第19話 「悪魔」、「愚者」、「塔」、そして。

 よォし! 探索役シーカーゲットだぜ!!


 シトリーに見えないように小さくガッツポーズを取る。


 いやぁ、口が裂けても予定通りとは言えないが、終わってみれば最良の結果を出せたのではないだろうか?


 まず、一番の懸念であった主人公、メアリー・スーとの協力関係を結ぶことが出来た。


 彼女は想定よりもずっと好意的でそれに助けられた部分もあるが、それでもここまですんなりいくとは思っていなかった。


 ……正直底が知れない所もあり完全に気を許す事はできないが、程よい緊張感がある事は悪い事ではない。


 俺は決して「なかよしこよし」でやっていきたいわけではないのだ。


 あ、いや、主人公であるメアリーとは仲が良いに越したことは無いのだが、あまり近づきすぎるのはなんとなく良くない気がする。


 あくまでもそんな気がするだけだ。

 うん、俺はどうしてそんなことを思ったんだろうな?

 ははは……不思議だな。



 そ、そして、どうしても欲しかった探索役。

 ゲーム中最高峰の探索能力を持つシラズ……シトリーを仲間にすることが出来た。

 これは望外の結果と言えるだろう。


 一応ダメだった時の保険は掛けていたが、これなら不要だろう。

 早めにキャンセルの連絡を入れておこう、準備してたら申し訳ないし。


 5年の準備期間で痛感したのは、調査能力の不足だ。

 他者の手を借りる事も検討したが、さまざまな理由で断念したのだ。

 大半の情報を一人で集めたのだが、それからがまた大変だった。

 集めた後、それを精査するのはやはり素人には難しい。


 専門家の忍者であるシトリーなら、きっと俺の何倍も効率よく調べてくれるだろう。

 なるべく早いうちに俺の集めた情報を渡し、認識を共有しておきたい。

 正直、業務が俺に集中しすぎているので、分担したいのだ(切実)


 流石にwiki情報は見せられないが、それ以外のデータなら大丈夫だろう。


 当面は近隣の神札タロット収集と並行して、この地方で起きる事件や事故、そしての阻止の為に動くつもりだ。


 ゲーム中ではそんなことは出来なかったが、現実となった今ならばきっと何とかできる筈。

 無駄な犠牲者は減らすべきだ。


 ……最悪、俺が戦場に乱入して吹き飛ばせば戦争どころじゃなくなるだろ。

 流石にそんなに頭の悪い解決方法は取りたくないが、最悪の場合も想定しておきたい。


 うん、折角仲間となったのだから、彼女たちにもある程度の情報を開示して知恵を借りたいところだ。

 それなりの戦力ではあるものの、結局俺は個人に過ぎないのだ。

 出来る事には限界がある。


 人は一人では生きていけないのだ。


 ……そういえば、『他人に頼るべきところは頼りなさい!』とロッテ・リードマン女史にもよく叱られていたなあ。


 彼女と離れてからまだそんなに経っていないのに、とても昔の話のように感じる。

 あの人とは5年間ほぼ毎日顔を合せていたからな……。


 シトリーの頭を撫でながら、そんなことを思っていると。



「ん! ん!」


 そんな声と共に、くいくいと俺の服の裾が引っ張られる。


 見ればシトリーが何か言いたげな表情でこちらを見上げていた。

 キラキラとルビーのような鮮やかな赤い瞳が、こちらを真っすぐ見つめている。



 しっかしまあ、あの黒い影法師のようなシルエットの下には、こんな愛らしい生き物が隠れていたなんて予想もしていなかった。


 獣人には色々な種族が存在しているが、シトリーは恐らく「兎人」だろう。

 いや、そのまんまと言われたそうなんだけどさ。


「兎人」は非力で臆病な種族と言われている。

 勿論長所もあって、聴覚に優れ飛ぶような速度で走ることができるそうだ。

 ……小柄で愛らしく、変態の金持ちが大金を出して買い求める事もあると聞いたことがある、胸糞悪い。


 いや、俺もシトリーは可愛いとは思うがそう言う変な趣味はないぞ?

 本当です。


「しらずのころも」はそう言う連中を避ける為なのだろう。

 難儀だが、身を護るためには仕方がないのかもしれない。


 きっと苦労したんだろうなあ、精一杯優しくしてやろう。




「どうした、シトリー。何か言いたいのか?」


 俺はしゃがみ込み、目線を合せる。


 シトリー滅茶苦茶ちっちゃいんだよ……。

 多分、130cmくらいかな?

