第29話、弛むことなき流れの中で、ほんとの運命の出会いあり
まるで、何事もなかったかのように。
様子を見に行くと言っていたような気がするけれど。
本当にトイレに行っただけで帰ってきたマーサー。
恐らく、変わって意識を取り戻したのだろうが。
タカたち現場よりダイスの方が気になったから、と言うのがマーサーの弁である。
実のところ最後のピース、後ひと押しはもういただいていたわけだが。
無意識なのか、知らないふりをしているだけなのか。
ダイスを連れ出すのは自分の役目だと思っているようで。
ダイスの心の準備ができるまで、雑談でも何でもして待ち続ける腹積もりなようであった。
「……ええと、その。僕が向かってもお役に立てるかどうか分からないと言うか、やっぱりタカやカズさんたちが解決しちゃうんじゃないかなぁ」
ダイスとしては、傷も癒えたことではあるし、心もファントムのおかげでもう決まっている。
弱気な発言ながら、もう既にマーサーともに向かう気概でいたわけだが。
曖昧な言い方であったからこそ、あまり伝わってはいなかったのでは、なんて思っていると。
マーサーは何やらファントムを思い起こさせる謎めいて得意気な顔をして見せて。
「……待ってるんだ、本当のところはね」
「待ってる? その言い方だと僕、じゃないよね」
「うん。そうだね」
「じゃあ、誰を?」
「いや、分かんない」
「……」
また、からかわれているのかとダイスは思ったが、どうやらそうではないらしい。
……と。
がたがたっ。
部屋の排気口の辺りだろうか、何かの物音がした。
「なんだろう?」
「何か、いるみたいだ」
それが、マーサーの待つものなのか、
マーサーは正しく好奇心たっぷりといった表情でその先を見つめていて。
どこに続いているかも分からないコンクリートの排気口。
何者かの息遣いが聞こえる。
「うに~」
しばらくもぞもぞしていたと思ったら、すぐにどこかで聞いたことのある声が耳に入ってくる。
「あれ? この声はどこかで」
そして、ばきっと排気口の柵が外れる音がして、水色の物体が転がり落ちてきた。
「うにゃあ~。やっと見つけたでしゅ、マーサーしゃん。さ、早くディノをおうちにつれてくでしゅよ~」
いきなり現れたのは、【水(ウルガヴ】の魔精霊のようであった。
ディノと名乗った水の魔精霊は。
マーサーを見つけるや否やあざとく首を傾げてそう言ってくる。
「……誰だっけ?」
「ひ、ひどいでしゅ~。せっかくここまで匂いをたどってきたのに~」
マーサーの言葉に愕然として、ディノは足をばたつかせ、うに~と鳴いた。
「あはは、ウソだよ。ちゃんと覚えてるさ、会ってすぐにドラゴンを見て逃げ出したディノくんだろ?」
「よ、余計なことまで覚えなくていいでしゅよ」
「き、君は……?」
思わず割って入るようにしてダイスがそう聞くと。
その声にぴくりと反応したディノは顔を上げ、つぶらな瞳を見開いて叫ぶ。
「レジャイラしゃま? どうしてこんなところにいるでしゅか?」
「えっ?」
今度は、ダイスが驚いて問いかける。
「き、君、レジャイラ叔母さんのこと、知っているの?」
「うにゃ? レジャイラしゃまじゃないでしゅか? でも……」
そう言って、ディノはとことこと近づくと、匂いをかぐような仕草をした。
「レジャイラしゃまと同じ匂いがするでしゅ、同じ瞳の色でしゅ」
それを聞いて、ダイスは薄く微笑むと。
「ああ、僕はその、甥っ子のダイスだよ。と言うことは君は……」
「はいでしゅ、レジャイラしゃまの元で軍師の役を仰せつかっている、ディーネ・ドラコのディノでしゅ」
そう言って、ディノはえへんとばかりに胸を逸らした。
「ぐ、軍師ねえ」
この風体としゃべり方で、軍師というのはちょっと想像がつきにくいとマーサーは思ったが。
ダイスの叔母さんといえば、ダイスの故郷であるアーヴァインの大后さまのことだろう。
裏を返せば、ダイス自身もそれ相応の地位にいる人物ということになるのだが。
スクールにはそういった人物も少なくない(タカやケイも同じようなもの)ので、むしろマーサーは訳もなく偉そうだったディノの性格に、納得してしまうくらいで。
それと同時にマーサーはあることを思い出す。
「そういえば、ディノってここに無理やりつれてこられたんだっけ。最初に会ったときはびっくりしたよ。何せ、いきなり襲い掛かってくるんだもんな」
マーサーにとってはそれこそなんとなく発した言葉であったが。
それはダイスにとって大きな一言だった。
「そ、それって、どういうこと?」
ダイスは慌ててマーサーとディノに詰め寄る。
「えっとでしゅねえ、ユーミールの川を偵察(さんぽ)してたら、骸骨のオヤジに捕まって、まずい虫を喰わされたんでしゅ。それでもって、気づいたらここにいたんでしゅ」
「それで、僕と会ったと思ったら、我を失ったような目で噛み付いてきたんだよね」
「そんなことするわけないでしゅ。覚えてないでしゅよ~」
自分はアーヴァイン大后レジャイラの配下の従属魔精霊であり、人に向かってそんなことをするはずないと、ディノはうにうに訴えた。
「じ、じゃあ今ここにいる魔物たちは……」
「ああっ、そっか!」
ダイスがそこまで言って、マーサーも納得したように声を上げた。
「そうだよ、その虫だ! そいつでここにやってきた魔物たちは我を失ったり操られたりしてるんだっ」
「ここに、来たのは彼らの本当の意志じゃ……ない?」
今まで影を落としていたダイスの瞳に光がさしていく。
それは、最後のひと押しの、ひと押しとなったようで……。
(第30話につづく)
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