第23話 「悪魔」と「月」、対峙する。
「おじさん、上ッ!」
俺の命を獲りに来たその一撃を、俺はひょいと首を動かして躱した。
「ッ!」
余りにもあっさり躱したせいか、後ろにいたメアリーの驚きが伝わってきたが、俺からするとこの程度の奇襲は避けられないほうがおかしい。
キミもこれくらいできるようになってもらうからね?
まぁ、確かに角度やタイミングはベストだったと言える。
俺が躱さなければ襲撃者の狙い通り、俺の頭と身体は永遠の別れを迎えていた事だろう。
しかし。
こいつはクセェんだ。
ぷんぷん匂いやがる。
これは血の匂いだ。
どうやら奴さん、ここに来る間に色々つまみ食いしてきたらしい。
この辺はゲームでは描写されていなかったが、現実となると本当に災害のような出来事だと感じる。
コイツ、殺りたい気持ちが駄々洩れだ。
殺しが出来る事が嬉しくてたまらない気持ちが隠しきれていない。
殺しの技術は一流かもしれないが、暗殺者としては下の下だ。
この分だと心躍る戦闘は期待できそうにないな。
相手が外道だと楽しむ気にもなれない。
全てを救うなんてことを言うつもりは無いが、犠牲が出てしまった事は事実だ。
『
苛立ちを込め、ワンフレーズで発動する炎の魔術をぶち込んでやる。
ゴウッ!
赤い炎の花が闇夜に咲き、炸裂音が辺りに響き渡る。
人の命を奪う威力の攻撃をしてきたのだ、同じ事をされる覚悟はある筈だ。
……まぁ、当たり前だけどこれじゃ終わらねェ筈だ。
「大した挨拶じゃねェか……家族の団欒を邪魔するやつァ、どこのどいつだ?」
煙の向こうに直立している影が見える。
やはりか。
命を奪った手ごたえが無かったから動揺はしない。
攻撃を避けられた上、反撃まで受けると思っていなかったらしい相手は、ほんの少し動揺を見せたもののそれを引きずることなく大きく飛び跳ねて距離を取った。
仕切り直しか、妥当な判断だ。
ぐずぐずしていたならもう一撃入れてやろうかと思っていたが、その程度の判断力はあったらしい。
その時、月にかかっていた雲が晴れ、月明かりに照らされた敵の姿が見えた。
それは汚れた銀色の毛皮を持つ魔獣だった。
シルエットは人、しかしその身からは魔の気配が色濃く感じられる。
毛並みに所々血がこびり付いており凄惨さを際立たせている。
俺の魔術の一撃でほんの少し煤けているが、ダメージを受けているようには見えない。
……こいつは。
その姿を見たメアリーが声を上げる。
「……
人狼、それは獣人とは明らかに違う、限りなく魔に近いとされる種族。
人の間に潜み、密やかに喰らう魔性の存在。
古くから「居る」とされるが、その姿を見た者は少ない。
何故なら見た者は殺されるからだ。
陰に潜んだ彼らの魔の手から逃れられた幸運な人間は少ない。
……まぁ、近年では狩り出す手法が確立されており、絶滅危惧種になっているという話だが。
なんか将来は保護活動とか始まりそうだな……いや、人間食うからそれはないか?
確かゲームでもそのグラフィックは、非常におどろおどろしい狼男だった。
敵の名称としては『
もしゲームと同じならば、コイツの名前はアモンか。
本人に聞いてみたいところだが、明らかに正気を失っているんだよなあ。
何があってこうなったのか?
これも現実とゲームの違いか?
となると俺達の手持ち分についても検証が必要だな。
……「
いや。
今、気にするべきはアモンだ。
……コイツは主人公にとっては、ストーリーに全く絡まない文字通り純粋な「敵」なんだけど、きっと俺のようにバックグラウンドというか生き様と言う物があるんだろうなあ。
彼の生い立ちについてはwikiにさえ載っていないが、今まで生きてきたのなら当たり前の事だ。
「名前と為人を知ってしまうと殺しにくくなる」という話もあるが、生憎俺はもうそう言う前世の感覚は擦り切れてしまっている。
それに、こいつが今まで殺してきた人間にも過去があり、家族があり、大切な人がいたはずなのだ。
ならば俺は、コイツの終わりをもたらす者となってやろう。
ただ俺は、俺だけは。
お前と言う人狼が居たと、憶えておくよ。
だから、安心して逝け。
「……はァ、人狼ねェ? 生憎俺には人狼の知り合いはいねェ筈だが。それで人狼の旦那、こんな夜更けに何用で?」
先程狙われた首筋を撫でながら人狼へ声を掛ける。
無論、これは挑発だ。
……待てよ。
言葉、通じるんだよな?
