第28話、Twist of fate、複雑に捻れた自身より大切なもの





 「失礼するよ」

 「……はいっ」


様子を見てくるよ、などと宣って。

その熱冷めやらぬタイミングでのそんな声。

 

それは、マーサーの声で間違いないはずなのに。

大人の女性の声にも聞こえる、低く甘く魂に響く旋律をはらんでいた。

どちらのことも知っていたダイスでなければ、唐突なその来客に驚き返事すらできなかっただろう。

 



 「息災かな。中々変わるタイミングがなくてね。目まぐるしい日々に不安も募ったことだろう。だが、安心したまえ。余すことなく悩み事が解決した……とは言えないが、夜毎の趣味が高じた世直し行脚にて大分前進した、と言っておこうか」



何とか返事ができたのはいいものの。

勝手知ったる我が家のように、間髪を置かずダイスに宛てがわれし部屋に入ってきたのは。

怪しい、としか表現しようのない、薄青空色のとにかく目立つマントと、橙に煌く、目元だけを覆い隠す仮面をつけた人物であった。



夜毎空を駆けては世直しを繰り返すという『夜を駆けるもの』。

その姿、佇まいに大変よく似ているが、彼曰く元々は自身がその始まりで。

現『夜を駆けるもの』は私の姿を健気にも真似しているのだよと自慢するように胸を張り高笑いする彼の名は『ファントム』。


やってきたタイミングを鑑みてもマーサーが、様々な魔法効果が付与されているらしいそのマントと仮面をつけて出てきていることは確かであるのに。


マーサー自身がその変わっている時の記憶がないと言い張っていることと、マーサー達希少種族、『レスト族』の特徴の一つとして、人によっては同じ体を共有する者同士でコミュニケーションが取れないものもいる、とのことなので。

とりあえずのところは、ダイスも彼、あるいは彼女のことをマーサーとは別人格、別の人として相対することにしていて。


 

「……何か進展があったのですか!?」

「ああ、このユーライジアの世界だけでならばと、ある程度予測は立てて探してはいたんだ。夜の帳降りた短い時間ながら会話をする機会に恵まれてね。見つかったよ、ダイス。……いや、あるいは私のように人の内なる世界に棲まう『きみ』の身体がね」

「本当ですかっ!? そ、それじゃあお姉ちゃんは? お姉ちゃんは無事なのでしょうか?」

「……自分のことよりお姉さん、か。それこそきみらしいといえばそうなのかもね。大丈夫。もちろん無事で元気一杯に過ごしているよ。本物のきみではないとはいえ、大事で大好きな妹ちゃんがかえってきているわけだからね」



ファントムとしては、『彼女』が戻るべき本当の身体が見つかったのは当然のことで。

確かに前進はしたかもしれないが本題はその先にあるのだが。


離れ離れになってしまって会うこともできない現状を、彼女が随分と憂いていて。

それでも大好きな姉の無事を知ることができて喜んでいる様を目の当たりにして。

もっと早く伝えるべきであったと後悔しきりで。

 


しかし、そうは言っても陽のあたる時分、長いこと在れるわけではないからと。

そう自身を誤魔化しつつも、これからは向こうの近況も随時伝えようと決めて。

申し訳なくも先を促す。


 

「きみのかわりにきみのからだに入った人も始めは随分と戸惑っているようだったよ。手前味噌ながら『夜を駆けるもの』の真似事で私が接触することなかったらお互いに現状を把握……状況は私が思っていたより複雑に捻じれ絡み合っていることにも気づけなかっただろうさ」

「あっ、そうですよね。わたしがここにいるんだから……何だか申し訳ないですね。お姉ちゃん、研究ばかりでご飯もつくれないし」

「いや。確かにダイスならばきみと入れかわっても卒なくこなせていただろうさ。しかし、今述べたように状況はそう簡単でもなくてね。私もダイスだと思って話しかけたのだけど、きみのからだの中にいたのは、ダイスじゃなかったんだ」

「……えっ? それって、つまりどういうことなんでしょう?」

「ダイスときみ、そしていまきみのからだの中にいるもう一人。三人で入れかわりが起こったと言うことさ。ダイスのからだにはきみが、きみのからだにはもう一人が、もう一人のからだにはダイスが入ってしまったわけだね。しかもここからが本題で問題なんだが、そのもう一人というのが話を聞く限りこの世界の住人ではないようなんだ」

「それは……」


そこまで聞いて彼女も簡単ではない状況の理解に至ったらしい。

戻ろうと思えば彼女は彼女の身体へすぐにでも戻れるが。

入れ変わってダイスの身体に戻った人物が別人であるのならばあまり意味がないのだと。


「つまり、本物のダイスさんは異世界へ行ってしまった、と?」

「そう言う事になるね。前進したとは言ったけど、これは厄介だよ。タカが異世界へ渡ることのできる『虹泉(トラベル・ゲート)』の開発を進めているし、ケイや僭越ながら私も異世界へ渡る方法を知らないこともないんだけど、さすがにスクールの現況をほっぽって行くわけにもいかないから」

「そう……ですよね。うん。お姉ちゃんの無事が分かっただけでも良かったです」

「そう言ってもらえると助かるよ。こう見えて与えられている時間は少なくてね。

せめて本当のきみ……『リザ』とお姉さん、『ルシア』との連絡は密に取れるよう、動くとしよう。……む。そろそろ時間だね。兄さんが帰ってくる。それじゃあ、また会おう。次はまた遠くないと思うけれど」

「あっ……ファントムさん、どうもありがとう! お姉ちゃんのこと、教えてくれて!」


ファントムはそんな彼女の言葉にくすりと笑みをこぼして。

ひらひらと手を上げ、ふぁさっとマントをはためかせて来た時と同じように唐突に去っていく。



次は遠くない。

だけど私は今の私とは大分様相が違っているかもしれないけれど。


そんな、意味深長な言葉だけを残して……。



   (第29話につづく)







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