第14話 俺と彼女と楽しい食卓
「さすれば俺は、君の善き協力者として振舞お「喜んで!」……えッ?」
がっしりと俺の手がメアリーの小さな手に握られる。
予想通りその掌はグローブのようで、彼女がどれだけ剣に対して真摯な情熱を傾けていたかを俺に教えてくれた。
この世界では一般的に、嫋やかな柔らかい手を持つことが美人の条件だ。
苦労を知らない無垢な女こそ至上という事らしいが、俺はそう言う女性よりも炊事で荒れた手や、メアリーの手のような、俗にいう「働き者の手」を持つ女性の方がずっと魅力的だと思う。
少なくとも俺の隣に立つ相手は、そう言う手を持つ女性でいて欲しい。
苦労も知らない、ただただ美しいだけの伴侶は要らない。
……ちなみに特に関係はないのだが、ロッテ・リードマン女史の手は基本ぷにぷにだ。
が、ペンダコがすごい。
あと、いつもインクで汚れているし、放って置くとケアをすぐに怠りガサガサになる。
ちゃんとハンドクリームは塗りなさい、貴女は乾燥肌気味なんだから。
……あの手も間違いなく「働き者の手」だ。
はい、現実逃避終了。
「え……っと……」
食い気味に飛んできた了解の言葉に二の句が継げなくなる。
シミュレーションしていた状況と余りにも違う為、どうすればいいのか分からなくなったのだ。
「その話、喜んでお受けします!」
聞こえなかったのかも知れないと思ったらしいメアリーが、俺の手を握ったままもう一度俺に答えを返す。
わずかにその手が汗ばんで来た気がする。
あぁ、彼女も緊張しているのか。
少しだけ混乱が治る。
「……あ、ありがとう」
やや間が抜けてはいるが、なんとか返答を絞り出す。
……条件交渉さえ無いのは流石に予想外だった。
金銭などの積み増しの条件は幾つか用意していたのだが、全て無駄になってしまった。
「どうしたの、おじさん?」
くりっとした大きな新緑色の瞳が、こちらを見ている。
俺の反応を伺っている。
観察者の目だ。
……やられた!
これも駆け引きの内か!
急激に頭が冷える。
甘くみるな、この子は俺を殺し得る相手だぞ!
「いや、即答されたのが予想外でな。説明くらいは要求されると思ってたんだよ」
しかし、無条件降伏のような事を初手でやられると困ってしまう。
どう言う意図なんだ?
どうするのが正解か?
「あー……確かにそれもそうだね。でも、多分説明されても答えは同じだったと思うから。そうだったら早めに承諾して、おじさんからの印象を良くした方が良くないかなって思ったの」
そう言ってメアリーが笑う。
なるほど。
俺はまんまと術中に嵌ってしまった訳か。
確かにその目論見は成功している。
こちらに請われて手を組んだと言う実績を作ったんだな?
まぁ、手を組む相手が強かなのはいい事だろう。
俺自身も足元を掬われないように緊張感も産まれるし、なにより指示を出さなくても動ける味方がいてくれるのは有難い。
「ふ、やるじゃないか嬢ちゃん」
本心からの賞賛の言葉を贈る。
これで俺とメアリーは対等と言う事になるのだ。
「んもー! じゃあ条件として、私の事を嬢ちゃんって呼ぶの禁止にする!」
ガアっと吠えて俺を腕をぺちぺちと叩いてくるメアリー。
こういう所は年相応と言った感じがするな。
「分かった分かった。その条件を飲もう、メアリー」
対等な同盟者なら敬意は必要だ。
「モルでもいいわよ!」
胸を張って笑うメアリー。
流石にいきなり愛称はちょっと。
誰かに噂されると恥ずかしいし……。
「はいはい、そのうちな。とりあえず飯を食おう。折角の美味い飯が冷めちまう前にな」
何故か俺の手を離すことなくにぎにぎし続けるメアリーに、やんわりと席に戻る様に促す。
……気のせいか、なんかこいつの手の触り方、やたらねちっこいんだよ。
触るって言うか、愛撫って感じであまり股間に良くない。
掌って神経が集中してるから割とダイレクトにクるんだよね……。
さすがに一回り以上年下の少女にそう言う感情を向けるわけにはいかない。
「ふふふ、ごつごつして素敵な手ね。私ね、こういう手大好きなの。……おじさん、不束者だけど今後ともよろしくね?」
そう言ってメアリーは名残惜し気に手を離し、俺の顔を覗き込んできた。
息がかかるほどの距離から、メアリーの新緑色の瞳が俺の瞳を真っすぐ見ている。
キラキラと輝くとても美しい、妖しささえ漂う魔性の美。
見る者すべてを魅了する伝説の魔眼のようなそれが、俺を俺だけを見ている。
だが。
気のせいだろうか?
