第18話 「悪魔」は囁く。

『……聞いてどうする?』


 平坦な声。

 認識阻害されている分を差し引いても、警戒心を感じる固い響き。


 つまりは拒絶だ。



 まぁ、そうだよな。

『あなたの願いはなんですか?』と問われてもすぐに答える奴はいない。


 ましてやこいつにとって俺は敵だ。

 答える理由など無いだろう。



 だが。



 だからと言って、ここであっさりと引き下がるわけにはいかない。


そういえば『交渉とは相手に拒絶されてからがスタートだ』と南部で戦っていた時の同僚が笑って言っていた。


 彼女は戦闘に関してはからっきしだったが、その弁舌を武器に俺達を随分と助けてくれたものだ。

 最終的に民衆の被害を減らすことが出来たのは、間違いなく彼女のおかげだ。


 ……出奔するときに顔を合せると言いくるめられそうな気がしたから、何も言わずに手紙だけ残して出てきたのは申し訳ないと思っている。

 義理堅い彼女の事だ、きっと今もガリアの中枢でこき使われているに違いない。


 いつか手土産を持って詫びに行くべきだな……。



「くくっ……」



 思わず思い出し笑いが出る。



『……何が可笑しい?』


 訝し気な声を上げる怪人。


 おっと、そうだ。

 今は目の前の人間の事だけを考えるべきだな。

 流石に失礼だ。


「すまん、思い出し笑いだ。それで、お前の願いを聞いてどうするのかだが……────」



 wikiにもこいつの願いは載って無かった。

 しかし、願いの無い人間などいない、いる筈がない。


 人とは強欲な生き物だ。

 どれだけ満ち足りていようとも、次の瞬間にはもっと欲しくなる。


 欲望には限りがないのだ。



 そして、その欲望を炙り出すのが神札タロット悪魔ザ・デビル」だ。

 『あなたのココロのスキマにお邪魔します』ってな。



「──……それを叶えてやるから、俺に手を貸してほしい」



 神札タロット悪魔ザ・デビル/正位置アップライト



 言葉に載せ、神札タロットの力を開放する。



悪魔のささやきデビルズウィスパー



『───ッ』


 怪人がびくりと身を震わす。

 心配するな、命に危害を加える様なものではない。

 タチの悪い神札タロットの力としては、とてもささやかなものだ。



 効果は単純明快。



 、それだけだ。



 喧嘩をしている人間に掛けると、高確率で殴り合いになるだろう。

 買い物をしている時だと、衝動買いをしてしまうかもしれない。

 美味しい物を食べている時ならば、きっと食べ過ぎてしまうだろう。


 だが、その程度だ。

 行動を誘導する事も出来ないし、狙った感情を引き出すことも出来ない。


 それだけの、実にささやかな力だ。



 だからこそ、抵抗されにくい。

 拒絶しにくい。

 弱いからこそ通るのだ。


「俺はどうしてもお前の力が欲しいんだ。俺は戦闘に関しては自信がある。だが、それ以外はからっきしだ。だから、お前の力を借りたいと考えている」


 そこに俺の願いを叩きつける。

 負の感情ではなく、正の感情をぶつけて揺らすのだ。


『……ボクの、力?』


 熱に浮かされたように、ごくりとつばを飲み込む音が聞こえる。


「そうだ。俺は知っている。お前を知っている。お前の力を知っている。お前さんがどれだけ素晴らしい力を持っているのか知っている」


『そ、んな……ボクの何を知って……────』


 人は自分を評価してくれる相手を簡単には拒絶できない。

 普段褒められ慣れていない人間ほどそうだ。


 嬉しいよな?

 堪らないよな?

 常に陰の存在であるお前にとって、この言葉は甘露だよな?


 それがお世辞ならともかく、本心からの言葉ならなおさらだ。


 一つ褒められればうれしくなり、もっともっと褒めて欲しくなる。


 


「(wikiで)知っているさ! よーく知っている!! お前がいかに優れた技能をもっているか知っている!!! おまえじゃなきゃ、ダメなんだ。そうでもなければ、顔を合せてすぐに勧誘なんてするはずがないだろう?」


 いやまぁ、多分君が思ってるのと違う知り方なんだけどね。

 嘘は言ってないぜ! 嘘は!


『それは……』


 僅かな動揺を感じる。

 認識阻害されても分かる程の揺れだ。


 勿論、俺はその僅かな揺れを逃さない。


「もちろんただで手を貸せなんてけち臭いことは言わないぜ? 俺はお前の技術を買っている。買っているからこそ、対価が必要だと思っている」


 揺らす、揺らす。

 ゆらゆら、ゆらゆらと。


 波を大きくしてゆく。



『…………』


 返ってきたのは沈黙。

 ただ、その沈黙は拒絶ではない。


「この場合の沈黙は肯定と取るぜ。お前は対価を貰えるならば俺に手を貸してもいいと思っている、そうだな?」


『……お前はボクに何を支払ってくれるんだ? ボクにどれだけの値をつける?』


 よし。

 大きな前進だ。


 更に踏み込む。


「だからこそさっき聞いたんだよ、とな」


 笑う。


 自分から言わせる事に意味がある。

 自覚させる事に意味がある。


「もう一度問おう。お前の願いは何だ? 遠慮せず言ってみろ」



 金か? 地位か? 異性か? はたまた美食か?


