第30話、手のひらの音、モブ的には目立たないよう、こっそり忘れてたい




「そうだよ、その虫だ! そいつでここにやってきた魔物たちは我を失ったり操られたりしてるんだっ」

「ここに、来たのは彼らの本当の意志じゃ……ない?」


分からない、などと言ってはいたが。

やはりマーサーが待っていたのは、水の魔精霊であるディノであったのだろう。


マーサーのそんな言葉に。

今まで影を落としていたダイスの瞳に光がさしていく。


 

 「そういえば、ここに来るまでに他の魔精霊にもあったでしゅ。聞く耳のない奴らばかりだと思ってたでしゅけど、よく考えたら、あのまずい虫を食べて苦しんでいたんでしゅね」


更にそんなディノの言葉を聞いて、改めてマーサーはダイスに向き直りドヤ顔の笑顔を見せる。

 


「これで、ダイスの迷いも晴れて、やるべきことも決まったってところかな?」

「……うん。そうみたいだね。でもディノくんはどうして正気に戻れたんだい?」

「どうしてでしゅかね?」


ダイスの言う事は最もであった。

無理やり操られているらしいことが分かっても、それを解く方法が分からなければ行動できないのだ。

 

「ああ、それはたぶん……」


マーサーはそう言ってその方法、ディノが正気に戻ったときのことをかいつまんで話した。

襲い掛かってくるディノに驚いて。

手を突き出したら急に『太陽線』と呼ばれる手相が出現したことを。

 

「太陽線か……。聞いたことがあるよ。それは、星々の恵みを、光を導くものであり、邪を払う力があるって。きっと、マーサー君がディノくんに触れたことによってその虫の負の力を払うことができたんじゃないかな」

「へえ? この手相って、そんなすごいものだったんだ? にしてもダイス、よくそんな事知ってたね。何で僕の手にこれが、出来たのかも分からないけど」

「あ、うん。昔師匠に聞いた話で……あ、ええと。その師匠ってのはお母さんなんだけど」

 

ダイスが言いかけて止めて言い直したところで。

外の喧騒がよりいっそう大きくなっていることに気づく。

 

「まあ、いっか。あって損するわけじゃないし、とにかく外の様子を見に行かないと」

「うん、分かった。行こう」


マーサーの言葉にダイスはしっかりと頷く。

気づけばダイスの心の中にはためらいが無くなっていた。


たくさんの魔物……魔精霊たちが自分の意志とは関係なく苦しんでいるのだ。

それを知ったら迷っている暇などむしろ無い。

自分のやるべきことがはっきりしたからだ。



この事を見越してマーサーはディノのことを待っていたのだろうか?

果報は寝て待てと言うが、ダイスはそれを身に染みて感じていて……。





         ※      ※      ※




何事もない普段通りであるのならば。

授業の実習で作られた料理のお披露目となる開けたオープンテラス。


そこにディノも連れて、ダイスとマーサーがタカたちの所にやって来た時には。

既に、その場はかなりの混乱状態に陥っていた。

黒いもやと化して辺り一帯を覆っている『パラサイセクト』と呼ばれる件の虫型モンスターの群れと、五体の『プロティーバード』、石と化した人達。

 

それに加えて半ば石と化しつつあるカズ、トール、そしてケイ。

かろうじて彼らを守っているタカも片足が石と化しており、引きずっている状態だった。

 


「うおっ、何だ何だ? みんな石になってる?」

「やっときた! 遅えんだよ、早く何とかしろー!」

 

カズがそう言い終わる間もなく。

ダイスは滑るような動きでプロティーバード相手に奮戦しているタカの隣へと躍り出た。

 


「あ、ダイス。来てくれたのですね」


こんな状態にもかかわらず飄々とした声で話すタカに笑みだけ返すと、近くにいた一体のプロティーバードの表情を伺った。

どうやら正気を失ったりといった感じではないようだった。

ならばとばかりにダイスは直接心に語りかけるように言う。

 


《何故、……こんなことをする》

〈オマエラ、コロス。ソレニりゆうナドなイ……〉


すぐに、そんなありがたくない言葉が返ってくる。

そしてそのまま拳の連撃を放ってきた。

 


「理由などない……か」


しかし、鈍い音がして吹き飛んだのはダイスではなく、プロティーバードの方であった。

その巨体は一瞬で散乱した椅子やテーブルに埋もれていく。

相手の攻撃の威力を利用してダイスが掌での突きを放ったのだ。

その恐ろしいほどの正確無比な一撃は相手に立ち上がる余地すら与えない。

 

―――何故戦わなけらばならないのか。

その答えを求めるのは無粋なことかもしれなかった。


それでも答えが導き出されれば、今まで出せなかった拳が。

どうやらしっかり身体が覚えているらしく、ちゃんと出るのだから現金なものだとダイスは皮肉に口がゆがめた。 。


しかし、それすら考えることもできずに操られ、戦いの場に狩り出される者達がいるのだから、やはり自分には戦う理由があるのだろうとダイスは結論づけて。

 


「マーサーくん。虫の魔物たちの方を頼むっ」

「ええっ!? ちょっ」

 

マーサーに任せるのがベストで当たり前だと言わんばかりにそう言うと。

それに慌てふためくマーサーにお構いなしで。

ダイスは次の相手に向かっていった……。

 


     (第31話につづく)






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