第17話 俺と不審者と知っている事。
『むー! むー!』
俺の前にロープでぐるぐる巻きの上、猿轡までされている不審者が転がっている。
むーむー言っているのは抗議の言葉だろうか?
少々可哀想であるが、言葉を発するだけで魔術などの発動が可能であると考えると、口枷はどうしても必要となる。
ちなみに俺は、やろうと思えば空気中の魔力に直接働きかけ、呪文や身振りも無しに簡単な魔術の発動が可能だ。
まぁ、特に相性のいい「火」に限るが。
地味ではあるが、この世界の常識からは外れる技術なので俺の切り札の一つだ。
「……おじさん、これ何?」
歓談の時間を邪魔されたからか、ややご機嫌斜めのメアリー嬢が俺に訊ねる。
まぁ聞きたくもなるわな。
「あー、なんとも説明し辛いな……」
頭を掻きながらどう説明した物か悩む。
改めて眼前の不審者を観察する。
それは恐らく人であった。
頭があり、腕が二本で脚が二本。
形はヒト型の生き物。
ただ、それ以外の情報が全て認識できない。
ははぁ、ゲーム上では黒塗の正体不明のキャラだったけど、この「現実」ではこうなる訳か……。
なんとも奇怪な風体だ。
そう、何を隠そうこの人物(?)も「アルカナ・サ・ガ」の登場キャラクターの一人である。
『
その名は「シラズ」。
多分、漢字で書くと「不知」なんだと思う。
男か女か、そもそも普通の人間かどうかも不明の怪人。
なんとステータス欄まで全て「?」であり、マスクデータとなっている困ったちゃんである。
その名前も仲間になった際に、「好きに呼べ」と言われて困った主人公が即興でつけた名前である為、本名ではない。
wikiにすら名前がないってどういうことだよ。
容量が足りず相当な量のイベントをカットしたと開発が言ってたらしいので、そのカットされた部分でシラズについて掘り下げがあったのかもしれない。
今となっては全て闇の中である。
なんにせよゲーム中で最も謎な存在、それが「シラズ」だ。
仲間になるのにラスボスであるヴァサゴよりセリフが少ないって、ちょっと酷くない?
分かっているのはジョブが「忍者」である事のみ。
それもダメージ計算式から推測されたものであり、明言された訳ではない。
酷すぎる。
なんも分かってないじゃねぇか。
なんでそんなに面倒くさい仕様になっているかと言うと、それはシラズの装備が原因という事になっている。
「しらずのころも」という専用防具が解除不可能の状態で装備されており、設定上そのせいで認識が阻害されている……という事になっている、らしい。
諜報活動するにはもってこいな装備だとおもうけどさあ。
あ、名前の由来はこの装備ね。
バグだらけのくせに専用装備周りだけはしっかり作ってあり、通常プレイでは外すことが出来ない。
それに業を煮やしたプレイヤーの一人がチートで外したらしいが、ステータスは「?」のままだったらしく、もうそう言うキャラとして作ってあるようだ。
こうなったらもうどうしようもない、誰にも彼?は救えないのだ……。
開発は面白いと思ってそうしたのだろうが、プレイヤーとしては使いづらい事この上ない。
こういう所がテストプレイしてないんじゃないか?とか言われる所以である。
当時は修正パッチで後から修正とかできなかった故の悲劇だろう。
修正パッチで治せる分、気軽にバグ満載のゲームが出る原因になったと言われているが、あとからなんとかできる分まだましと言わざるを得ない。
そう言う意味でシラズは、開発からの寵愛を一身に受けているとも言える。
そんな寵愛は要らん。
まぁ、それ以外にもいくつかの理由で、シラズは仲間になっても使われることがほぼないキャラだったのだが。
理由その1 加入時期が遅すぎる。
なんと15枚以上の神札を入手した後じゃないと仲間にならないのだ。
つまり終盤もいい所であり、普通のプレイヤーはパーティーが既に固定されている。
おめーの席ねぇです。
しかも輪を掛けて酷いのは、加入イベント後に残っている大きなイベントはラスボス戦のみである。
開発に嫌われてるの、君?
理由その2 戦闘用スキルが1つしかない。
「クビカリ」のみである。
耐性無視で敵を即死させるという、書いてあることは強力なスキルだ。
なお、成功確率は使い手の
しかも成功率から逆算すると、全キャラ中最下位の模様。
つまり成功確率は小数点以下。
ひどい。
勿論
ちなみに宝箱発見やエンカウント率減少などの探索スキルは非常に充実しているので、物語の序盤に仲間になったらさぞや便利だったろうとwikiに書かれている。
他に褒めるところが無かったようだ。
理由その3 仲間になるためのイベントが碌でもない。
仲間加入イベントを起こすと、集めた
んで、探し回って幾つもの面倒くさい手順を踏まないと取り返せない。
そのせいで「シラズ」はプレイヤーから恨みを買っており、シラズの
それに加え、「シラズ」の持つ
以上の点を以て、「シラズ」はゲーム中1番使えない仲間であるという評価になっていた。
さもありなん。
改めてwikiを見て見ると、使用推奨度 Gって酷いな……!
ちなみに主人公であるメアリーはSSSだ。
何段階差があるんだ?
