第15話 屋根裏の「不審者」。

 とあるお屋敷の天井裏に息を殺し潜んでいる、どこからどう見ても立派な不審人物であるボクの名前はシトリー、『忍者』だ。



 忍者とは一体何かと聞かれたら困るが、10歳の成人の儀で与えられたジョブが忍者だったのでボクは忍者だ。

 むしろ忍者以外何だというのだ。

 何処からどう見ても忍者だ。


 何回忍者って言えば気が済むのだ?

 なんかよく分からなくなってきた。


 まぁ、育ててくれた人から受けた説明によると、諜報活動に優れたアサシンのようなジョブらしい。

 極東地域以外でこのジョブを授かった記録がないとの事で、とにかく詳細が分かっていない極めて珍しいジョブとのことである。


 そのせいでボクの人生は大きく捻じ曲がってしまった訳だが。


 特技は、かくれんぼ。

 大の得意だ。

 とても自信がある。

 今まで一度も見つかったことが無いくらいだ。


 ……そのせいで鬼が諦めて帰ってしまい、3日放置された事があるくらい得意である。


 悲しい。

 とても悲しい。


 探そうよ。

 見つからないならせめて声を掛けてよ。

 あぁ、声を掛けようにも見つからないから仕方がないのか。

 あはは。


 はぁ。


 でもその技能は、特定の分野においては極めて有用ではあるので、ボクはそれを活かしてなんとか糊口をしのいでいる。


 と言っても、今ここに潜んでいるのは仕事とは少し違うのだが。



 そう、何を隠そうボクは神札保持者タロットホルダーであり、願いを叶える為にターゲットの情報を集めに来たのだ!


 情報を制すものは、戦いを制す!

 ンッンー、名言だねこれは。


 ふふふ、まさかこんなところに神札保持者タロットホルダーが隠れているなんて予想外も良い所だろう!

 

 さぁ、じっくり観察して、君たちの弱点を丸裸にしてやるモンニ!


 ボクはふんす!と鼻息荒く決意し、屋根裏に穴をあけるべく道具を取り出そうと腰に手を……────


「こんばんは」


「えっ」


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ボクの産まれは南方都市国家群、今は統一されてガリアって国になっている地域だ。

 そこの田舎の方の子沢山貧農の末っ子であり、それはそれはひもじい幼児時代を過ごした。


 ボクの身体が小さいのは、子供時代に栄養が取れなかった事が原因に違いない、ガッデム。

 ……家族全員あまり背が高くなかったような気もするが、それは些細なことである。


 もう成長期はとっくに終わっているが、まだ成長する可能性は0ではない。

 0ではないのだ……。

 小数点以下でも可能性が残っているのならボクは諦めない。

 牛乳とかいっぱい飲んでる



 まぁ、そんな田舎のガキンチョであったボクに転機が訪れたのは、成人の儀であった。


 いわゆるジョブが授けられる、貧農にとって一発逆転のチャンスって奴だ。

 もしここで特殊なジョブを授かることが出来れば、都市部でいい仕事に就くことも可能だからね。

 特殊でなくとも『神官』や『白魔導士』のような就職先が沢山あるジョブなら万歳三唱が起きるほどである。


 と言っても、ウチの家族は全員『農民』のジョブであり、ボクも全く期待されていなかった。



 なんでもボクの一族は、どれだけ家系を遡っても『農民』しかいない血筋で、ある意味超エリート農民の一族らしい。

 農民 オブ 農民。


 『農民』ってジョブも悪くはないんだよ?


 畑仕事が天職ってコトだから、田舎で暮らしていくなら一生安泰だ。

 地方によっては諸手を上げて歓迎される、有用なジョブだ。

 村によっては『農民』のジョブを持つことが家を継ぐ条件だったりするほどだ。


 なのになんでウチの一族はもれなく貧農なん? 解せぬ。



 まぁ、そういう訳でボクにも当然のように『農民』のジョブが与えられるだろうというのが大方の予想だった。

 ボクもそうなるだろうなあって思ってたし。

 特に不満はなかった。



 しかし、大方の予想を裏切ってボクに与えられたジョブは『忍者』であった。


 鑑定人が「アイエエエ!? ニンジャ!? ニンジャナンデ!?」と叫んで昏倒して少々騒ぎになったのを覚えている。


 聞き慣れないジョブ名に一同揃って首を捻ったが、それでも一族初の農民以外のジョブと言う事で祖父母や両親は大喜びだった。


 ボクも分からないなりに皆が喜んでる事が嬉しかった。

 ご飯ももらえたからね。

 思えばお腹いっぱいご飯を食べたのは、その時が産まれて初めてだった気がする。

 なんとも悲しい人生である。


 しかし、これからはきっと毎日お腹いっぱい食べさせて貰えるはず!

 何と言ってもボクは「忍者」なのだ!

『忍者』がなにか全然わかってなかったけど!


 とにかくその時は、とても幸せだった。






 三日後、売られた。




 レアなジョブと言うことで、人買いに高値で売れたらしい。


 これで借金が返せると両親は喜んでいた。

 ボクは全く嬉しくないよ、ガッデム。


 てか、今だから思うんだけど、金貨3枚(30万円相当)って安くない!?

 今のボクの一回の依頼料以下(金貨5枚~要相談)だよ!?


 せめてもうちょっと高く売ってよ!?

 いや、そもそも子供を売るなよ!?



