第13話 俺と彼女と願い事。

 *サービス回です(お風呂)



 かぽーん。


 謎の効果音が風呂場に鳴り響く。

 一体これはなんなのだろうか?

 前世で見ていたアニメの銭湯とか温泉のシーンで聞いたことがある気がする。

 桶が床に置かれる音?

 今、俺しかいないのに?


 かぽーん。



 ……まぁ、いい。


 一つ分かっているのは、手足が伸ばせる広さの風呂というものは最高という事だ。

 世界の真理の一つだ。

 是非とも先生やロッテ・リードマン女史に報告せねば。


 自分で沸かす風呂は、効率など考えるとそんなに大きなモノではなかったからな。

 いつか招待してあげたい……。


 ばしゃり。


 お湯を手で掬い、顔を洗う。



 あァあぁぁぁあぁァ……────


 幸せだ。

 肌に僅かなぬめりを感じることから、おそらくこの風呂は温泉!

 源泉掛け流しと見た!

 一体どこから湧いているのか興味が尽きない。


 この世界だと温泉施設ってほぼ存在しないんだよなあ。

 そもそも娯楽の為の旅行自体がほぼ存在しない。

 なんやかんや言っても危険だからな。


 魔導具のおかげか生活の質は悪く無いのだが、魔物と言う脅威のせいか人類の生存領域がなかなか広がっていない。


 ……全てが終わったら何処かにスーパー銭湯みたいな娯楽施設を作るのもいいかもしれん。

 そしたら毎日温泉に入れるし……。


 いや、ここに入れるのならそうする必要もないか。

 しかし、この悦びを俺だけが独占するのも少々気が咎める。


 とりとめのない考えが浮かんでは消えてゆく。



 ざばり。


 少々行儀が悪いが、湯船に顔を突っ込む。

 どうせ俺しか入ってないわけだし、すこしくらいええやろ……。







 がらり。





 !?




 風 呂 の入 口 が 開 く 音 が 聞 こ え た 。


「ガボボボボボ!?」



 慌てて湯船から頭を上げると、風呂の入口に屋敷の和服メイドが立っていた。


「ジジか」


 さっき廊下であったばかりのジジだった。

 何故かその手にデッキブラシを持っている。

 掃除の時間と勘違いしたか?


 いや、でもさっき俺が風呂に入るって話したばっかりだし……。


「お背中を流しに参りました、ご主人様」


 どう考えてもそれは背中を流す道具ではなく、掃除道具だろ。

 それでどうするつもりだったんだよ、言って見ろ。

 俺は鯨か何かか。


「もう洗ったが」


 デッキブラシは見なかったことにして答える。

 風呂のお湯を汚さないように、最初に洗うのが銭湯民族のしきたりだろう?

 この世界に産まれてそれなりに経つが、こういうこだわりはやはり自分の根本は日本人だと感じる。



「……」

「……」



 沈黙が風呂場を支配する。

 一体何なんだ……!


「もう一度洗いましょう」


 さも良い提案のように不思議な事を言い出した。


「えぇぇ……?」


 なんなのこいつ……。

 まじまじとジジの表情を窺うが、相変わらず布で隠されていて全く読めない。

 案外見えていても真顔な気がしなくもない。


「気持ちだけ貰っておくよ。あの、流石に落ち着かないから出て行ってくれない?」




 お風呂はね、誰にも邪魔されず自由で


 なんというか救われてなきゃあダメなんだ


 独りで静かで豊かで……



 ガキじゃあるまいし別に見られてもそこまで恥ずかしいとも思わんが、やはり風呂と言う奴は一人で落ち着いてゆっくり入るものだろう。


 と言うか、明らかにジジの視線が俺の股間に固定されているんだけど。

 実は内側からは見えてたりするの? ねえ?


