第25話、沈黙の果実、オフレコな話題をいよいよもって




トールは、ニコニコしたまま、ダイスを促す。

それを見たダイスは、重い腰を上げるように語りかけたけれど。

 


「僕は……」


結局、それ以上の言葉が出てくることはなく。

それならば俺様の出番か、とばかりに今度はケイが口を開いた。

 


「……やっぱり、魔物たちと戦うのが嫌なのか?」

「うん、そうかもしれない」

「それでも事実、今回の魔物たちの襲撃によってかなりの人々が犠牲になっています。それに対して何もしないというわけにもいかないでしょう?」

「それも分かっているんだ、でも、僕は怖いんだよ」

「怖い? それって」

「理由も分からないのに、話せば分かるかもしれないのに、理不尽に拳を振るうのが怖いんだ」

「あぁ、それはさっき聞いたんっだけど。どうやらこの学校に奴らの欲しいものがあるみたいなんだよね」


マーサーがそう言いかけていたことで。

それはちょっといけませんよと、マーサーが止める暇もあらばこそ、急にケイがダイスが迫り寄り、胸倉を掴んだ。

 


 「ダイスッ! お前、いいのか? それでいいのかよっ!」

 「……っ」


大声を上げられ、掴まれたダイスはびくりと驚いてケイを見る。

カズを押さえ込んでいる、ある意味で唯一の隙を狙うとはやるなと、マーサーがうぐぐとなっていると。

ケイはやりすぎたと思ったのか、すぐに胸元から手を離し、言葉を続ける。

 


「お前が、魔物たちだ大好きだってことは知ってるさ。しかしな、自分が怖いってなんだよ?  お前は魔物たちにどれほど理不尽な仕打ちを受けたと思っている! これ以上、お前の方から逃げる必要がどこにある!」

「ケイ。あぁ、そっか。ごめんね……」

「それはオレ様のセリフだろう。すまん。少々熱くなってしまった」



搾り出したような一言に。

マーサーに折檻を喰らわない程度に離れたケイは、そのまま視線を逸らす。


その反応に、あれやっぱりもしかしてケイって『死神』の能力的なものでダイスの現状をある程度理解できているのでは?


なんてマーサーが考え込んでいたこともあって。

沈黙が部屋を満たしていく中、その隙にマーサーからなんとか抜け出したカズが真に迫った様子で問いかける。

 


「……なぁ、ダイス。それは、オレらにも押し付けてるのか?」

「え?」

「相手が襲ってくる意味が分かんねえから、甘んじてそれを受けて死ねって言ってんのか?」

「そ、そんなことは……」

「ああ、いいよ。みなまで言うな。ただオレにはダイスの説得は無理かなって思っただけだからさ。と、いうわけであとよろしく」 

 

そうとだけ言うと、カズは部屋を出て行ってしまって……。


 


 「―――ッ!!」



カズが出て行ってまもなく、外から騒ぎ声が上がる。

 


「……っ。魔物の気配を感じます。どうやらまたしても破魔の護符……結界を突破する存在が現れたようですね。これはもう一から作り直しです」


立ち上がりすぐさま向かわんとするタカを、制したのはトールで。

 


「ちぇ、カズの奴、一人でカッコつけようったってそうはいかねーぞ。あいつ、いち早く外の異変に気づいていたみたいだな。まあオレも説得云々よりドンパチやってるほうが得意だからさ、ちょっと行ってくるわ」

 

そう言って改めてダイスに向き直って。


「ダイスの言ってること、オレなんとなく分かるよ。人にも悪い奴いっぱいいるし、その逆もあると思う。でもさ、弱い奴は強い奴が守ってやんなくちゃ、結局そいつらが嫌な目に遭うんだ。オレさ、それがすげえ許せねえんだ。……だから、いくよ」

 


うまく言えない心のうち何とか吐き出した、そんな様子のトールは。

そんな自分の意見を押し付けるような様子もなく、ダイスの出会ったばかりの印象からもかけ離れた、優しい雰囲気のまま部屋を出て行く。



 

もしかしたら。

あるいはマーサーと同じように今のダイスに降りかかっている喫緊な問題に少なからず感づいている可能性もあって。

ああ見えて女性が怖いという一面のあるトールであるからこそなのか、なんて思っている中。


そんなトールやカズたちか、それとも相手の魔物たちか。

騒ぎは全く収まる様子がなく。

なんとはなしに、ダイスがそれでも動こうとしない事に申し訳なくも気づいたらしいタカは、ついにはその腰を上げる。

 


「ダイス、私もダイスのように、怖いという気持ちを持っています。……自分のことになってしまいますが、それでも私はこのスクールの生徒会長としての責任があります。何もしないわけにはいきませんし。はは、トールみたいに格好いいこと言えませんね」

 

すみません、と言ってタカも部屋を出る。

恐らくは、ここにいる誰よりも頭のいいタカは。

トールとはまた違った形で、自分が居残っていたのならば話せるものも話せない、動けないのだと気づいていたのかもしれなくて。



それからしばらくして。

稀代の英雄(未だ候補であることが信じられない)三人が対処に向かったというのに何やら時間がかかっているようで。


なおも拡大する騒ぎに急かされるように。

ようやっと、とばかりにケイが立ち上がった。

扉に手をかけ、後ろ向きのままダイスに言う。



 

「ダイス、さっきは悪かったな。でも安心していいぞ。お前がやるはずだった役目は、全部オレ様が背負ってやるから。お前に少しでもそれで償いができるのなら安いものだ」


そこまで言って扉を開けると。

 

「んじゃ、オレ様もお勤めに参るとしようか!」


いつもの調子に戻って部屋を出て行った。

 



「……ケイっ」


ケイの言葉に立ち上がり、ダイスはその後を追いかけようとする。

それでも、外に出て行くまでには至らなかった。



まだ、最後のピースがはまっていない。

そんなもどかしい心情が、ダイスを支配していて……。



    (第26話につづく)






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