第25話 「悪魔」と「月に吠えるもの」

 ウォォォォォォォォォォォォォォォォォンにゃる・しゅたん にゃる・がしゃんな にゃる・しゅたん にゃる・がしゃんな!!!!



 人狼が吠える、吼える、咆える。



 まるで歌う様に、朗々と。



 ばきばきごき。



 それと同時に名状しがたい音が響き渡る。


 人狼が下半身を再生させる音だ。


 ごきばきぐち。



 ただ、生えてきたのは人狼の下半身ではなく、触手。

 ぬめぬめと止まることなく動き続ける、おぞましきそれがぞろりと生えてきた。

 そのフォルムは歪で見る者に怖気を感じさせる。


 いや、どう考えてもおかしいだろ!?

 どこからその質量を持って来た!?

 再生力が凄いっつっても限度ってモンがあるだろ!?


 などと思わず突っ込みたくなるが、原因も分かっている。


 ……魔力で無理やり組み上げた、か。


 この世界に満ちる「魔力」というものは、どうにもこうにも便利すぎる。

 物理法則なんて知った事かと言わんばかりの現象を平気で引き起こす。


 俺もその恩恵に与ってはいるが、何が起きるか分からない超常の力だ。

 皆この世界だと存在するのが当然と考えているから、この異常性について理解してもらうのが非常に難しい。

 前世において空気中に酸素があるのを理解はしていても、普段は意識しないのと似ている。


 あって当たり前、無いと困る。

 それが魔力だ。



 っと、ぼーっとしてる場合じゃねぇな。

 相手がどうなろうと、俺がやることは一つだ。


 敵を斃す。

 危険を排除するのだ。


 今度は腹ではなく、頭を潰す。


 生物の最大の弱点である脳幹を破壊するのが一番手っ取り早い。

 ……まぁ、今となっては効果があるかは少々疑問だが。


 魔力を練り直し、攻撃に移ろうとした瞬間。




「んにゃあああああああああああああああああああああ!?」


 シトリーの悲鳴が聞こえた。




 慌てて振り向くと。



 シトリーが空を飛んでいた。



 彼女の足に巻き付いていた腸が触手に変化し、釣り上げる様に引っ張り上げたようだ。

 その結果、彼女は小さく軽いのでものすごい勢いで宙を飛んだわけである。



 そして、行きつく先は大口を開けた人狼!



「んにゃあああああああああああ!?」


 彼女もそれに気づいたようで、その叫び声が悲痛なものとなる。

 アイツにとってシトリーは一口サイズだ。


「おじさん。アレ、マズくない?」


 メアリーが天高く舞うシトリーを指さして尋ねてくる。


 冷たいように感じるが、さっき会ったばかりの人間を心配しろっていう方が無茶だからな。

 追々仲良くなってくれればいい。

 仲良くしてね? お願いね?



 それはそうと、大変マズいです。


 兎にも角にも、助けねばならない。


 出会いって義兄妹の契りを結び、30分以内に死別とか洒落にならん。

 スピーディ過ぎるにもほどがあるだろ!



「シトリー、今助けるッ」


 脚に魔力を集中させ、動き出す。

 足の筋肉が膨張し、限界まで引き絞られる。


 ぎちりッ


 膨らんだ筋肉にズボンが悲鳴を上げているが、手加減無しの全力でいく!


 ドンッ!


 爆発音が辺りに響く。



 地面を全力で蹴り、大量の土砂をまき散らしながら走る、走る、走る!


 もはや知覚出来ない程の速度で景色が流れていくが、そこは長年の経験でカバーできる。



 足裏で小規模な爆発を起こし加速する、『我流・縮地』である。

 原理を説明したら皆、半笑いになるのは何故だろうか?


 あっという間に人狼の前に迫るが、速度は落とさない。

 恐らく人狼には俺が瞬間移動したように見えただろう。



 ガァァァァァァッ!