 ジシはそんな俺を見て少しだけ沈黙した後、口を開いた。


「ご主人様は……───」


 あ、一応ちゃんと用事あったのね。


 わざわざ入ってくるくらいだから、きっと他者に聞かれたくないような話なんだろう。

 この後の交渉でメアリーと手を組む事になれば、ジジ達ともお別れになると思うが、それなりに良く世話してもらったし、ある程度のワガママは聞いてやろう。


 小遣い欲しいとかかな?

 いいよ、あげちゃうよ。

 おじさん、お金だけはいっぱい持ってるからね!



「───……この後、ここを旅立つのですか?」



 意外な質問である。


 キキーモラは家に憑く妖精であり、対価を払うものにその恩恵を与える存在だ。

 つまり彼女たちが執着と関心を抱くのは、人ではなく報酬と住処である。

 よって各々の客の事情を斟酌しない。

 つまり、客に対してはビジネスライクと言うか、極めてドライ。


 すくなくとも俺はそう思っていた。


 ちなみにゲームには、いま目の前にいる「ジジ」は存在していなかった。

 まぁ、俺が名前つけた訳だからいるわけがないんだけど。


 もしかしたらどこかでチョイ役で出ていたのかもしれないが、ゲーム中ではなんのイベントもない。

 完全なるモブだろう。


 こういった部分は「省略」されていたのだろうか?

 製作者の脳内には存在していて、ゲームシステムに組み込めなかっただけなのだろうか?

 自分だけのメイドさんを育てよう!とかミニゲームでありそうではある。


 俺には何が正解が何か分からない。



 だが、彼女たちは間違いなくここに居る。

 例えゲーム中では名もなきモブであろうとも。


 泣き、笑い、喜び、生きている。


 俺はそれを知っている。



「そうだな。マヨイガの契約はもう少し残ってはいるが、目的の人物との接触も出来た。あいつの協力が得られるかは分からないが、どっちに転んでも俺は動く。短い間だったが世話になったな、ジジ」


 ムスコをブラブラさせながら話すにはちとアレだが、旅立つまで落ち着いて顔を合わせる最後の機会かもしれないからな。


 彼女とは一か月程度の付き合いだが、俺が名前を付けたのだ、それなりに愛着と言うか情も湧く。

 具体的に言うと、餌付けに成功した猫くらいには気にかけている。

 なんで野良猫ってあんなに可愛いんだろうね。

 ウチの子にならない?


「なるほど、分かりました。それならばワタシも準備せねばなりませんね……」


 思案顔になり、妙な事を呟くジジ。


 ……送別会でもしてくれるのかな?

 別に気にしなくていいのに。

 でも、いずれまた世話になるはずだから、連絡方法くらいは残しておこうか。


「では、ワタシは忙しくなるのでこの辺で失礼いたします、ご主人様」


 ジジはそう言って再びちらりと俺のムスコに視線をやり、そそくさと風呂場を出ていった。

 なんで見たの……?


 嵐のような奴である。


 いまいち釈然としないものの、いくら考えても答えは出ない。

 俺は諦めて、再びゆっくりと湯船に浸かり大きくため息を吐いた。


 ……まぁいい。

 俺にはまだメアリーを説得すると言う大仕事が残っている。

 そっちに注力すべきだろう。


 感触は悪く無かったが、例え決裂しようとも彼女とは悪く無い関係を築いておきたいものだ。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 風呂から出ると、キキーモラ達はそのタイミングに合わせて食事を準備していたようで、テーブルに着くように案内された。


 対面に座るのはメアリーのみ。

 二人だけの食卓である。


 ジジはいつものように壁際に立っており、食事の給仕をしてくれるようだ。



「こ、これ全部食べていいの?」



 テーブルに並べられた幾つもの料理を見て、メアリーは涎をたらさんばかりの表情で俺に尋ねる。

 というか垂れてる垂れてる。


 あらやだ、この子そんなに飢えてたの?