 ……今考えてみると、あの一族にとって子供は「」扱いだったのだろう。

 両親には育ててもらった恩はあるものの、愛情を感じた記憶は無かった。


 家畜が高値で売れた、おそらくその程度の認識だったに違いない。

 田舎の貧村ではよくある話とは言え、なんとも胸糞悪い話である。




 ボクが売られた先は、ちょっと後ろ暗い感じの諜報組織だった。


 他国の要人暗殺やらスパイ活動を主にする、どこの国にも一つはある暗部と言う奴だ。

 金で汚れ仕事をする、半分国が運営する感じの組織。


 ちょっとじゃねぇな、真っ黒だよ。

 この上なく黒いよ。



 殺しもやるって事で最初は死ぬほどビビったものの、意外な事にそこでボクはそれなりの扱いを受けた。

「忍者」というジョブはそれだけ希少で、彼らにとっても有用だったというわけだ。


 その組織、フクロウ」という組織での生活は、それまでよりずっと充実していた。

 何より毎日お腹いっぱい食べられると言うだけで、ボクとしてはスタンディングオベーションである。


 そこでボクはご飯には好き嫌いと言うものが存在すると知ったのだ。

 野菜よりお肉のほうが美味しい!

 世紀の発見だ!


 ……今までは喰えればそれで満足だったからね。

 なんて悲しい幼児時代なのだろうか。


 この時の経験から、ボクは食べるという事にちょっとだけこだわりを持つようになった。

 将来の夢は「美味しい物を毎日お腹いっぱい食べる事」です。



 それは別にいいとして、ボクは「フクロウ」でみっちり数年間教育と訓練を受けた。


 産まれてこの方、勉強をするという習慣がなかったので苦労はしたが、さすがに読み書きが出来ない諜報員なんて何の役にも立たないので頑張って勉強した。

 他にも情報の集め方や、精査の仕方など普通には学べない知識を与えられた。


 これは今でもとても役に立っている、ありがとう。




 まぁ、さっきも言った通り、そんな充実した日々にも終わりが来た。



 忘れもしない、「フクロウ」に来て何度目かの誕生日だった。


 あの日、ボクは自室で初めての任務に就くため入念な準備をしていた。

 大した任務ではなかったが、それまでに受けた恩を返すことが出来るとワクワクもしていたのを覚えている。


 しかし、急に「フクロウ」本拠地が騒がしくなったと思ったら、意匠の統一された鎧兜を纏った集団がなだれ込んできたのだ。


 何事!?と思い抵抗しようとしたが、普通に抑え込まれてしまった。

 まぁ、ある程度訓練はしてたけど戦闘特化って訳でもないからね……。

 特別な訓練を積んでいるとはいえ、所詮ボクは子供である。


 幹部や一緒に訓練していた仲間たちも揃いも揃って拘束されていた。

 混乱しているボク達に、その連中は言った。




「我々はこの国の治安維持部隊だ」


 警察だった。


「ここには人身売買の疑いがあり、捜査させてもらう」


 はい、買われてきた人がここに居ます。





フクロウ」は解体された。


 首領を含めた幹部たちは幾つもの罪に問われ、裁判にかけられ処刑されてしまった。

 ボクに色々教えてくれていた教官にも懲役10年の実刑判決が下った。


 まぁ、反社会的勢力だったから残念ながら当然と言える。

 育ててもらった恩はあったが、命を懸けるほどではない。


 裁判でも証言とかしました。


 だって警察の人が「喋ったら美味しい物食べさせてやる」っていってたからしょうがないよね!


 教官がお勤めを終えた時の身元引受人くらいにはなってあげようと思っている。

 感謝はしているのだ、感謝は。



 警察の人達は優しかった。

 しばらく施設でご飯を食べさせてくれて、お家にお帰りと言われ小銭を渡され解放された。

 体のいい厄介払いであった。



 正直、凄く困った。


 今更その辺で浮浪者やるのもアレだし。

 行く場所もないし仕方がないかと思い、故郷の南方都市国家群に向かった。




 滅んでた。



 なにやら火竜のなんとかとかいう傭兵団が、近隣諸国を煽って滅ぼして南方都市国家群を統一に導いたとかなんとか。


 よくわからないが、祖国はもう無いらしい。


 実家のあたりは更地になっており、家族の行方も杳として知れない。

 近所の人も一人も残ってなかったからお手上げである。

 墓らしきものはみあたらなかったから、生きている可能性はあると思うが……。


 正直、家族の顔も覚えてないんだよなぁー!


 まぁ、運が良ければ再会する事もあるでしょう。

 元々天涯孤独みたいなものだ。


 そう思い、ボクはあてどない旅に出た。



 幸いと言っていいのか分からないが、今はガリアと言う国が産まれ時代が大きく動いている混乱期だ。


 身に着けた技術と『忍者』というジョブの力で、何とか自分一人くらい食べていけるくらいは稼ぐことはできた。

 殺しはやっていないが、技術はあったので多少選り好みしてもなんとかやって行けたのだ。


 「フクロウ」から支給された、ボク専用の身元隠しの魔道具にもとても助けられた。

 身体の小さな子供が大人と対等に交渉するのは難しいからね。

 普通なら足元を見られて利用されるだけだ。


 まったくもって「フクロウ」様々である。


 もし、あのまま貧農の末っ子のままだったら、ボクは一体どんな人生を歩んでいたのだろう?

 あんまり幸せな未来は描けなかったに違いない。

 今は決して胸を張って幸せと言えるわけではないが、泣いて悲しむほど不幸と言う程でもない。



 でも、人生ってそう言う物でしょう?



 自由なのは良い事らしいが、生きる目的も見当たらないボクはその自由を持て余していた。

 何も考えず、しばらくの間仕事を熟しながら世界各国をふらふらとして。


 三度みたび、ボクの人生を大きく変える出来事が起きた。




 ボクに神札タロットの啓示が下りたのだ。


 ───────────────────

 ◇新キャラのエントリーだ!


 ◇割と不幸な生い立ちの癖に、全く悲壮感が感じられないのは本人が前向きだからなんだろうなあ。

  次でシトリー過去編は終わりです。

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