 俺が2mちょいあるからとんでもない身長差である。


「えと、えと。あのね……えっと」


 正体を晒して人と話すのがどうやら不慣れのようで、羞恥心からかその白い肌を紅潮させている。


「落ち着いて話していい。大丈夫、ちゃんと最後まで聞くから」


 なるべく聞き取りやすいように驚かせないように、ゆっくりと話す。


「……うん。あのね、なんて呼んだらいい?」


「何を?」


「ん!」


 シトリーが俺を指さす。

 ……あぁ、俺をどう呼んだらいいかって事か。


「あー、好きに呼んでくれて構わない。おっさんでもおじさんでも、おにいちゃんでもいいぞ」


 ちなみに昔は「兄貴」か「兄ちゃん」、少し変わったところで「兄ちゃま」と呼ばれていた。

 まぁ、もう俺もいい歳である自覚はあるので、「おじちゃん」と呼ばれても少し悲しいだけである。

 オコッタリシナイヨ、ホントダヨ。


 はは。



 俺の言葉にしばし考えるシトリー。

 彼女は視線を彷徨わせた後、小さく頷いて言った。








「じゃあ、!」




 パパとな。

 ……パパかあ……。



 パパ……。



 パパ……かぁ。


「嫌?」


 潤む瞳がこちらを見ている。


「あー……いやいいよ、だけど外では控えて欲しいかなって」


 愛に飢えた子はよく試すような事をする。

 受け入れる塩梅が難しく、ラインを見極めなければ失望されてしまう事になる。


 ま、このくらいは可愛いものだ。

 どうせしばらくしたら、また関係性が変わって呼び名も変わるはず。



「ん、二人の時だけ」


 そう言って、シトリーがニィと笑う。

 愛らしくも禍々しい、どこか狂気を感じる笑みにぞくりとする。


 ……なんだろう、やたら背徳的な感じになったんだけど?

 もしかして俺、早まった?



「うおっほぉぉぉぉん! 二人じゃ! 無いよね! 今は!」


 なんか妖しげになった空気を散らすかのように、メアリーが咳払いをする。


 た、助かった!

 なんか飲まれそうになってた!


「お、おおおおう!? そ、そうだな、嬢ちゃん!」


「メアリー!」


「はい、そうでした。ごめんなさいメアリーさん」


 そうだった。

 約束は守らねば。


「よろしい」


 メアリーは俺に向けてにやりと笑い、今度はシトリーに顔を向けた。


「……シトリーさん、だっけ? 流石に会ったばっかりの殿方に『パパ』はないんじゃない? おじさんは独身だし、さすがにどうかと思うわ、おじさんは独身だし」


 なぜ2回言ったし。


 いや、でも確かにそうだな、流石に独身でいきなり子持ち扱いはちょっと……。


「……パパは家族になってくれるって言ったもん。ボクの家族だもん」


 シトリーが俺の背中にすっと隠れ、口をとがらせて答えた。


 もんて。

 君、さっきまでもうちょっと大人びた話し方してなかった?


 ……まぁ、家族になるって言ったのは俺だし。

 発言には責任を取るべきだよなあ。

 シトリーの要求はそれほど逸脱しているわけではない。

 少々背徳的だが。


「おじさんはいいの? いきなりこんな大きな子の父親って」


 メアリーが腰に手を当て、呆れたような声を上げる。


「まぁ、約束したしなあ。実害も無いし……」


 俺の言葉にぱっと顔を輝かせるシトリー、そして目を細めて刺すような視線を向けてくるメアリー。


 ……あ、あれ!?

 な……何が起きているんだ?


「ふぅん。おじさんはその子の肩を持つんだ? ふぅん? へぇ……?」


 メアリーの冷たい声に背筋が凍る。


「パパはパパだもん、シトリーのパパだもん。おばさんこそパパの何なの? 嫁気取りなの?」



 ぎしり。



 空気が軋む。



「ガキが……」

「何? 年増」




「あ゛?」

「あ゛?」



 ぎし……ぎし……────


 幻聴だろうか、二人の視線がぶつかり合う音が聞こえる。


助けを求め視線を彷徨わせると、キキーモラのジジが楽しそうにこちらを見ているのが見えた、扉の陰から。


 助けは来ないらしい。



 あ、あるぇー!?

 この二人、もしかして相性悪かったりする!?


 ゲームでは特にイベントも無かったし、仲が悪いとか良いとかも無かった気がするんだけど……。

 くそ、仲間にすればそれでオッケーなんて能天気に考えてたぜ!


 そうだ、二人は生きている人間なんだ。

 最初からうまく行く訳がないのだ。


 ここは俺が一肌脱ぐ必要があるだろう。

 うん。


 ……流石にこの状態で旅に出るのはご免被る!

 胃に穴が開いてしまう!


「ま、ままままま待て、二人とも。落ち着こう。ステイ!」


「おじさんこそ落ち着こう?」


 はい……。





 1時間ほど仲良くする事の大切さを二人に説き、甘いものを出したりしてご機嫌を取り、互いに握手するところまで持って行くことが出来た。


 仲良くするなら何かプレゼントを贈るという条件の元、和平交渉が成立したのだった。



「……よろしく、クs……シトリー」


「……ん、よろしく。おb……メアリー」


 妙な緊張感が漂っているが、メアリーとシトリーが握手をする。


 ギチチ……とその手から音が聞こえるが気にしない事にする。


 うむ、うむ。

 仲良き事は美しき哉。(震え声)



「うふふ……」

「ふふ……」



 なんか視線に火花が散ってそうな二人を見る。

 ……ま、まぁ、俺よりお互いの歳が近い二人だ、きっとすぐに打ち解けるだろう。

 多分。

 きっと。



 シトリーには家族以外にも友達が必要だと思うし、メアリーも特殊な環境で育ったようだから常識を持った友人が必要だ。

 俺だとどうしてもカバーできない領域と言う物がある。


 シトリーが女の子だったのは予想外だったが、決して悪くはない。

 ……年頃の女の子に囲まれるのは少し落ち着かないが、両手に花と考えよう。


 嬉しいなぁ!!(ヤケクソ)



「さて、それじゃあ俺達の今後について……───」



 二人に向かって声を掛けたその時。







 ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!






 びりびりと空間を震わせる咆哮が鳴り響いた。


 ───────────────────


 ◇ギスギス空間は書いてるだけで胃が痛くなって楽しい。


 ◇イベントは続くよ、どこまでも。

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