第29話 俺と「探し屋」とその想い。



「聞かなきゃよかったァー!」



 ウルル女史はそう叫んで机に突っ伏した。


 気持ちは分かる。

 俺は苦笑しながらカップに注いだお茶で唇を湿らせる。



 結局、俺は彼女にを話すことにしたのだ。



 全てとは言っても話したのは「神札タロット戦争」の事についてであって、俺が異世界からの転生者であるとかこの世界がゲームの中の可能性があるとかそう言った話はしていない。


 もし話したとしても、「なにかお薬でもやってらっしゃる?」と言われるのがオチだ。


『実は俺、別の世界から転生してきた人間で、この世界は俺の前世で遊んでいたゲームの中なんです』


 こんなこと言われたら、俺なら「……へえ、そうなんですか」(愛想笑い)する。

 間違いないね!


 何しろそれを証明する方法が何もないからなぁ。

 こういうのも「悪魔の証明」っていうのか?

 いや、ちょっと違う気もするな……!



 一方、「神札タロット戦争」に関しては、現物タロットがあるので説明するのはそこまで難しくない。


 ちょっと見ただけで「これは尋常なモノではない」のが分かるからな。

 この神札の持つ気配は、「願いが叶う」などと言うを人に信じさせるだけの力がある。


 ちなみに彼女に見せたのは「ザ・ムーン」だ。


 俺の「悪魔ザ・デビル」はちょっとばかり印象が悪いからな……。


 全てを話した後に証拠として「ザ・ムーン」を見せた所、冒頭の言葉が飛び出した訳だ。




「バカバカ、あたしのバカ! こんなバケモノの事情なんて、どう考えても厄ネタでしょぉ!? なんで聞き出そうとか思っちゃったのかなァ!?」


 ウルル女史はそう言って頭を抱え、うおおおおお!と呻いている。



 バケモノとは失礼な。

 まぁ、正直そう呼ばれる事には慣れているのだが。


 ヒトは自分達から少しでも外れた存在を見ると、「アレは自分とは違うのだ」と無意識に考えがちだ。

 そこには『アレは化け物なのだから、仕方がない』という諦めの感情が含まれていることが多い。


 俺は前世ではそれを言う側だったから、よく分かっているのだ。


 だから、いちいち目くじらを立てたりする気はない。

 ただ、そう言われる事で言われた側も、多少なりとも疎外感を覚える事だけは知っておいて欲しい。



 それに他人事みたいに言ってるけどさァ、


 バケモノ同士、仲良くやろうぜ。



「……なんで正直に話しちゃったのさ?」


 すっかり口調が砕けてしまったウルル女史が、ひどく恨めしそうな目で俺を見ている。

 はっはっは、さては予想外のカウンターを喰らって頭が回ってないな?


「誤魔化すことも考えたんですけど、多分ウルルさんは納得しないだろうと思いまして。中途半端に嗅ぎ回られるより、事情を話してしまった方が良いと判断しました」


 中途半端に誤魔化すと面倒くさい事になる。

 今までの人生で何度も経験した。


 まぁ、目の前の人物の人柄を把握した上で喋った部分も大きいのだが。


 この人はお人好しだ、間違いなく。



「ううう、否定できない……」


 だろうな。


「そもそもの話、俺としても教会とは揉める気は無いんですよ。俺は白神教の教徒ではありませんが、あなた方は嫌いではありません」


 俺は、彼らが沢山の人の命を守り、救っている事を知っている。

 個人には不可能な、組織としてのやり方でそれを成し遂げている事には敬意さえ覚えている。


 ……こういう時は普通に教徒ですとか言った方が良いのだろうが、正直に話すことにしたのは理由がある。

 こんなところで嘘を吐いて、後々つじつまが合わなくなることの方が信頼を失う事にるながるからだ。


 どれだけできた人でも、嘘を吐かれると「裏切られた」という気持ちになるものだ。



「ふぅん、馬鹿だねえ実に馬鹿だねえ。でもまぁ、おねーさんはそう言う姿勢は嫌いじゃないよ、うん。誠実たらんとするのはいいことだ、お母さんもよく言ってた。……それに、あたしも熱心な教徒ってわけじゃないし」


 とんでもない事を言いだした。


 はぁ?

