様」


 出迎えの列の奥から音もなく現れた妙齢の女性が俺に声を掛けてきた。

 歳の頃なら30半ばと言った所か。

 着崩した着物のような服装が似合う、妖艶で退廃的な雰囲気を纏った美女だ。


 彼女は俺の後ろに隠れるように立っているメアリーを見て微笑む。


「どうやら首尾よく行ったようですね。なによりです。お怪我などなさっておられませんか?」


「あぁ、大丈夫だ。この子は俺の客になる、もてなしてやってくれ」



 「……ねえおじさん、この人は? 旦那様ってどう言う事? そもそもここは何なの? 私とは遊びだったって事?」


 人見知りの気でもあるのか、それともこの雰囲気に気圧されているのか、 ひそひそと俺の耳元で矢継ぎ早に質問を繰り出してくるメアリー。

 ASMRかな?

 内容はアレだけど。


「順番に答えよう。この人は人間じゃなく、キキーモラという妖精だ。今は俺が契約して対価を支払っているからご主人様って事らしい。ここは、キキーモラが作り出す仮初の屋敷だ。そして嬢ちゃんとは遊びだ」


 キキーモラについて詳しく説明すると長くなるのだが、簡単に言うと対価を払うと様々なサービスしてくれる便利な妖精である。

 ゲームにも登場するNPCで、とあるイベントをこなす事により「鍵」が貰えて出入りできるようになる拠点だ。

 他のゲームにも割とよくあるシステムで、ハウジングの一種だ。


 まぁ、『アルカナ・サ・ガ』だと、容量が足らなかったらしくただの豪華な宿屋みたいな扱いだったが。

 ダメすぎる。


 本当にもったいないゲームだよなあ。

 もうちょっと制作会社に技術と金と時間があればもっとすごいゲームになっていた……いや、なんとなくどうでも良い所に凝りだして全てを浪費しそうな気がする。

 料理のグラフィックにリソースを突っ込んだ会社もあったし。

 力を入れる場所が違うんだよなぁ!



「あんなに愛し合った殺し合ったのに、遊びって言うの!?」


 食いつくのそこかよ。


 ノリいいな、こいつ。

 主人公ってこんな性格だったっけ?

 割といい子ちゃんだった気がするんだけど、やはりゲームとは違うという事か。



 そんなことを考えながらメアリーの言葉を鼻で嗤い、キキーモラに声を掛ける。


「すまないがさっきの通り雨でずぶぬれになっちまったから、風呂に入りたい。あぁ、後ろの嬢ちゃん……───」


「メアリー! モルでもいいわよ!」


「──……メアリーを先に風呂に入れてやってくれ。俺はちょっと着替えたりしてくる」


 俺の言葉にキキーモラは小さく頷いた。


「畏まりました、既にお風呂はご用意しております。ご夕食は?」


「頼む、もちろん彼女の分もだ。そうだな、肉を多目で頼む。……メアリーも食っていくだろ?」


 自分の預かり知らぬうちに進む話に戸惑っているメアリーに訊ねる。

 まだ村から出て来たばっかりで、路銀も心もとないだろう。


 ……少なくともゲームではそうだった。

 金に余裕が出てくるのは本当に終盤だったはず。


 ……ぐぅ。


 メアリーの腹の虫が鳴き、顔を真っ赤にする様子を見て思わず吹き出す。

 ベタすぎる。

 これも主人公補正と言うべきか?


「な、なによッ!?」


 顔を赤くしてガアっと吠えるメアリー。

 なんかチワワのような娘である。


「いや、何の問題もない、腹いっぱい食っていけ。ほら、さっさと風呂に行け! ここの風呂は凄いぞ」


 何と言っても物凄い広さの檜風呂なのだ!

 前世でもここまで豪華な風呂に入った事は無かったぜ、俺は。

 多少無理しても「鍵」を手に入れた価値はあった。


「お嬢様、こちらでございます」


 メアリーは俺に何か物言いたげな顔を向けたが、使用人に背中を押されて浴場へと向かっていった。



 その背中を見て思う。


 ……まぁ、なんというか。

 流石主人公と言うべきか、実に明るく愉快な娘だ。


 年頃の娘らしい気難しい所はあるが、それでもなにか「放って置けない」気持ちにさせる。


 そう言えば主人公はギフト『カリスマ』を持っていたな。


 ゲームでは戦闘中の仲間のステータスアップの効果しかなかったが、日常生活で発揮されるとこういうモノなのか。

 確かにあれは人に好かれる質だろう。


 ちなみにラスボスたる俺も、似たようなギフトを持っている。

 カリスマはカリスマでも『闇のカリスマ』だ。

 ゲーム中の効果はカリスマと同じ。


 主人公である彼女と、ラスボスである俺は対になっているのだ。



 ……荒くれ者から妙に好かれるのは、もしかしてこのギフトのせいか?

 新発見である。

 でも、ゴロツキとかチンピラに好かれてもな……。


 とりあえず、アイツが風呂に入ってる間にファーストコンタクトのレポートでも仕上げるか。

 人に見せるものではなく、ただの忘備録みたいなもんだが記録しておかないと落ち着かない。

 何かのヒントになるかもしれないからな。


 書斎に向かいながら小汚い変装用の上着を脱ぎ、もう使わないので焼いて消し去る事にする。

 ばっちいからな。

 大丈夫だとは思うが、ノミでもいたら大変だし。



 ボボッ!