 突然、眼前に現れた俺に驚いた人狼が、威嚇のつもりか吠える。


 びっくりして吠えるとか、犬か貴様は。


 至近距離の咆哮は物理的な圧力さえ感じるが、その程度で俺が怯むわけない。

 悪いが今はお前の相手をする気は無いんだよ。


 後で幾らでも相手をしてやる、シトリーを助けた後でな。



 俺に向かって振るわれる爪の斬撃と触手による攻撃を難なく躱し、逆にその肩を踏み台にして飛ぶ。



「チェァァァァァァッ!」


 空中で気合と共に手刀を振るい、シトリーを捕えていた触手を切断する。


 ぶつん。


「ぬあぁぁぁぁん!?」


 急に戒めから解かれたシトリーが三度悲鳴を上げるが、手を伸ばして抱え込むことに成功する。


「すまんなシトリー、怪我はないか?」


 衝撃を殺して着地しながら、すっぽり腕の中に収まったシトリーに語り掛ける。


 軽いし、ちっちゃいなぁ。

 美味しいもの沢山食べさせてやるからな。


 彼女は何が起きたのか分からないといった顔をしていたが、ケガをしているようには見えずホッとする。


「だ、大丈夫。ボクが不注意だった……。ごめんなさい」


 彼女はしょんぼりして抱かれたまま頭を下げるが、俺は軽く笑って答える。


「はッ! あんなもん誰も想像できんわい。それにこの程度、迷惑でも何でもないから気にするな。言ったろ? 



 そうだ、守るのだ。

 あの子達のような事には、絶対にさせない。



 首を振る。


 比べるな。

 彼らは彼ら、シトリーはシトリーだ。

 どちらも大切な家族だ。



「……パパ?」


「なんでもないさ、シトリー。俺はアイツを何とかするから、少し離れた所で見ていろ」


 そう言ってポンと頭に手を乗せる。


 ……ついやっちゃったけど、セクハラにならないよね?