その瞳の奥に、深い深いとても深い闇がちらりと見えた気がしたのは。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……ンまァい!?」
メアリーがスープを一口飲み、奇声を上げた。
頬は上気し、瞳がキラキラと喜びに輝いているところを見るに、お世辞ではなく心からの言葉なのだろう。
食え、どんどん食え。
食べると言う事は生きる事。
生きると言う事は食べる事だ。
俺も目の前に並べられた透き通ったコンソメのようなスープを一匙掬い、口に含む。
あぁ。
それは例えるなら宝石箱。
ふわりと口いっぱいに広がる凝縮された旨味。
柔らかく主張しすぎない甘み。
全体を引き締める、程よい塩味。
野菜の甘みと肉の旨味が渾然一体となり、口腔全体に広がる優しい味だ。
鼻から抜ける香気さえ美味と感じる。
塩加減も絶妙で、きっと派手に動いた俺達に合わせた分量なのだろう。
計算され尽くした味に、思わず感嘆の声を上げる。
「うむ、今日も美味いな。実に、美味い。めちゃくちゃ美味い」
語彙が、語彙が少ない!
キキーモラの屋敷に滞在して良かったと思うのは、風呂だけでなくこの食事もだ。
元々孤児で食うに事欠くような子供時代であり、成長しても戦場を渡り歩いたり食事の時間を惜しんで勉強していた俺は、この世界の食事事情についてはよく知らなかったりする。
学生やってた時も自炊か、
これほどの物が食べられるのならば、もう少し食にも興味を持った方が良いかもしれない。
異世界の飯は不味いという謎の偏見があった自分を恥じる。
でも戦場で食う飯はどれもこれも酷いもんだったから、そう思っても残念ながら当然とも言える。
栄養と量しか誇る点がなかったからな、戦場飯。
切って、煮る。
場合によっては切らずにそのまま齧るとか日常茶飯事だった。
「どうしたの、おじさん遠い目して」
ガツガツとテーブルの食事を貪っていたメアリーが不思議そうに俺を見ている。
テーブルマナーは意外としっかりしてるのね、君。
ただ、食べる速度が尋常じゃないけど。
「あぁ、戦場で食った飯の事を思い出しちまってな……」
その言葉に彼女は少し考え、質問を投げかけてきた。
「おじさんってさ、『あの』ヴァサゴ・ケーシーで間違いないんだよね?」
あー。
知ってるのか。
やんちゃしていた時期の事だから少しだけ恥ずかしい。
「『あの』が何を示すか分からんが、俺以外にヴァサゴ・ケーシーを名乗る男は寡聞にして聞いたことがないな」
俺の名を騙る奴は全員殺した。
「
メアリーが俺の仇名を列挙していく。
恥ずかしながらそう呼ばれた事もある。
もちろん自称ではない。
自称の二つ名とか恥ずかしすぎるだろ。
「……まぁ、そう呼ばれることもあるな」
「
……マイナーな呼び名と言うか、変な仇名というかよく分からない何か。
あと最後のは人違いです。
「……うん、まぁ。最後のは違うけど」
「あと、
「ワァ……ァ……!」
そんな名前で呼ばれた覚えがないんですけど!
「本物、なんだね……」
ほう、と小さく溜息をつくメアリー。
どこで判断したんですかね?
