第19話、my sweet heart、たとえどんな風に変わり果てようとも
タカ・セザールが『保健室』の外に出ると。
ハサミだけでも人より大きいであろう巨大な人面ガニが三匹、今まさに拠点となる各部屋周りに張られている、セザール家御用達のマジックアイテム、『破魔の護符』によって作られているはずの結界を破って入ってきたところだった。
どうやらトールただ逃げ出したのではなく。
その結界が破られそうであったことに感づいていたのだろう。
もう既に、そのうちの一体とトールは向かい合っていた。
「おいタカっ! このデカイカニは……」
「ギャンザーシザーですっ! 右のハサミの射程範囲に気をつけてくださいっ」
振り返らないままに叫んだトールにそんな言葉を返してタカは、懐から仕込み錫杖を取り出し、もう一体のギャンザーシザーとの間を詰める。
「了解!」
トールはタカの言葉に頷き、射程範囲ギリギリにまで近づくと、その不快な顔面に持っていた銅製のロングソードを振り下ろした。
「うおっ、硬えぇ! 一発かよぉ!? 」
しかし、甲羅どころか、顔もかなりの硬度を持っているらしい。
たったの一太刀であっさり折れてしまった、常に携帯していた練習用のロングソードを放り投げつつ。
それでも衝撃はあったのか、怒りの咆哮をあげるギャンザーシザーからトールは慌てて間合いを取ったが。
そのトール目掛けて巨大なハサミが伸び上がるようにして振り下ろされる。
「【ウイン・ブラスト!】っ!」
しかし、根元から折れたのはギャンザーシザーのハサミだった。
タカが、ギャンザーシザーのハサミの根元に鎌鼬のような鋭い切れ味を持つ、【風(ヴァーレスト)】の……御名すら掠らない、スピード特化の魔法を叩き込んだからだ。
「今ですっ!」
「【ガイゼ・ヴォルト】ッ!」
タカが声を上げるとほぼ同時にトールの手のひらから、投網のように広がっていく雷が迸る。
同じく威力を上げるための詠唱は省略して発動を早めているが。
【雷(ガイゼル)】の御名に触れている中級魔法である。
長年培ってきたのだろう、二人のコンビネーションに流石の巨体も成す術なくその場に沈み行く。
タカを追ってきていたマリアたちも、黙って見ているしかないほどにあっさりと。
「助かったぜ。相変わらず良く切れるなあ」
「ふふ、そうですか。トールの雷魔法もいい感じでしたよ」
二人で不敵な笑みを浮かべつつ、残りの二体に対し構える。
どうやって『破魔の護符』による結界を破ったのかはまだ分からないが。
とにかく他の魔物たちが入ってくる前に残り二体を倒し、結界を張り直さないといけない。
「「キシャアアアアアアアアッ!」」
と、そこで残った二体のギャンザーシザーは共鳴するかのように不快な音波を発した。
途端に、タカたちを包み込むように圧迫感が生まれて。
「これが、破魔の護符を破った力?」
「うおっ? 何だ、体が急に重く……」
二人は互いに顔をしかめる。
しかし、すぐ後ろにやって来ていた皆はそれだけではすまないようであった。
「あうっ」
「シュンちゃん? だいじょ……うっ……ゴホッ」
シュンは急に耳を押さえてへたり込み、エフィは咳込み崩折れる。
「マリアさんっ、二人を早く中へっ!」
「は、はいっ」
二人に比べ、影響が少なかったというか、平気そうにしていたマリアに、タカは叫ぶが。
まるでその隙を狙っていたかのように間髪を置かず予期せぬ事が起こった。
ギャンザーシザーの一匹がその足を使って跳躍したのだ。
「まずいっ」
重い地響きがしてトールが叫んだ時には。
驚いて動けないでいるマリアたちの前に立ち塞がり、その巨大なハサミを振りかぶっていて……。
SIDE:???
少年は疲れ果てていた。
一日中歩き回って、倒れこむようにその日を終える。
思えば、父に対してこれほど怒りを覚えたのは初めてだったかも知れない。
冷静になれば、父はいつでも正しいことは分かっていたはずなのに。
ならば、どうしてそれに気づかなかったのか。
そんな馬鹿げた自問自答に少年は自嘲的な笑みを漏らす。
―――そんなこと、決まっているじゃないか!
少年はいつでも『その事』に於いては冷静でいられなかったからだ。
仰向けに向き直り、ボーっと自室を見つめていると。
自分の机の物入れに、立てかけるようにして置いてある奇妙な物体に気がついた。
少年はがばっと起き上がり、それを掴み取る。
それは、猫が胡坐をかいて座っているという変わった人形だった。
といっても、それは少年お手製の物だったのだが。
―――持ち主の願いを叶えてくれるという人形。
年がそれをまじまじと見ていると。
その人形に張り付いていたのか小さな紙切れがはらりと落ちた。
少年は、おもむろにその紙を見やる。
そこには立った一言。
『最後のお願いはあなたに返すことにします』
と、書かれていた。
―――この人形は三つの願いを叶えることができる。
そう決まっていた。
つまり、最後の三つ目は好きに使うことができるのだ。
その文字を見た途端、今までのことが吹っ切れたように少年は大声で笑い出した。
いや、ひょっとしたら泣いているのかもしれない。
それほどまでに、その笑い声は悲痛だった。
―――そんなこと、決まっているじゃないか!!
少年が、どんな願いを叶えるかなんて。
これを書いた本人が一番良く知っていることだろう。
そしてそれを望んでいるはずだ。
それから、少年は変わっていった。
それは、儚いほどに強く。
(第20話につづく)
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