 上着は僅かな灰を残し消え去り、吹いて散らした。


 ふふっ、ちょっとカッコいいかもしれん。

 この世界に来てから俺の中二心は疼きっぱなしだぜ。




「……ご主人様、そういうのかっこいいと思ってるんですか? 掃除するのワタシ達なんですけど」


「うお!?」


 柱の陰から和風メイド服を着た黒髪の女がぬるりと現れ、思わず驚く。


「……なんだ、か。驚かせるな」


「はい、ご主人様のジジでございます」


 彼女は感情の一切篭っていない声でそう言って、優雅にカーテーシーをする。

 顔は他の使用人と同じように黒い布で覆われており、その表情を窺う事はできないが声からするにかなり若いようだ。

 身体つきは猫のようにしなやかで女性的な柔らかさを感じさせる。

 乳は控えめ。



 こいつは屋敷付きの使用人の一人だが、ここに来た時から何故か妙に懐かれており、名前をせがまれたので「ジジ」と名付けた。


 最初は適当に何も考えず「キキ」と付けようとしたら泣かれたので、慌てて「ジジ」に変更したという経緯がある。

 そのまま使っているところを見るに、どうやら気に入っているらしい。


 名前の由来?

 それはあれよ、魔女のあれよ。

 この世界なら知ってる人はいないだろうし、別にいいだろう?



「それで、あの小娘は何ですか? ワタシと言うものがありながら」


「お前は一体俺の何なんだよ……?」


 最初はあんまり彼女の感情は読めなかったが、名前をつけて接する事が増えてからはなんとなくわかるようになっていた。


 今は笑っている、多分。


「旦那様はあんな感じのちんちくりんが好みなんですか?」


「ちんちくりん……メアリーが聞いたら怒りそうだな。そう言うもんじゃねぇよ、そうだなアイツは俺の『協力者』だ。そうなるように交渉するために連れてきたんだよ」


 主人公だけあって、彼女がいないと始まらないイベントも多い。

 別に神札タロットを集めるだけなら全部無視でいいのだが、放って置くにはヤバすぎるイベントがこれから目白押しなのである。


 全てをストーリー通り解決する気は無いが、それでもメアリーがいればいい結果になるイベントが多い……というか、いなかったらどう転ぶか分からん。

 少なくとも事態を制御するためにも、彼女の協力は必要だろう。


「……さようでございますか。では、あまり機嫌を損ねるのも良くないですね」


「お前は何をするつもりだったんだ……?」


「嫌がらせを少々」


「なんでだよ!?」


 なんなのこいつ!?


「ご主人様につく悪い虫の排除でございます」


「えぇ……? それ、なんか色々おかしくない?」


「冗談です」


 どこからどこまでが冗談なんだよ……。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「……お風呂、凄かった」


 書き物を終えてリビングに戻ると、髪にタオルを巻いたメアリーが呆然自失といった様子でソファに座っていた。


「楽しんでもらえたようで何よりだ。じゃあ、俺も風呂に行くかな……」


 良い加減泥を落としたい。

 乾いてパリパリになってて、痒い。


「ちょっとまってよ、おじさん」


 呼び止められる。


「そう言えば、さっきからなんで俺の事をおじさんって呼ぶんだ、お嬢……───」


「メアリー! もしくはモル!」


「───……メアリー」


「よし!」


 よし!じゃねぇよ。


「んとね、なんていうか父さん程近くも無いけど、親族みたいに感じたから」


 あくまでも自分の感想だけどね!と誤魔化すように言うメアリー。


「……おじさんはおじさんでも、叔父さんって事か」


 俺に親族は居ない。

 いや、前世ではいたけど、この世界には存在しない。


 ……なんかこそばゆく感じるな。

 姪っ子ってこんな感じかな?


「それでおじさんは、私に何を求めるの? なんでこんなに良くしてくれるの? 何が目的なの?」


 吸い込まれそうな大きな緑の瞳でメアリーがこちらを見ている。

 一点の曇りもない、真っすぐな瞳だ。


 全てを話すわけにはいかないが……何も言わないのは不誠実だな。


「メアリー、後でゆっくり話すつもりだったが……俺がお前に望むのは一つだけだ」


 ……ごくり。


 メアリーが緊張した様子で喉を鳴らす。


「お前には、俺のになってもらいたい」


「……共犯者?」


「そうだ、『神』の目論見を壊す、その為の共犯者だ」



 物語はもう始まってしまっている。

 それは避けられない。


 だが、事前に用意されたレールの上を行く必要がどこにある?

 起こる悲劇をそのまま起こす必要がどこにある?


 俺は『神』が描いたシナリオを破壊しようと考えているのだ。




 たとえ綺麗事と言われようとも、人が苦しみ嘆き悲しむ姿なんか、俺はもう見たくは無いんだ。

 

 悲劇なんか、もう沢山だ。

 ───────────────────


 ◇★ありがとうございます! 頑張るよ!

  いつでも受付中!

  このキャラの出番増やしてみたいな意見も募集中です。


 ◇ジジちゃん

 黒子みたいに顔を黒い布で隠した和風メイドさん。

 目元まで隠すフェイスベールみたいな感じです。

 いい性格をしている。

 俺の書くメイドさんはこんな奴ばっかりだなあ!


 ◇マヨイガ

 某妖精境出身のキキーモラが生み出した一種の結界。

 契約者の心を読み取って屋敷を組み上げる。

 和風の屋敷なのはそのせい。

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