 そう思ってシトリーの表情を窺うが、気にした様子はない。

 嬉しそうにも見え、ほっとする。

 スキンシップでも気を使わなくちゃならんとは世知辛いものだ。


 ただ、はっと何かに気付いたように自分の身体をペタぺタ触り、再びしょんぼりしながら報告してきた。


「さっきの接触で神札タロットザ・ムーン』取られちゃいました……」


「やっぱりか、そんなに簡単に取られちゃうんだな」


 これは色々試してみる必要がありそうだなぁ。

 シトリーとの情報交換もしないといけない。


 その為にも……。


 俺はシトリーを下ろし、軽く背中を叩き逃げるように促す。

 俺の意図を理解した彼女は自分だけ逃げる事を躊躇う様子をみせるが、俺はもう一度彼女の背を軽く押す。


 いいんだよ、家族には迷惑を掛けても。


 小さく頷いたシトリーが駆けだす。

 その先に立っているメアリーに視線を向けると、彼女はヤレヤレと言った風に小さく溜息を吐き頷いてくれた。


 その目は「貸しひとつね」と言っているようだった。

 ちゃっかりしている。


 しかし、彼女の実力ならどうしようもない時はシトリーを抱えて逃げる事も可能だろう。



「さて……───」



 振り向く。

 人狼が、こちらを見ていた。

 嗤いながら見ていた。


 狂気に犯された瞳で。


「待たせたなァ、犬ッコロアモン。欲しかったものを手に入れて満足ってか?」


 グルルルルルルル……


 唸る。


「さっきとは違って偉い自信じゃねーか、あぁ!? 神札タロットがあれば負けないってか?」


 人狼が、嗤う。

 化け物の表情など分からないが、嗤ったのは分かった。



「はン! いいじゃねぇか、さっきは俺に手も足も出なかったくせによォ……」


 嗤う。

 嗤ってやる。


「借り物の力で粋がってる犬ッコロめ」



 魔力を開放する。


 赤い、赤い魔力を。


 蓋をしていたヴァサゴの魂の器を、解き放つ。



「俺が嫌いな物が三つある」



 久しぶりに解いた枷。


 全身に赤い魔力が満ちる。


「一つは突っかかって来る雑魚」


 の魂の器、の器の蓋を開ける。


 途端に噴き出る金の魔力。


「二つは調子に乗ってる奴」


 の魂の器、 炎の暴君フレイムタイラントの器の蓋を開ける。


 臙脂色の魔力が濁流のように溢れ出す。


「最後は、俺の家族に手を出す奴」



 3種の魔力を混ぜ合わせ、練り上げる。


 空気が震え、軋む。


 人狼が目を見開き、動きを止めたのが分かった。

 もう遅いんだよ、クソが。


「手前ェはその全てに当てはまってンだよ、犬ッコロォォォォォ!」




 地面を蹴り、空を蹴り、最短距離で。



 ぶん殴る。



 真っすぐ行ってぶん殴る。



 右ストレートでぶん殴る。



 「ゥらァァァァァァァァァァァッ!!」



 振るう。



 ぐしゃり。




 俺の速度に全く反応出来なかった人狼の頭部を砕く。


 きらきらと飛び散るのは血と脳漿と肉片。


 普通ならば致命傷だが、止めない。



 側頭部に手刀 頬骨が砕ける

 鳩尾に掌底 内臓が潰れる

 顎に孤拳 顎が砕ける

 喉突き 喉を潰す

 鎖骨へ肘打ち 破砕音が響く 


「らァァァァァァァァッ!」


 ぎゅちッ


 脚を撓らせ


 魔力を載せ


 蹴りを放つ



 死ね。



ᚺᛟᛟᛣᚢᚴᛁアカカガチ



 キュボッ



 込められた魔力が解放され、吹き飛ばされた人狼を包み込み燃え上がった。


 その姿はさながら鬼灯。


 故に俺はこの魔撃を「ホオズキ」と呼んでいる。

 内部の温度は3000℃程度、太陽の黒点の温度だ。


 普通ならとてもではないが耐えられない。



 そう、普通なら。






 べきぐちゃぼき




 焼け残った肉片が、蠢いている。

 月に照らされ、周囲の魔力をかき集め。


 急速に再生し始めた。




 ……予想はしていたが、もうこいつは人狼ではないな。


 


 ゲームではこんな相手ではなかった。

 確かに強敵ではあったが、こんな理不尽な存在ではなかった。


 出てくる作品間違えてるだろ?


 俺からすると死ににくいだけで大した脅威ではないが、一歩間違えるとメアリーがコイツと戦う羽目になっていたわけだ。


 今の彼女では絶対に勝てない。

 神札タロットの力を使えば首を落とすくらいならできそうだが、すぐに再生してしまうだろう。





 


 何という幸運だろうか。


 メアリーではなく、俺がコイツと戦う事になった事は望外の幸運だ。



『にゃる・しゅたん にゃる・がしゃんな にゃる・しゅたん にゃる・がしゃんな……』


 ぼそぼそと再生した人狼の頭から呪文のような物が聞こえる。

 聞いたことが無い、ひどく冒涜的な響きだ。


 聞いているだけで心が騒めく。

 これ以上唱えさせるなと俺の本能が叫んでいる。


 ぶちゅごきばき


 人狼は際限なく再生を繰り返している。

 いや、再生と言っていいのか分からない。


 べきぼきぐち


 最早アモンは、蠢く触手の上に頭だけが乗っている異形の存在となり果てた。

 そのガラス玉のような目はどこも見ていない、見えてはいない。



 このままにしておくとこの化け物は、きっとアースの町に死と破滅をばらまくだろう。

 いや、アースの町だけではない、下手をすると大陸全土まで巻き込む災厄になりかねない。


 放置はできない。



 もう一度、大火力で焼いてみるか?

 いや、なんとなくだが月が出ている限り無駄な気がする。


 満月が出ている限り、こいつはその光から無限に魔力を産みだすだろう。


 夜が明けるまで焼き続ける?

 いや、根本的な解決にならない。

 それにその前に逃げられたらどうしようもなくなる。



 それに多分だが、その前にもっとヤバいことになる予感がする。



『にゃる・しゅたん にゃる・がしゃんな にゃる・しゅたん にゃる・がしゃんな……』



 この呪文のような歌が聞こえるたびに、この化け物の存在感が増している気がするのだ。

 まるで、穴の向こうから少しずつ少しずつ、そんな感じがするのだ。



 こいつは、今、ここで滅ぼす必要がある。




 仕方ねえ。


「切り札」、使うか。


 まさかこんなにすぐに使う事になるとは思ってなかったんだけどなあ!


 まぁ、切り札は使ってこそだ。



 神札タロット悪魔ザ・デビル / 逆位置リバース



 黒い魔力が燃え上がる。


 俺を中心とした世界が広がる。



 




 展開スプレッド ワンオラクル『因果領域 ラプラスの悪魔』



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ◇初戦の相手から面倒くさいじゃないか!

 人狼君いいとこなしやんけ!


 ◇23時の時点で2,500字分しか書けてなくて、死ぬ程苦しんだ回です。

 でも仕上がってしまったら結構ええやん!ってなったよ!(25時)


 ◇次回、決着です。

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