「ああ、好きなだけ食え……おかわりもいいぞ」


 意味ありげに答えるが、特に意味はない。

 子供にはいっぱい食べてスクスク成長してほしい。

 ……あの街の孤児たちにもこれくらい食べさせてやりたかった。


 メアリーを見ていると色々と思い出しそうになる。



「そ、その前に! これ!」


 メアリーは湯気を上げるスープの誘惑に抗いながら立ち上がり、掌に載せた何かを俺に押し付けようとする。


「これは……」


 キラキラと魔力の燐光を放つそれは……───


「私が啓示を受けた神札タロット愚者ザ・フール」だよ」



 そこに描かれているのは、一人の旅人らしき女と一匹の犬。


 女のモデルは間違いなく眼前のメアリーだ。

 モチーフは啓示を受けた人間になるんだなあ。



 自分の啓示を受けた神札タロットの絵柄を思い出しす。



 ……俺、悪魔ってコト!?



「さっきはごめんなさい。そして、私の負けです。受け取ってください」


 ……あぁ、そう言えば始まりはそうだったな。

 彼女から喧嘩を売る様に仕向けたのは俺だが。


 黙っていても何も言わなかったのに、律儀な奴だ。


 俺はじっと神札タロットを見た後、鼻を一つ鳴らして答える。


「要らねえ」


「は!?」


 驚き顔を上げるメアリー。


「要らねぇっつってんだ。そもそも、俺は嬢ちゃんにそれを寄越せと一言でも言ったか?」


 言ってない筈だ。

 多分。

 言ってないよね?


 それにここで受け取ってしまえば、きっと彼女との縁もそこでおしまいになってしまう。


「……たぶん、言ってない」


「そうだ、言っていない。さっきも言った通り、俺はその神札タロットより嬢ちゃんの方が欲しいんだ」


「わわわわわわわわわっわ私ィ!?」


 急に落ち着きが無くなるメアリー。


 あ、やべ。

 確かに違う意味に聞こえるな!


 このままだと少女に求婚するおっさんになっちゃう!

 えっと、うん……誤魔化そう。


「そう、。もちろんタダとは言わねえ、協力してくれるなら嬢ちゃんの願いを俺が叶えてやる」


「えっ……」


 驚き、目を見張る。


「もちろん俺にできる事に限るが……ここだけの話、神札タロットをすべて集めるよりずっとお手軽だと思うぜ?」


 俺は知っている。

 彼女の願いを知っている。


「私の……願い……」


「そうだ」


 俺も立ち上がり、メアリーに手を差し出す。



「メアリー、君が俺の手を取るならば、


「あ、なんだそっちか。……って、なッ!? なんでそれを……ッ!?」


 スン……となった後、息を飲むメアリー。


 なんかちょっと変な反応があった気がするがスルーする。

 突っ込んではならないと俺のゴーストが囁いている。


 一応、俺はこの為に大学で魔道医学を学んだのだ。

 そして彼女の母親の病状もゲームで知っており、魔道医学を学んだ今ならば何の病かも見当がついている。


 俺の見立てが間違っていないなら、何とかなるはずだ。


 


 時間が経つと手遅れになる。

 彼女が悠長に神札タロットを集め終わったころには、治療が間に合わなくなっているのだ。


「さぁ、どうする? メアリー・スー。 協力者になるのなら、俺のこの手を取るが良い」


 さぁ、正念場だ!

 見せ場だ!

 胸を張れ!



 悪魔のように嗤い、手を伸ばす。




「さすれば俺は、君の善き協力者として振舞お『!』……えッ?」



 ───────────────────

◇知ってた。


◇メアリーちゃんは最初からああいうキャラヤンデレの予定でした。

 タグに最初からあったでしょ?

 以前の作品で「これはヤンデレじゃなくてただ頭がおかしいだけだ」って言われて、色々文献を漁って勉強しました。

 今度こそ立派なヤンデレが提供できると思います!


◇ハーレムタグもあるので、増えます。

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