脅威の格差社会である。
「さて、不審者殿。何か申し開きはあるか?」
俺はそう言って暫定「シラズ」の前に椅子を引っ張って来て、どっかと腰を下ろす。
あんまり交渉は得意じゃないんだが、何とかしてこの場でコイツを仲間に引き込みたい。
さっき言った通り、こいつは探索能力だけは図抜けている。
本来仲間になるタイミングではないが、wikiにもあった通り序盤も序盤であるこのタイミングで仲間にできれば心強い。
この世界はゲームのようだがゲームではない。
間違いなく現実だ。
ならば、決して不可能ではないはずだ。
なんでこんな回りくどい手を取ってでも、俺が探索系の能力を欲しているのか。
それは「ゲーム」と「現実」で必要な能力が違うからだ。
無いというか、ノウハウが無いというか。
良くも悪くも常人の域を脱していない。
例えば「~と言う人を探そう」と言う人探しのイベントがあったとする。
ゲームではその目的のものを探しに行ったら、一目瞭然の場所に居てすぐにわかるのだが、現実だとそうもいかない。
wikiで大体の場所は分かっても具体的な場所が分からないし、そもそも対象が人なら移動してしまう。
あたりまえである。
それにゲーム中の町には建物が数軒しか存在しないが、現実だと数千戸は普通にある。
そもそも人口がゲーム内とは違い過ぎる。
その中から目的の人物を探すのは、とても骨が折れるのは想像に難くない。
加えてメアリーとか途中で喧嘩しそうだし、俺はなんかトラブルに巻き込まれそうだ……。
脱線しまくるのが目に見えるようだ。
そう言う事で俺のパーティに、探索のプロフェッショナルの加入をお願いしたいわけである。
割と切実だ。
「……おじさんはあんまり驚いてないね? いきなりこんなのが天井から落ちて来たって言うのに」
そう、この屋敷の主であるキキーモラに捕獲を依頼したら、ものの見事にやってくれたのだ。
まぁ、事前に「多分変な奴来るから」と伝えていたから手際が良かったのかもね。
さっきも言った通り、これは「イベント」だ。
「主人公に仲間が出来た事をトリガーとするイベント」だ。
主人公が2枚目の
そして「ある程度の枚数を集めた時に奪おう」と呟くイベントが起きる。
いわゆる神の視点でしか見れないイベントだ。
それが実際起きるかどうかは分からなかったが、警戒だけはしていた。
そして起きた場合、捕獲できるように網を張っていた。
ただ、それだけの話である。
「……このことを事前に予想してたの?」
疑わしそうなメアリーの瞳。
見透かすような鋭い視線が俺を射る。
まぁ、不可解だよな。
でも、この機会を逃すわけにはいかなかったのだ。
「そうだ、予想はしていた。何者かの視線を感じていたからな」
肩をすくめて笑う。
嘘です。
全然気づきませんでした。
でも自信ありげな姿勢を崩すつもりは無い。
「ふぅん……」
まぁ、彼女の信頼をすぐに勝ち取れるとは思っていない。
本来は交わらない二人なのだ。
少しずつ、少しずつでいい。
彼女に俺を、戦闘能力以外を認めてもらう必要がある。
暫定「シラズ」殿は俺達の会話に口を挟むことなく静かにしている。
逆転の一手を狙う為、もしくは逃げ出す糸口を探す為にこちらを観察している気配がある。
そういう諦めない姿勢、嫌いじゃないぜ。
当方はそんな諦めの悪い人材を求めております。
「放置して悪かった、不審者殿。それで、申し開きはあるかな? おっと、猿轡されてたら話せないな。今から外すが、余計なことはするなよ?」
シラズが小さく頷く。
正直信用できないが、それを言い出したら何も出来んしな。
最悪逃げられるだけで、こちらへ危害を加えることは無いだろう。
「キキーモラ、頼む」
俺が頼むとキキーモラは頷き、指を一つ鳴らす。
『ぶはッ! くそッ、ボクが尾行していた事に気付いていたのか……!』
うーん、言っている言葉は理解できるが、その声や言葉から情報が全く得られない。
イントネーションさえ隠されてるから、訛りで出身地の推測も出来ないな。
イメージとしてはゆっくり音声に近い。
棒読みだ。
「しらずのころも」、何とも高性能な魔道具だ。
これは認識阻害か? 精神干渉か?
機会があれば調べてみたい。
「そういう事だ。お前さんは罠に掛かったんだよ」
本当は全然気づいていなかったのだが、正直に言う理由も無い。
交渉の基本はハッタリだ。
どうせ相手には分からないのだ。
『……それで、ボクをどうする気なんだい?』
ほう、肝が太いな。
あっさり混乱から立ち直ったか。
高評価だ。
「おいおい、お前に質問する権利はないぜ? それにお前は絶対に逃げられない。何と言ってもここはキキーモラの腹の中だからな」
『……くそ、噂に聞く盗賊殺しか!』
キキーモラは絶対に泥棒を許さない。
知らずに盗みに入ったものは、二度と帰ってこれないと言われている。
屋敷の平和を乱す者には容赦がない事は、世界的によく知られているのだ。
シラズの言葉だけ聞くと悔しそうだが、感情が全く読めない。
声って思ってた以上に情報を載せてたんだなあ。
「そうさ、だから観念しろ。あーそうだ。言っておくと、俺はお前を殺す気は無い」
短期的には脅して従える事はできるだろう、しかし俺が欲しいのは奴隷ではない。
仲間だ。
仲間になるのなら、俺とこいつの間に必要なのは信用であり信頼だ。
『え……?』
あぁ、今のは流石に分かる。
予想外だったようだな。
さぁ、ここが正念場だ。
交渉の始まりだ。
「お前、
───────────────────
◇次回、「
◇あまりに長くなったので分割しました……。
交渉から結末まで1話でやるのは無謀じゃった!
シラズのモデルはff6のシャドウとかですね。
彼は有能だったけど。
◇「しらずのころも」は「
一応、前々回にさらっと出てきてます。
仕事をするときに小さいと舐められるので正体を隠すために着てました。
なんの障害も無く仕事が出来てたのはこれのおかげ。
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