 教会騎士がか?

 知り合いの教会騎士は、どいつもこいつも狂……熱心な教徒だったぞ。

 ちょっと目が怖かった。


「えぇ……?」


 思わずドン引いてしまう。


「あっはっは! まぁ、あたしにも色々事情があるのだよ! そうね、もっと仲良くなったら教えたげる」


 へらっと笑い、お茶に手を伸ばすウルル女史。

 ……興味が無いと言えば噓にはなるが、無理に聞き出すこともあるまい。


 どんな人にも、それなりに事情と言う物はあるのだ。



「あぁ、そうだ。これは聞いておかないとね。?」


 彼女はすっと目を細め、なんでもない事の様に大切な事を聞いてきた。



 そうだね。

 それは知っておかないとね。


 恐らく、ここで俺がどう答えるかで教会側のスタンスは大きく変わるに違いない。



 文字通りの分水嶺だ。



 彼らは秩序の守り人だ。

 場合によっては俺を殺し、神札タロットを奪う事も辞さないだろう。


 勿論、答える事はやぶさかではない。

 間違いなく聞かれると思っていたからな。


 だけど一つ懸念がある。




「俺の願いは……────」


「願いは?」


 にこにこしながらウルル女史はこちらを見ているが、その瞳は全く笑っていない。

 何なら腰のナイフを抜き打ちしてきそうな気配も感じられる。



 はぁ……。

 内心溜息を吐きながら答える。




 俺の懸念とは……────




「この神札タロットとかいうふざけたモノを消し去る、もしくは封印する事です」



 ────……信じてもらえる気がしないのだ。




 俺は当初、何を願うか決めあぐねていた。


 色々叶えたい願いはある筈なのに、どれもしっくりこなかったのだ。



 集めながら追々考えていけば良いと呑気に考えていたのだが、実際に神札タロットを使った争いが始まってから事態の深刻さにようやく気付いたのだ。



 神札タロットが世界に与える影響が、あまりにも大きすぎる。



 俺の中でどこか「ゲーム気分」が抜けていなかったのだ。



 メアリーやシトリーに関しては運が良かった。


 彼女たちは彼女たち自身の願いを叶えるために動いてはいたが、他者を巻き込もうとはしなかったからだ。


 しかし、「ザ・ムーン」の人狼アモンは違っていた。


 彼は彼の欲望の赴くままに殺し、貪り喰らったのだ。



 アモンが引き起こした災厄で何人が死んだ?

 どれだけの共同体が破壊され、どれだけの子供たちが孤児になった?


 どれだけの人間が、不幸になった?



 甘かった。

 俺の考えは、どうしようもなく甘かったのだ。




 