もし通じてないなら俺は凄く間抜けなんだが……。
いや、街に潜むなら言葉くらい理解できる、はず。
狂気に犯されてても言葉の意味は分かる、はず。
うん、多分大丈夫!
俺の声は聞こえているようで、グルルルル……と唸り声をあげている。
普通に考えるとさっきの遠吠えはコイツだろう。
違ったら違ったでややこしくなるから考えない事にする。
……遠吠えに魔力を乗せ、潜水艦のソナーみたいに使ってシトリーを探したのかもしれない。
研究テーマとしても割と面白いかもしれ────いや、多分誰か研究してるわ。
大学の魔境っぷりは前世の大学とあまり変わらない、いやむしろこちらの方がマッドかもしれない。
こっちは倫理規定なんてないんだもん。
おぉこわいこわい。
人間に近い骨格だが、地に伏せた構えは様になっている。
一瞬でも隙を見せれば飛び掛かってくることだろう。
戦争やらなんやらで色々な相手と戦ってきたが、さすがに人狼とは初めてだ。
こいつらだまし討ちで一般人を狙う狩人タイプの筈だから、正面からやり合うのは苦手なはずだが……。
それでも真正面から来たのはその力に自信があるか、完全に狂気に飲まれてしまっているのかのどちらかだろう。
まぁ、殴って血が出れば殺せるはず。
へーきへーき。
「なんだ? 何も用事がないなら帰ってくれねェか? 俺達はこれから愛し合うから忙しいんだよ、見て分かるだろ?」
後ろのメアリー達を指さし、顎をさすりながら鼻で嗤う。
まぁ、今後の事を話し合うだけなんですけどね。
……気のせいか誰かが「ヒュッ!?」って声出した気がする。
冗談だよ、冗談。
ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!
人狼が牙を剥き出して怒りの咆哮を上げる。
その声には微かながら魔力が載っており、感情の昂りに反応して放出された物のようだ。
どうやら俺の冗句はお気に召さなかったようだ。
……出力はなかなか大したものだが、魔力操作は極めて稚拙。
教わったものではなく、本能によるものだろう。
まぁ、所詮は威嚇に過ぎない。
ちらりと俺の背に隠れているシトリーに視線をむける。
すっかり小さくなり震えている。
まー、兎に狼は天敵だしなあ、仕方がないとも言える。
いや、でもこの子がこいつから
そんなに怖がっててできるものなの?
そう疑問に感じてもう一度シトリーを見ると、俺の視線の意味に気付いたようでペロリと舌を出して笑った。
演技かよぉ!
すっかり騙されたぜ!!
でも、兎人という種族には必要な技能なのかもしれない。
そういう賢しさを見ると、どんな人生を歩んできたからなんとなく察せてしまって泣ける。
メアリーのような素直な子とは対照的だな。
それはそうとして、シトリーにはどうやって奪ったのかを詳しく聞く必要があるな。
その内容によっては、俺の計画は大きな練り直す事になりそうだ。
まぁとりあえず、目の前の敵を滅ぼしてからにしよう。
「冗句だよ、冗句。お前さん、
へらへら笑いながら訊ねる。
笑ってはいるが、隙を見せたら一撃をぶち込む準備は出来ている。
だから、これはアイサツだ。
お互いが敵であるという意思確認だ。
命を懸けて殺り合いましょうという最終確認だ。
おーおー、素直なこって。
「だがなあ、はいそうですかで渡すわけにはいかんのだよ」
口角を上げる。
「確かにあれはお前のものだった。しかし、今は俺のものだ」
魔力を練り上げ、全身に行き渡らせる。
「ならば、奪い返せばよい」
両腕を広げ、構えを取る。
「……できるものなら」
俺は、嗤った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
◇戦闘前の口上で終わっちゃった!
いや、戦闘まで書いてたら6,000字超えてて……。
昔、詰め込みに詰め込んだ戦闘シーン書いたらすげえ評判が悪くてですね!
◇と言うわけで、次回から人狼ぶっ殺しゾーンです。
◇最後の言葉は「M〇THER2」の「おまえのばしょ」のボスの前口上です。
かっこよくて好き。
絶対に入れたかった。
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