第22話、心の底から、真に愛しいと思える人はどこに




これからの話題を示唆するかのように、重苦しい沈黙の中。

タカはケイとユートの対面に座し、話し始めるタイミングを伺っているようだった。


しかし冒険めいた反攻の準備を任せきりな以上、時間がないのも確かで。

ややあって、タカは口を開く。

 


「……二人は、エフィさんの病状についてはご存知ですか?」

「原因不明の難病、なんですよね?」

「確か、オレ様の故郷では『神が愛せし病』、とか言われていたようだが」

「そうですね、正確な原因が分かっておらず、特効薬も無く、著しく患者の抵抗力を減退させ、様々な病状を引き起こしやがてその合併症から死をもたらす病気です。昔の人々はがその成す術のない病気を畏怖し、『神がその存在を自らの元へと欲している』と考えたところからつけられた名のようですが」

「でも、今は【光(セザール)】を元とした治療魔法などで、その患者の抵抗力や回復力を上げることができるから、それほどの病気ではなくなったんですよね?」


ユートの、エフィのことだからとよく勉強しているらしい言葉にタカはその通りですが、と頷いて。


 

「確かに、ユートの言う通りではあるのですが。それは根本では何も解決していないのと同義です。ただ病魔の侵攻を抑えているにすぎませんからね」


どこか悔しさを湛えて、そう答える。

それは、前々から分かっていたことでもあって。

ケイは敢えてそんな話題を上げる意味を理解し、苦みばしった表情を浮かべて頭をかく。

 


「つまり、今その話題を持ってくるってことは何か問題が発生したのか?」

「はい、今まで魔法の力により、なりを潜めているように見えた病魔なのですが、今回のギャンザーシザーの一件により力を増してきていることが分かったんです」

 

『ギャンザーシザー』の攻撃は微弱な振動と音により物質に影響を与える、【風(ヴァーレスト)】魔法に分類される、『音(サウンド)』系魔法に近いものだったらしく。

それを受けたエフィを守るためにと、かけられていた魔法がそちらに対応したために、その隙を突いて病魔が侵攻を開始したということで。

 


「今、再び強化した魔法を施したためなんとかなっていますが、このまま続けていると、その魔法でさえも許容範囲を超え、逆に傷つけてしまうことになるやもしれません」


そのタカの言葉に、場の空気がいっそう重くなる。


「先輩、エフィさんは……」


ユートが最後まで言い終えるよりも早く、その意を汲んだのかタカが続ける。

 


「このまま侵攻とともに魔法の力を上げていった場合、それに耐えられるのはもって一年。いえ、それよりもっと短いかもしれません。……ただ、他にまるきり手がないわけでもないんですがね」


自嘲的な笑みを浮かべるタカに、ケイは訝しみながら問うた。

 

「その手とは、一体なんなのだ?」

「……今まで私はこの学校の移動装置にも使われている魔道機械、『虹泉(トラベルゲート)』の開発を手伝う傍ら、それを更に発展させて、ここではないどこか……つまり異世界へとつなぐ扉について研究していました。その結果、ようやくその扉を開く魔法を創り出したんです。これを使って未知の世界の医療にかけることができればあるいは」

 「エフィさんの病気が治るんですね!」


タカの言葉を聞いて顔を綻ばせるユートに対し、ケイはいっそう顔を顰めて。


「それを分かっていてタカともあろう者がそれを実行に移していないということは、何か欠陥でもあるのか?」

「察しがいいですね。そうです。この魔法はかけられた対象を異世界に引き込むものなのですが、一度引き込まれたら連絡の取りようもないし、どこへ行くのか、また帰ってこられるかも分からないんです」

 

言葉を無くす二人にタカは続ける。

 


「これは、一種の賭けといってもいいでしょう。ただエフィさんをこのままにしておくよりはいい、それだけのことなんです。さらに、いつ悪化するかも分からないし、その分の悪い賭けに付き添わないとならない人物が必要です。それは、それこそエフィさんに人生を預けるほどの覚悟が必要でしょう」



そしてそれこそが、タカがケイとユートに伝えたいことであった。

 

「本来ならば、これは、私自身の責任であり、するべきことなのですが」


その言葉にユートは一つのことを思い出す。

その魔法はもともとタカが個人的な事情により研究していたものなのだ。



―――忽然と姿を消してしまったもう一人の幼馴染を探すために。

 



「情けないことに私には、その資格もないんです。いや、これは偽善か。そういって体よく人に押し付けて後で甘い汁を吸おうとしているだけ……」


実験みたいなもの、とタカは自虐的に笑った。 

 


「……」

「僕は……」


ケイはただただ黙し、ユートは唇を噛み締める。

 

「もし、お二人にエフィさんを助けたいという決心がついたのなら、またこの話をしましょう。どちらにしろ、今はこの学校の状況をどうにかしないと始まらないんですけどね」

「先輩……」


何かを決意したような顔つきのユートにタカは顔を向ける。

 

「自分を責めないでください。事情はわかっているつもりですから」

「ありがとう。そう言っていただけると、救われます」


そう言ってタカは微笑むと部屋を出て行った。


ケイは、そんな二人を見ながら考える。



―――自分の人生を捧げるような。



そう聞いて真っ先にケイが思い浮かべたのは。

申し訳なくも、エフィの顔でなかったのは確かで……。



    (第23話につづく)







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