 金ならばどうとでもなる。

 地位も少々気まずいがガリア上層部に掛け合えば何とかなるだろう。

 異性はすぐには無理だが、ツテはある。

 飯なら前世の地球の料理でも振舞ってやろう。


 それ以外は要相談になるが、努力をしよう。

 それだけの価値がこいつにはある。



「あぁ、別に金が欲しいとかでも軽蔑はしねェよ、。金で命は買えないという奴もいるが、俺も昔は金が無くて苦労したから知ってるぜ。金が無いと飯も食えねェ、病気になってもクスリも買えねェ。屋根の下で寝る事もできねェ。それはとても辛いことだァな」


 今でこそ金に困ることは無いが、子供の頃は苦労した。

 十分な金があればと思った事は一度や二度ではない。


『……そうだ、。とてもな』


 おっと、反応があった。

 感触としては悪くはなさそうだ。

 

 だが、飛びつくほどではないか。


「旨い飯が食いたいってのも有りだな。俺はお前が食べたことが無い飯を食わせてやれるぜ? まぁ、腹いっぱいの食事は約束しよう。俺も子供の頃はひもじくてなァ、腹いっぱい美味い物を喰いたいって思ってた。いや、美味くなくても仲間と一緒に腹いっぱい食えたらそれでよかった」


 懐かしい。

 俺の一番最初の願いだ。


『……美味い飯もいいな、腹いっぱい食えるのは幸せだ』


 ふむ、これも反応は悪くないな。

 こんなナリで腹ペコキャラだったりするのか?


 だが、これも決め手にはならないか。


「女か男は……すぐには無理だが何とかしよう。まぁ、俺だったら女というか嫁が欲しいな。いや、嫁というか、家族だ。。自分と一緒に生きて、未来を託すことが出来る相手が欲しい。文字通りのパートナーが欲しい」


「……ッ!」


 ガタッ!


 メアリーさん、なんで君が反応するんですかね?

 別に君の事を嫁にするとか言い出さないから安心して座ってろ。 




『…………ッ!』



 シラズ(仮)から激烈な反応。

 ちょっと意外だ、欲しいのは異性か?

 正直、その線は一番薄いと思ってたんだが。


 ま、いいか。



 俺は三度みたび問う。


「さぁ、言ってみろ。お前の望みはなんだ?」


 お前の欲望を語ってみろ。

 この「悪魔」が叶えてやろう。

 もちろん、対価は頂くがな。



 しばしの逡巡の後、怪人は小さく震える声で答えた。

 その声は不思議とよく聞こえた。









 絞り出すような声だった。



 しあわせ、か。


 そうか、しあわせか。


 その言葉は、俺の心にすとんと落ちた。



「……お前の幸せって何だ?」





『暖かい、お腹いっぱいの……そしてボクを迎えてくれる、



 あぁ。


 聞いたことがある筈だ。



 これはあてどもなく町を彷徨う孤児たちの言葉だ。


 得られなかったものを追い求める願いだ。




 



 ……こいつは。


 古い記憶が蘇る。

 あの町の子供たちを思い出す。


 おそらくコイツは、子供だ。

 保護者が必要な子供だ。



 こいつは……!


 俺が守るべきものだ。

 守れなかったものだ!!






 気付けば声に出していた。

 もう神札タロットの力は使ってはいない。


 使う必要もない。



『え……?』





 ぐいと腕を掴み引っ張って立たせ、その身の自由を奪っていた戒めを解いてやる。



 そして、頭を優しく撫でる。


 認識阻害のせいか手触りは分からなかったが、撫でている事だけは実感できた。



「もう大丈夫だ、よく頑張ったな」



 願わくばこの思いが、この子に届きますように。



『あ……』



「俺が、お前の家族になろう。俺が、お前の全ての願いを叶えてやる」


 今はもう滅んでしまったあの町で、新しい仲間を迎える時にやっていた儀式だ。

 

「俺と一緒に来れば、毎日美味い物を喰わせてやる。ひもじい思いをさせたりはしない。寂しいときも一緒にいてやる、お前の居場所になろう。帰るべき場所になろう」



『ほんとう?』



「本当だ」


 笑う。


「だから、俺についてこい」


 恐る恐る手を伸ばされた震える手を、しっかりと握ってやる。


「新しい兄弟、お前の名は?」







「ボクはシトリー、元「フクロウ」のシトリー、です。ひとりぼっちのシトリー、です」


 そう言って、その顔を隠していたフードをゆっくりとまくり上げた。



 そこに見えたのは印象的な赤の瞳と、垂れ下がった白い兎耳。



 ……



 そうか、地域によっては獣人は迫害される立場だ。


 だから魔導具で隠していたのか。

 納得だ。

 まぁ、隠しすぎな気もするが。

 


 と言うか君、だったのね……。

 もしゲームでそのビジュアルが出ていたら、きっと君は大人気だったろうに。


 シトリーのモチーフは恐らく首狩りウサギヴォーパルバニー、透き通る程白い肌と純白の髪、そして赤い瞳を持つアルビノの死神だ。


 ───────────────────


 ◇知ってた。大合唱が聞こえてくるね!


 ◇まぁ、ここで男の子を出すほどひねくれてないさ!


 ◇兎の群れに産まれた突然変異の首狩りウサギヴォーパルバニー、それがシトリー。

  薄倖(ガチ)の美少女です。


 ◆この話を書くために睡眠時間を大幅に削ったボクに労いの⭐︎を下さい。眠い。

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