第28話 俺と「探し屋」と疑問。

「ルーさん、ですか……」


 あまり聞きなれない響きの名前だ。


 ……間違いなく南の方の名前じゃないな。

 まぁ、白神教会には各地から人材が集まるから、何ら不思議ではない。


「あ~、ウルルでいいよ、ウルルで。あたしのことはみんなそう呼ぶし。それに教会騎士団つっても、たまに手伝いを頼まれるアルバイトみたいなもんだしさぁ、畏まることないって」


 そう言ってウルル女史はケラケラ笑い声を上げる。


 さっきまで怯えていたのが嘘のようだ。

 ……いざとなったらどうとでもできるという自信の表れ、か?

 いや、何も考えてないだけの気もする。


 どうにもこうにも色々と測り難い御仁だ。


 決して油断は出来ないが、折角あちらから歩み寄ってくれているのだ、あまり警戒しすぎるのも良くないだろう。


 それに、少なくとも受け取った名刺は本物だ。


 この世界でも高価な上質の紙で作られているし、偽造防止の文様が薄っすらと施されている。

 ここまで手の込んだ小道具を作る奴はいないだろう、バレたら教会からのお尋ね者確定だしな。


 ……まあ、ちょっと様式が古いのが気になるが。



「……よし、信じよう」


 隣のメアリーに聞こえるように呟く。


「……許せって言っておいてなんだけどさ、大丈夫なの?」


 メアリーのやや懐疑的な声に、俺は口角を上げて答える。


「まぁ、な。一応身分証明書をして貰えた訳だし、あまり警戒し過ぎるのも良くないだろう」


 シトリーの勘と俺の経験から導き出した答えだ。

 決して彼女が俺好みの容姿をしているからじゃないぞ。

 本当だぞ。


「……さっきまでバチクソ警戒してたのは、他ならぬおじさんじゃん!」


 半眼になって俺をちくちく責める様に言うメアリー。

 それはそう。


「……だって何も感じ取れない相手だったから仕方ないだろう!? 何にも感じ取れない相手なんてゴースト以下だぞ!?」


「ゴースト以下……」


 獣人の耳には筒抜けだったらしく、俺の言葉にウルル女史が地味にダメージを受けていた。

 でも、逆の立場だったらアンタも警戒するでしょ?


「とりあえずここでずっと立ち話するのもアレですし、俺達の泊まっている宿にいきませんか? 協力すると決めましたし、逃げも隠れもする気はありませんから」


「もちろん構わないよ! 良かったら軽食とか出してくれると嬉しいなァ! あたし、ずっと人狼追っててお腹ぺこぺこでさぁ!」


 へらっと笑いながらお腹をさするウルル女史。


 ……うん、多分この人って陰謀とか腹芸出来ねぇタイプだわ。

 疲れたのか、うつらうつらし始めたシトリーを抱き上げながら、なんとなくそう思った。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「おかえりなさいませ、ご主人様」


「ジジ、客人だ。悪いが彼女を応接室に通しておいてくれ。あぁそうだ、何か軽食と飲み物も。俺はちょっと着替えてくる」


 俺の勝利を信じていたのか、入口で待っていてくれたジジにジャケットを預けながら矢継ぎ早に指示を出す。


 そんなに長い戦闘ではなかったが、やはり土埃に塗れており会談にふさわしい恰好とは言えない。


「おおう!? キ、キキーモラのマヨイガ!?」


 ウルル女史が目を輝かせて室内をキョロキョロ見渡している。


 確かに珍しいから気持ちは分かる……。


 が、どうにもこうにも子供っぽい所があるなぁ、この人。

 ちょっとペースが乱される感じだ。


「畏まりました」


 まるでデキるメイドのように恭しい態度を取るジジ。

 ……まぁ、ふざけたらいけない時はちゃんとやる奴だからな。

 あとでいっぱい褒めてやろう。


 ウルル女史をジジに預け、先ほどの戦闘で汚れてしまった上着を着替えるべく、自分の部屋に行こうとしたのだが何か忘れている気がする。


「……っと、そうだ。シトリーの部屋どうしようか」


 安心したのか、すっかり寝入ってしまった兎人の少女を背負っていたのを思い出した。


「あー、おじさん。私が預かるよ。さっきのメイドさんがシトリーの部屋も準備したって言ってたから、そこに連れて行く」


 何故か着いてきていたメアリーが手を伸ばし、シトリーを受け取ろうとする。


 おお、ありがてぇ。

 なんだかんだ言って歩み寄ろうとしてくれているんだな!


 流石主人公ちゃんだ。

 良い子である。


「……すまん、任せる。後でちゃんと埋め合わせはするからよろしく頼む」


 そう言ってメアリーの頭を軽く撫でる。

 さらさらとした髪が心地よい。


「……子ども扱いは止めて」

「すまん、つい……」


 メアリー達と話していると、ついあの子達の事を思い出してしまう。

 彼女達は変わりでは無いのに。


 半眼のメアリーはしばらく俺を見た後、大きく溜息を吐いて手をあっち行けという感じに振り、シトリーを背負って奥に向かって歩いて行ってしまった。


 ……難しい年頃だ。

 いや、俺のデリカシーがないのか?


