第20話 俺と神札と条件。

 ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!


 不吉な、酷く不吉な咆哮だ。

 うなじの毛が逆立つような、肌が粟立つようなそんな咆哮だ。


「……狼?」


 メアリーが怪訝な顔をして呟く。



 魔物と言う存在が跋扈するこの世界だが、前世の地球にいたような所謂「普通の動植物」も存在する。


 主食であるパンは小麦が原料だし、極東に行けば米も栽培されているらしい。

 いつか是非食べに行きたい。

 この身体で味噌や醤油を美味しく感じるかどうかは疑問ではあるが、まぁお約束と言うやつだ。

 一般的に使われている野菜も、キャベツやトマトなど前世で見たことあるものばかりで大変ありがたい。


 もちろんファンタジー世界に付き物の、前世で見た事ないような不思議な野菜もあるが、それでも農家で栽培されている物はほとんどが「普通」だ。


 子供の頃は「異世界転生なんてそういうモノだ」と何も疑問に思っていなかったが、大人になって色々調べるとどうにもこうにもおかしいと気付いた。


 あまりにも生態系などが地球に似すぎている。


「猿のなんとか」のような「実はここは未来の地球でした!」と言う可能性も考えたが、星の配置が地球と全く違ったのでその可能性は低そうだ。

 まぁ、俺も星座の配置はそんなに詳しくないんだけど、それでも北斗七星とかその辺くらいは分かるからな。


 結局の所、何も分からなかった。


 何らかの繋がりはありそうだが、確たる証拠がないという感じだな。

 おそらくなぜそうなったのかを俺が知ることは無いだろう。


 もし、この世界に俺を呼んだ「神」と話す事ができれば分かるかもしれないが、どんな理由だろうと俺はガッカリするに違いない。

 なんともワガママだと思うが、人間そんなものだ。


 それに俺は、ここがどこであろうと生きていくしかない。


 真砂圭史である自分の事は忘れる事は無いだろうが、俺はもうここでヴァサゴ・ケーシーとして30年以上生きてきたのだから。



 話が逸れた。



 それで、この世界には「普通の」動物もいる。

 メアリーが言ったように、普通の狼も森や草原で群れを作って暮らしている。


 それがニホンオオカミなのかメキシコオオカミなのかは分からないが、とにかくいる。


 だが、彼らは基本的に人を襲うことは無い。


 何故ならこの世界の人間は強いからだ。

 子供ならちょっと危ないが、大人ならちょっとした群れでも撃退出来てしまう。

 恐らく魔力が関係しているんじゃないかと思うが、身体能力が総じて高い。


 なので田舎の村人に見つかると、スナック感覚で狩られて夕食のおかずになるのだ。

 貴重なたんぱく質だからね、しょうがないね。


 ちなみにあまりおいしくはない、スパイスでよく分からなくして食べる感じだ。

 子供の頃たまに食べていた。



 そう言う事もあり狼もアホではないので、



 ましてやここは、アースの町。

 人口密集地である。

 姿を見せればすぐに狩られてしまうだろう。



 ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!



 再び、遠吠えが聞こえた。

 一回目より大きくはっきりと聞こえた。


 異常事態だ。

 これは間違いなく、何かが起きている。


 窓の外を見ると、に照らされた庭が見えた。

 ……和風だけど、なんかこうちょっと違うんだよな。

 「枯山水っぽい何か」って感じ。

 嫌いではない。




 ……まて。

 今、何かが引っ掛かったぞ?


 何だ、俺は何に違和感を覚えた?


「……これは、もしかしてただの狼じゃない?」


 メアリーもその異常事態に気付いたようで、ちらりと窓の方を見て呟いた。


「今日は満月だから、狼も興奮してるのかな?」



 ……!


 



 そうだ。

「イベント」で、それが満月の夜だと示唆されたモノがあった!


 しかし、あのイベントには前提条件があったはず。



 主人公サイドの神札タロットの枚数が、7じゃないと……。





 あ。



 ぎぎぃっと首を回し、俺の腰にしがみついてぶるぶる震えているシトリーに目を向ける。


 ……狼の遠吠えが怖いのか?


