第20話、プリズム、そもそもが相反する属性の稀有な生まれ
「いでででっ!?」
マーサー達三人が、『保健室』のごく近くに差し掛かった頃合である。
音に関するものに対しては一家言ある……いち早く反応せざるを得なかったマーサーは思わずそんな声を上げ、耳を押さえた。
「おぉ、マーサー。いくらその声色に神秘が宿っているとはいえ、いたずらに奇声をあげたのならばいささか奇異に映るぞ」
「って急に奇声上げんのはケイ、おめぇだろうがよ」
ケイのしゃちほこばった言葉にカズは敢えての蓮っ葉にすぎるツッコミを返す。
何だかんだで二人ってウマが合いそうだよねぇなんて思いつつ、マーサーは耳の痛みがすぐに止んだことで言葉を返した。
「ち、違うって。何だか変な音がして、耳が痛くなったんだよ」
「音? 音なんてなにも……」
瞬間、近くでものすごい地響きがした。
「保健室の方だっ。民(みんな)が英雄(オレ様)を待っているッ!」
「お、おい待てっ」
勇んで走っていったケイをカズは慌てて追いかける。
「うわっ、ちょっと待って! 二人ともはやっ」
その後を、よろめきつつもマーサーが追随していって……。
主役は遅れたやってくるとは言うけれど。
そんなタマではないのでへいこらこっそりマーサーが何とか『保健室』まで辿り着くと。
その場は一種の異様な静けさに包まれていた。
先に行っていたケイもカズも入り口のところで微動だにしていない。
「どうし……」
そこまで言いかけて、マーサーは息を飲む。
二人の表情に気づいたからだ。
それは驚き、あるいは恐怖と呼べるもの。
改めて、マーサーは二人の凝視している方を見やる。
紅く透明に輝く結晶。
かなりの大きさのそれが、長身金髪法衣姿の少年……タカを中心に広がっている。
それが、もとは何であったのか分からなかったマーサーは、むしろその光景が美しいものに見えたが。
「何故……?」
耳の良いマーサーでなければ拾うことができなかったであろう呟き。
それは、誰に向かって発せられた言葉だったのだろう?
自分自身か、それとも。
マーサーがそんなことを考えていると。
呆然としていたツンツン髪バンダナ少年……トールは、慌ててタカに駆け寄り、肩をゆさぶった。
「おいっ、タカ、しっかりしろ!」
トールがいつもより大きな声で呼びかけると、それまで虚ろだったタカは、はっとなってあたりを見回す。
「……カズ、ケイ。それにマーサーも! ちょうど良かった。詳しいことは後で話しますから、今はとりあえず、怪我人を!」
タカにそう言われてマーサーは、近くでうずくまっている見覚えのある少女たちに気づき急いで駆け寄る。
「シュン、大丈夫!?」
シュンはマーサーに支えられながら立ち上がりそれに答える。
「あ……、ぼくは平気。ちょっと耳が痛いだけだから。それより、エフィちゃんを」
「……っ」
持病が悪化したのか荒い息をして倒れたままでいる桜色おさげ髪の少女、エフィの容態を見ようと近づいたマーサーであったが、それをケイにやんわりと遮られる。
そんなケイの意図に気づいて(本人曰く、名ばかりとの事だが、ケイとエフィはなんと許婚同士なのだ)マーサーは、まだボーっとしている金髪碧眼少女、マリアに声をかけた。
「マリアさんは大丈夫?」
「あ、マーサー先輩。私は大丈夫です。ちょっと、びっくりしただけで」
「そう、良かった」
とりあえず、マーサーはシュンに連れ立って、マリアとともに部屋の方へ歩き出す。
「然と気を持つのだ、この俺様が特別に部屋まで運ぶとしよう」
そういってケイは、エフィを慣れた様子で優しく抱きかかえる。
「うう、ユートさん……」
「ふっ。真に愛すべき者でなくて申し訳なかったな」
苦しげにそう呻くエフィを見て、ケイは思わず苦笑する。
彼らは、確かに許婚同士であったが、それは所詮親の決めたことであり、それを、強制することなく互いに付き合っていた。
どちらかが違う人を好きになったとしてもそれは当然ことだったのだ。
ケイ自身、多くの女性と浮名を流したいタイプであったし、そもそも彼女には心に決めた人がいる。
「うわ、しゅら……もががっ」
「余計なことは言わないの。マリアさんも行こう」
いまだに紅い結晶を見つめていたマリアと、言葉半ばに思ったよりも大きいマーサーの手のひらに顔を覆われたシュンを連れて。
ケイとともに治療のための部屋へと入っていくマーサー。
その場には、はっと我に返るや否や破魔の護符を修復しているタカと、それを手伝っているカズ、トールが残る。
とは言っても、それは元々タカの作ったものであり。
すぐに暇を持て余してしまったカズは、ひょっとしたら金になるかもなんて考えつつ、赤い結晶を物色し始めた。
しかし、カズが少し触れただけで、それはぐずぐずと崩れ始め、粉のようになって消えてしまう。
「【光(セザール)】と【闇(エクゼリオ)】の合成魔法、【アンチマジック・ディスカード】か。けっ、相変わらずの規格外やろーめ」
黙々と修復作業を続けるタカの後ろ姿を見ながら、カズはそう嘯く。
カズの脳裏に先ほどの出来事が頭から離れない。
それは、刹那の出来事だった。
タカの体から凶悪なほどの質量を持った魔力が迸ったと思うと。
闇滲む紅色の魔力が二匹のギャンザーシザーを包み込み、彼らの存在意義を奪うかのように生あるものから無に変えてしまったのだ。
「ただでさえ反属性なんだ、箍(たが)が外れてなくちゃそもそも使えない。……無茶しやがって」
「はは。久しぶりに聞いたな、カズの薀蓄っぽいセリフ」
「……ほっとけ。どうせ似合わんよ」
無茶しいなタカに対しては特段気にした様子もなく、ヘラヘラした様子のトールに対して不満な気持ちがありつつも。
それほどまでにお互いが分かりあっているからこそのような気もして。
内心ではそのことに少なからず羨ましい気持ちが湧き立っていた。
それは、一見分かり合えているようでいてその心うちが全く見えないもうひとりの腐れ縁な存在があったからだろう。
故にいつものようにそんな言葉を返すも。
その場は、緊急の状況独特の、重苦しい空気が支配したままで……。
(第21話につづく)
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