 生まれ変わったものの、その人生の大半を復讐に費やしてしまったツケか。


 ガリガリと頭を掻く。


 でもまぁ、彼女たちとの旅はきっと退屈はしないだろう。


 無意識の内に口角が上がっている自分に気付き、頬をさするのだった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ウルルさん、お待たせしました」


 本日3度目の着替えを終え、ウルル女史が待つ応接間に入る。


 彼女の前にはポットに入ったお茶と、ちょっとした軽食が並んでいる。


 ……メアリーは既定路線だったが、シトリーやウルル女史の件ではキキーモラ達にはかなり負担をかけてしまっているな。


 いや、客をもてなすのが好きなあいつらにとっては嬉しいのか?


 例えそうだとしても労いの言葉はかけておくべきだろう。

 良くしてもらった事を当然の事と考えてしまう所から、人間関係の崩壊は始まるのだ。

 寸志くらい出しておこう。


「大丈夫だよー! あ、ご飯ありがとねえ!」


 そう言って彼女はニコニコしながらサンドイッチをぱくりと頬張る。


 出された食べ物に躊躇いなく口をつける、か。


 信頼してますよ、と言うポーズか?

 それならとりあえず敵意は無いという事になるから、駆け引きもしやすいんだが……


 しかし、教会騎士団の統括補佐なんて無能にはとてもこなせない仕事だ。

 腹芸なんてお手の物だろう。


 ……普通ならな!


 ニコニコしながらサンドイッチを美味しそうにもしゃっているウルル女史を見ると、そんな事を考えている自分が馬鹿らしくなる。


 あぁ、もう。


 この人にはペースを乱されっぱなしだ。

 いや、俺が勝手に自爆してるだけの気もするけど。

 俺はこういったマイペースなタイプだと振り回されがちだ。

 ……そういやロッテ・リードマン女史も超マイペースだったなぁ。

 そう言う星の元に生まれたのかもしれん。


「そう言っていただけると助かります。お茶のお代わりはいかがです?」


 意図して笑顔を作り、和やかな雰囲気を演出する。

 あまり腹芸は得意ではないが、出来なくはないのだ。

 一応、集団の頭をやっていたからな。


「にゃはははは、ありがとうございます。だけど先に用事を済ませちゃいましょう」



 そう言ってウルル女史が静かに遮音結界を張り、すっとその金の目を細める。


「申し訳ないけれど、貴方があの人狼を仕留めている所を見ていました。ですが、それは不可抗力で、決して意図した事ではないという事だけは信じて頂きたい。当然ながら、あの場で起きた事を他言する事は無いと私の母の名に誓わせて頂きます」


 ……ふむ。

 言葉だけではあるが、こちらが不利になるような事はしないという約束をしてくれるわけか。


「先ほども申し上げました通り、私達白神教会はあの人狼を追っておりました。あれは幾つもの村を滅ぼし、町に打撃を与え、あまつさえ民の為の物資に手を出しました。教皇猊下はあの人狼の事を「大敵アークエネミー」と認定しております」


 アイツが何をしたのかは知っている。

 よく、知っている。


 しかし、「大敵アークエネミー」ね。

 随分と派手にやらかしたもんだな、アモン。


 ウルル女史は静かに立ち上がり、俺の方を真っすぐ向いて続ける。


「あれを放置していれば、どれだけ被害が拡大していたか分かりませんでした。教会を代表してお礼を言わせて頂きます。ありがとうございました」


 美しい礼だった。

 心からそう思っていることが伝わってくる。


 ……俺はそんなつもりじゃなかったから、少しきまりが悪い。

 結果的にそうなっただけなのだ。


「ウルルさん、いえ、ウルル副統括官。頭をお上げください。私は自らに降りかかった火の粉を払っただけです。ですから、そこまで感謝して頂く必要もないのです」


 狙ったわけではないが、マッチポンプに近いわけだし。

 あまり畏まられるのも困る。


「いえ、アレを滅ぼすのは私の手に余ったでしょう。そうなると、騎士団にも大きな被害がでたはずです。ですから、全て貴方のおかげなのです。貴方のおかげで沢山の命が救われました」


 ウルル女史はそう言って俺の手を握る。


「本当に、ありがとう」


 柔らかい彼女の掌から体温が伝わってくる。

 感謝の念が伝わってくる。


 ……ぬう!


 真っ向からそういう事されると何も言えなくなってしまうではないか!


 いかん、美人にこんな事をされるとドギマギしてしまう。

 思春期のガキじゃあるまいに!


 落ち着け、俺!






「ところで」





 雰囲気が変わった。






「あの人狼は何かを探すように動いていたのですが、あるタイミングで




 ぎちり。



 手が、握られる。


『逃がさぬ』と言わんばかりに。




?」



 金の瞳が爛々と俺を見ていた。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ◇ちゃんと成長しているウルル。


 ◇前作を見てなくても楽しめる様に気を付けております。

 でも読んでたらもっと楽しくなると思うヨ!


 ◇しかし見事に女しか出てこねぇな、この話。

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