「なぁ、シトリー。大丈夫か?」


「こわい」


 怖いらしい。


 まぁ、シトリーは余り戦闘能力に優れた方ではないし、兎の獣人である彼女は天敵である狼が怖いのかもしれない。

 ……獣人のルーツって何なんだろう?

 野生動物の兎とは明確に骨格が違うんだけど、この世界だと進化論は当てはまらんのかな?


 いや、それは今はどうでも良いのだ。


「シトリー、ちょっと聞いていいか?」


 震える彼女の頭に手を乗せ、安心させるようにゆっくり撫でながら訊ねる。


「……ん、なに?」


 とろんとした恍惚の表情を浮かべたシトリーに、なにか背徳感を覚えながら続ける。








神札タロット、何枚持ってる?」








「ん。『節制テンペランス』『教皇ハイエロファント』『戦車ザ・チャリオッツ』、『ザ・タワー』、そして『ザ・ムーン』の5枚」



 /(^o^)\ナンテコッタイ


 条件完璧に揃っとるやんけ!!


 そのイベントは、主人公サイドに7枚以上の神札タロットが揃って初めての満月の夜に起きるイベントだ。


『アルカナ・サ・ガ』にしては珍しくバグらしいバグもなく、条件さえ整えれば必ず起きるイベント。

 仲間次第では詰んでしまう可能性がある、初心者泣かせのイベント。(もちろん俺は泣いた)



 そのイベント名は『』。



 その内容は、神札タロットザ・ムーン』の保持者ホルダーによる強襲である。


 これがまた強いんだわ。


 神札タロットザ・ムーン』の狂気に犯されて、バーサク化してて攻撃力とリジェネが馬鹿みたいな値になってて……。

 






 ……あれ?


神札タロットザ・ムーン』?





「なぁ、シトリー」


 撫でられ続けた結果、恍惚のあまり涎を垂らし、ちょっとお見せ出来ない顔になっているシトリーに再び訊ねる。


「はぁ……はぁ……も、もっとぉ……」


 おう、鼻血でとるやんけ。

 なんでそんなに興奮してるんだお前は。


「戻ってきなさい、シトリー」


「ん、ただいま! パパ!」


 鼻血を拭ってやりながらちょっと強めに言うと、途端ににこーっと笑顔になるシトリー。


 こわい。

 ちょっと狂気を感じる。


 あまりの切り替えの早さに恐怖さえ覚えたが、どうしても聞いておかないといけないので訊ねる。


神札タロットザ・ムーン』持ってるんだよな?」


「持ってるよ?」


 それがどうした、と言う顔できょとんとしている。

 余りに無垢な表情で愛らしくて思わず撫で繰り回したくなるが、ちょっと聞き逃せない言葉だ。


「どこで手に入れたんだい?」


「えーっとね、ボクが集めた情報の中にね、正体不明のバケモノの話があって……────」



 ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!



 三度、咆哮が響く。


 ……近づいてきている。


 こうなったら話は後だ。

 シトリーには色々聞いておかないといけない事があるが、今はとりあえず迫り来る脅威を排除せねばなるまい。


 シトリーが嘘を言っていないならば、今こちらに来ている相手は『ザ・ムーン』の神札保持者タロットホルダーではない事になる。


 正体が掴めない。


 が。


 俺は一体何を悩んでいたのか。

 簡単じゃぁないか。


 


 間違いなく、俺の敵だ。



 何故なら、感じるのだ。



 咆哮から。




 肌がひりつくほどの殺意と、怒りを。




 何故か分からないが、この叫びの主は俺達を獲物と見なしているらしい。


 ならば、俺が取る手段は一つ。



 ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!