 あってはならない異物だ。


 存在してはならない、存在させてはならない。




 ならば、消し去らねばならない。

 元に戻さねばならない。


 異物を、排除せねばならない。




 それが俺の願いだ。




 まぁ、彼女にそんな俺の危機感が伝わるかどうかは分からんが。

 少なくとも今の俺の本心だ。


 信じてもらえないならそれはそれで構わない、ただ俺の邪魔をしてこなければそれ以上は望まない。

 その上で俺と敵対するならば、しょうがない。


 全力でお相手しよう、この炎の暴君フレイムタイラントが。




 そんな覚悟の上の発言であった。




 が。




「あぁ、それならあたしたちも協力できるね」


 ウルル女史はそう言ってあっさりと頷いた。


「信じる、のか?」


 呆気にとられ、思わずそう呟く。

 流石にちょっと予想外だった。


「なに、嘘なの?」


 頬杖を突いたウルル女史がニヤニヤしながらこちらを見ている。

 ……ぬう、反応を楽しまれている。


「いや、本気だが……」


 有難いんだがえらくあっさりで、逆に不安になるぞ。

 なんか裏があるんじゃって気になってしまう。


「なら問題ないじゃん? まぁ、普通なら『うっそだぁ』と言う所なんだけど、アレ見ちゃうとね……」


 苦笑しながら彼女は頬を掻く。


「アレ?」


 アレとはなんじゃろか。


 いくつもの「?」が浮かんだ俺に、ウルル女史は真面目な顔になって答える。



「あなた人狼にとどめを刺す時、迷ったでしょう? 何とかして命を救う方法がないか、一瞬考えたでしょう?」



「…………」


 確かに悩んだ。

 彼の人生を知り、彼の悩みを知り、彼の願いを知ったからだ。



「人によっては甘いって言うと思うけど、あたしはそう言う考え方キライじゃないの。命を奪うってね、そう簡単な事じゃない筈なのよ、本当はね」


 彼女はそう言ってどこか遠くを見る様な眼差しになる。


「確かにあの人狼の被害は甚大で、沢山の人に迷惑が掛かった。人も沢山殺された。村によっては廃村になったと思う。でも、だから殺されて当然と言われるとちょっとね……。もちろん罰は受けるべきなのは間違いないのだけど、その罪を自覚させる事無く殺してしまうのは乱暴じゃないかなーってね。個人的な感傷って奴なんだけどさ」


 少しだけ寂しげに笑うウルル女史。


「あぁ、でも殺したことを責めてるわけじゃないよ。遅かれ早かれアレは狩られていたし。さっきも言った通り、教会の立場で言うと滅ぼされるべき大敵って奴なのよ」


「俺は……」


「あぁ、いいのいいの。でも、あそこで貴方が見せた苦悩があったからこそ、あたしは貴方を信じる気になったの」


「……そう、か」


 今更、一人二人殺す事について悩んだりはしない。

 だが、それとこれとは別の話だ。



 俺の手は血に塗れている。

 戦争で相当な数の人間の命を奪っている。


 もし死後の世界があるとするならば、俺はきっと地獄に行くことになるのだろう。


 ただ俺は、俺が始めた復讐と言う物語の責任を取っただけだ。



 もし俺に対して復讐を誓うものが居れば、俺はその復讐を受け入れよう。


 もちろん、手を抜く気は更々無いが。

 それはそれで失礼と言う物だろう?


 少なくとも俺は、真剣に復讐を考え実行したのだから。




 パン!


 ウルル女史が手を叩く。


「うん、湿っぽい話はこれでおしまい! とりあえず、あたしはあなたを信じるよ。教会としてどう動くことになるかは、ちょっとすぐには答えられないけど」


 ウルル女史がにっこりと微笑む。


「まぁ、邪魔さえしてこなければそれ以上は望まないさ」


 俺もつられる様に笑う。


「あら、謙虚。なるはやで上に相談して対応決めるから。できる限りあなたの迷惑にならないようにはするつもり……明確な協力ができるかは保証できないけど。それで、あなた達はこれからどう動くつもり?」


 うん、想定していた中では最良と言える結果になったのではないだろうか?

 最悪ここで消す事も考えてたからな、本当に最悪すぎる。


「あぁ、ちょいと寄り道はするが、次はイリアムの町に向かう予定だ」


 イリアムの町と言うのは、ここから徒歩で一週間前後の所にある大き目の町だ。

 ゲームと同じならば、そこに「神札タロット」の持ち主がいる筈。

 もう全然信用できないが、シトリーの力を借りれば足取りくらいは掴めるだろう。


「ふむふむ、了解。なんとかイリアムで連絡取れるようにする。町について宿を決めたら教会に顔を出してね、伝言か手紙を受け取れるようにしておくから」


 ウルル女史はメモを取りながらうんうん頷き、何か思いついたように頭を上げる。




「あ、そういえばあなたの名前なんだっけ?」


「あぁ、そう言えばまだ名乗ってなかったか。俺はヴァサゴ。ヴァサゴ・ケーシーだ。モニカ・エーデルシュタイン記念大学で研究生をやっている」


「ふむふむ、モニカ・エーデルシュタイン記念大学で研究生をやってるヴァサゴ・ケーシー君ね……ん?」


「ん?」







「もしかして、ロッテちゃんの彼氏?」


「は?」


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ◇次からエピローグです。


 ◇拙者、エピローグ大好き侍故、何話エピローグがあるか不明也。

 書き溜めなんてもう無いぜ!

 後半は話の筋以外全部書き直してたからあんまり変わらんとも言う。


 ◇とりあえず話としては片が付いたので、ここらで一丁☆評価を入れてもらえるとありがたいです!

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