「まぁ、偽物か本物かと言われると本物だが。この辺でも俺の噂は流れてるんだな、もう5年以上前の話なのに」
学術都市で学んでいた間はそれほど目立つことをやった記憶がない。
というか、あの都市自体がなんていうかこの世界の特異点みたいな場所で、俺程度ではちっとも目立たない魔境だったから当然とも言える。
毎日どっかで爆発が起きるとかマンガのような都市である。
自分の研究室もよく爆発していた。
懐かしい。
「なんで本人が一番自分を過小評価しているのか、私には理解しかねるね……。私はてっきり南方都市連合国……ガリアにいると思ってたよ。おじさんが主導して建国したんだよね?」
「あー。主導というか、色々あってだな。別に建国しようとしてやったわけじゃなくて、なんとなくこう流れで?」
復讐の手段として建国したなんて口が裂けても言えない。
流石にその程度の分別はある。
「流れで建国したの!?」
「まぁ、うん。周りが『建国したいけどいいかな?』っていうから『いいよ』って言ったら出来た。俺は何もしてない、マジで」
本当である。
内政の方には全く手を出していない。
やろうと思えば国の中枢に潜り込めただろう。
だが俺は興味が無かったから、当時の仲間に丸投げして前線で暴れていたのだ。
「滅茶苦茶だあ……じゃあ、おじさん以外の四天王は?」
なにそれ。
しらない、こわい。
「四天……王?」
「え……?
「誰……?」
し ら な い 。
マジで誰だよ。
しかし揃いも揃って厨二くせぇなぁ!
え、お前もそうじゃないかって?
失敬な、俺の
「ええぇぇぇぇ……?」
「多分、連合軍の誰かなんだろうけど、知らないし記憶にない。そもそも俺が四天王って呼ばれてたの初めて知った」
なんだよ、四天王って。
正直あの頃は復讐する事だけを考えてて、周りの人間に気を遣う事も出来てなかった。
復讐が終わったら終わったで、全てがどうでもよくなった。
つまり、俺はあの頃の出来事について全体的に記憶が薄いのだ。
……なんとなく申し訳ない様な気もする。
結構な数の人に世話になったような気もするし、結構荒れてたから迷惑もかけたはずだ。
お別れもかなり無理矢理だったし、この
誰かを連れて観光もいいかもしれん。
「なんか、ショック」
俺の答えを聞いてがっくりと項垂れるメアリー。
「えっと、ごめんね?」
一応口では謝ってはいるが、『俺は悪くねぇ、俺は悪くねぇ!』と思っています、はい。
悪くないよね?
「あー、詫びと言っちゃなんだが、質問してくれたら南部の戦争の話くらいはするぜ?」
でも申し訳ないから、あの戦争の事について話してやる事にする。
普段は避ける話題なのだが、たまには良かろう。
なんだかんだ言って戦争の話なんで、あんまり細かく話すと血生臭すぎてアレだけど。
「本当!? じゃあね、灼熱の門攻防戦について聞きたい!」
ぱっと顔を輝かせ、血生臭い話を要求するメアリー。
少女ではあるが、この子も武人だったなそう言えば。
「灼熱の門攻防戦か。なんかあの戦いは妙に人気があるよな……。いいぜ、その攻防で先頭に立っていた俺があの時の事を話してやろう。そう、あれは7年前の……────」
瞳をキラキラさせ、興奮した様子のメアリーに数年前の戦闘について俺は話し始めたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その後も二人で食事をしながら楽しく昔話をして、食後のデザートを楽しんでいた時であった。
誰かが俺の耳元で囁いた。
「ご主人様、ネズミが入り込みました」
ちらりと見ると、そこにいたのはこの屋敷の主である妙齢のキキーモラだった。
彼女は屋敷の中ではどこにでも存在でき、屋敷の全てを把握しているらしい。
侵入者の察知など朝飯前って訳だ。
突如として姿を現したキキーモラにメアリーは目を丸くし、続いて少し険しい目つきとなった。
恐らく彼女も何かよからぬ出来事が起きていると気付いたのだろう。
察しが良いのは有難い。
何も問題はない。
俺は嗤った。
「想定通りだ」
そう。
これから「主人公に仲間が出来た事をトリガーとするイベント」が起きるのだ。
───────────────────
◇実は前回くらいから書き溜めしてた話ではなく、全面書き直しになっております。
そう、仕事終わってから4,000字くらい書く生活の再開です!
はえーよ。
おい、まだ14話だぞ!?
あと15話以上書き溜めてた分は何処に行ったんだよ!?
読み返したら気に食わなかったからね、しょうがないね……。
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