 近い。



「……ご主人様、大きな魔力を持つ何者かがこちらに近づいております。結界で誤魔化しておりますが長くは持ちません。おそらくあと5分ほどで到達すると思われます」


 いつの間にか隣に来ていた屋敷の主である妙齢のキキーモラが、俺の耳元で囁く。


「死と狂気の匂いがします。ご主人様、危険ですからお逃げ下さい、裏口は開けてありま……────」


「それには及ばん」


 嗤う。


「なぜ逃げねばならぬ? 逃げる必要がどこにある? まさか俺に尻尾を撒いて逃げろと言っているのか、キキーモラよ」


 予想外の出来事が続いたせいで気が抜けていたようだ。

 そうだ、なにも困る事などないのだ。


 俺が怯え惑う憐れな獲物だと?

 


「まさか、まさか、まさか! 俺が戦って負けるとでも思っているのか?」


 嗤う。


 死と狂気ねえ?


 ちゃんちゃらおかしいわ。


 俺は誰だ?


 俺は、この世界における災害とも言える存在だぞ?



 俺は、この世界最強の生物である古竜の一角、火竜さえ焼き尽くしたのだぞ?






 俺に勝てる奴なぞ、いない。






 そんな俺に敵意を向けておいてただで済むと思うなよ。


 塵一つ残さん。




 嗤う。



 俺が精神を切り替えるときの儀式だ。

 嗤うたびに、赤い魔力の燐光が舞い散る。



「メアリー」


 パートナーとなる少女に声を掛ける。


「な、なに?」


 突然気配ががらりと変わった俺に戸惑った様子で答えるメアリー。


「いい機会だ、俺の本気の闘争を見せてやろう。きっとお前の糧になるだろう」


 実戦を見る事によって得られるものは間違いなくある。

 心に刻まれた光景は、心の引き出しに仕舞われるのだ。


 言葉だけでは伝わらない事は間違いなくある。


「……! 分かった、この目でしっかりと見ておく」


 笑うメアリー。

 いい目だ。

 さっきまでの淀んだ目ではない、爽やかで美しい目だ。


 お前にふさわしいのはその目だ。



「シトリー」


 相変わらず腰にへばりついている兎の少女に声を掛ける。


「ん」


 もう震えていない。

 震えは感じない。


 その腕から感じるのは確かな信頼。

 親愛の情。

 ……今日会ったばっかりなのにね、不思議だね!


 まぁ、いい。

 ちょっと怖いけど、良い。


「いってくる」


「いってらっしゃい、パパ」


 パパ、か。

 家族は確かに悪くねぇな。

 これは負けられねぇや。


 負ける気なぞ毛ほどもないが。




「ご主人様」


 音もなく現れたジジが、俺に上着を羽織らせてくれた。

 俺が戦闘に赴く際にいつも身に着けている、火竜の革で作られたジャケットだ。


「ありがとう、ジジ」


「ご武運を」


 火打石で切り火を切ってくれた彼女の頭を軽く撫でる。




 嗤う。




 さァ。



 闘争の時間だ。

 殺し合いの時間だ。


 間違ってもあっさり終わったりしないでくれよ?

 俺の闘争心に火を着けたんだ。

 最近ストレスがたまる事ばっかりだったから、申し訳ないがぶつけさせてもらう。



 扉に手を掛け、開く。


 外はすっかり夜の帳が落ちており、空には銀色の丸い満月が掛っていた。




 外に一歩踏み出す。



 さァ。

 奴さんはどこにいるかねェ?





 月明かりに照らされた地面にふっと影が落ちる。


「おじさん、上ッ!」


 ───────────────────


 ◇これから1章のクライマックスにはいります。

 きちんと書き貯めてたはずなのに、もうずっと書下ろしになってるよお!(絶望)


 ◇シトリーが持ってる塔以外の4枚は、手に入れただけで起動はしてないので能力は使えません。

  支払わされる代償が怖いので。

  なんやかんやで彼女は慎重派です。


 ◇『節制テンペランス』『教皇ハイエロファント』『戦車ザ・チャリオッツ』の保持者の皆様、お疲れ様でした。

  ちなみにこのせいでヴァサゴくんの計画はめちゃくちゃです。

  本当にありがとうございます。


◇もうちょいで⭐︎400なんでよろしくお願いします!

  なんやかんやで⭐︎は指標なんで……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る