第23話、帰りたくなったよ、本当を知っている人がいるだけで




所変わって、数多あるらしい『家庭科室』と呼ばれる場所の一つ。

こういった緊急事態が起こった時には、すぐに避難所として宛てがわれる事となる場所で。


そこには、ダイス・アーヴァインと呼ばれる少年がいた。

魔物や魔精霊と契約し共に在るという、『従霊道士』の卵が身につけると言う萌黄色のローブを身にまとった、緩くウェーヴのかかった、烏の濡れ羽色の長い黒髪が特徴の人物。


カズほどではないが、少年であると主張されなければ少女と見まごう……深窓の令嬢の如き雰囲気で、今も多くの魔物が溢れているだろう部屋の外を眺めていた。 



外の様子を気にしているようで、どこか違う世界を捜し求めているようにも見えるその瞳は、吸い込まれるような漆黒。

深遠を映し出さんとするそれは、しかしこの世界においては希少な色とされていて。


同じ瞳の色を持つマーサーは。

この世界に二つとないことに気づいているのかいないのか。

少なくとも、お揃いだと無邪気に笑う彼の存在に、少なからずダイスが救われていたのは確かであろう。

 



しかし、そんな瞳も今は、影を落としていた。

 



「……」


ダイスは先ほどあった出来事を思い出す。

今回の魔物の襲撃が起き始めてすぐに、ダイスは外に出て行った。


ユーミール大陸はダイスの故郷があるところであり、そこからやって来たという魔物、魔精霊たちに会う腹積もりだったからだ。


それはもちろん、動物や魔物、魔精霊たちと心を通わすことができる『従霊導士』の力で、一体今なにがこのユーライジア・スクールに起こっているのか、

聞いてみたいと思っていたからだ。

 


しかし、そんなことは叶うべくないことを外に出て思い知る。

その魔物たちの中には学校のすぐ近くを住処とする顔見知りもいたが、彼らの瞳はダイスを移すことはなかった。


誰もが、悲しみと怒りをたたえた暴力的な瞳をしており、話をしようとした無抵抗のダイスを襲ったからだ。


何故怒っているのか、悲しんでいるのかも分からないままにダイスは気がつくと、『家庭科室』に宛てがわれたベッドの上にいた。



確かに、いろいろな生き物が混在するこの世界だから。

誰が悪くて、悪くないなんて事は意味を成さないことなのかもしれない。


ただ、何一つ知らないままで強者となり、弱いものを蹂躙することに、ダイスは極度の恐怖を覚えていた。



その恐怖は、ダイスが生まれてきて幾度となく味わった弱者の恐怖ではなく、強者の恐怖だった。


ダイスは、自分自身を恐れていたのだ。

それはいい意味でも悪い意味でも彼が、慈愛の心を持っていた、と言う事もあるだろうが。


ダイスが恐れるのは、人も魔物も魔精霊すらも破壊しうるそのからだそのものと言えた。

 


それは、ダイス本人とほんのひと握りの友人だけが知っている秘密につながっている。

今の今までこのような身に余る才能溢れる自分ではなかったからこそ。

余計に目に見える現実……自分自身にすら怯えることとなったのだ。



―――できることなら誰も傷つけたくない。



それがダイスの理想で。

本音を言えば、このコントロールできないからだから逃げ出したいと思っている。


そんな秘密を知っている唯一の友人が、そんなダイスのために動き回ってくれていなければ。

とっくの間にそのような本心に従って行動していたはずで。



そんな鬱屈した心境の中。

体は回復したものの引きこもったままでいるダイスのもとに、ユートがやってくる。

ダイスのそんな内心など知る由もなく、ユートは真に迫った様子で告げてきた。



『職員室』の皆が石化の魔法かあるいは能力に襲われ、その場にいたほとんどの人物が動けないでいることを。

ユートは当然スクールの中でも音に聞く強者であるダイスに助けを請う。


しかし、そのユートの期待すらもダイスには自分自身の恐怖としか映らなかった。

故にダイスはユートに一言こぼす。

 


「ごめん。僕は手伝えない……」

 

と。

 





(ユート君には悪いことをしちゃったよね……)

 

理由も言わずに先生方の指示に従おうとしない自分をどう思っただろうか。

こちらに非があることも知らず、悩んで困るのだろう。

ダイスはそう考え、ますますいたたまれない気持ちになった。

こうなると、更なる深みにはまっていくばかりだ。

 


そんな風に沈んでいると。

不意に、部屋の外が騒がしくなってくる。

ついに、魔物たちがここまでやって来たのかとダイスは一瞬思ったが、その考えはすぐに打ち消される。

それは、いつもダイスのそばにある暖かい騒がしさだったからだ。

 



「たくよー、酷い目にあったぜ」

「ガイア・ドラゴンヘッドの巣ですもんね。あれは中々に厄介でした」

「ぬおおーっ。オレ様の十八番が効かぬとはッ」

「これで、ドラゴンの巣に突っ込んだの三度目だって? こりゃもう才能だな」

「えぇっ!? ひょっとして、僕のせいになっちゃうの?」



こんな事態になってもまったく変わらないその雰囲気に。

ダイスは何故だか少しだけ救われたような気がして……。



     (第24話につづく) 








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