第17話、掌、元より一つでないことを知っているからこそ、惑う





―――その頃、『保健室』。

 



「おかしいですね。誰も出ません」


ユーライジア・スクール、現生徒会長にして世界の英雄、『ステューデンツ』に最も近いとされる……海色が美しく映えたセンスのいい魔法の法衣を纏った銀髪白眉の少年、タカ・セザールは。

深い溜息をついて、通信の受話器を下ろし、向き直る。

 


「どうしたんだ? ユートのやつ、忘れてんのか?」

「ユートくんはそういうタイプじゃないと思うんだけど」


思っていた以上に深刻なタカのセリフに、僅かに赤みがかった黒髪を無造作に上げてカラフルなバンダナにまとめた物語の主人公……勇者を想起させる熱血漢な少年、トール・ガイゼルと。

空色の珍しい髪をゆるふわに流した、元気いっぱいなボーイッシュ少女、シュン・ヴァーレストは共に答える。

 


そんな二人を含めて。

ここ、保健室は生徒会長のタカのもと、多くの人々が避難してきていた。


ユーミールから襲来して来ているらしいの魔物の被害は、スクール下の町にも広まり、その町民たちもその中に含まれている。


保健室というからには怪我人や病人の治療が必要だということで、その生徒代表にタカがあげられた。

それは、彼がもっとも得意とするものが万物を癒す治療系の魔法であったためだろう。


それに加え、ユーライジアの姉妹校ラルシータスクールの精鋭であるセザール家は。この危機的状況のもと、各地に散らばり奮闘……活躍していた。

先ほどの名前の上がったユート、ユートピオ・セザールもその一人で。

今頃は『職員室』に詰めて、『保健室』にいるタカと綿密に連絡を取り合う手はずになっていたのだが……。

 

そんな事をタカが考え込んでいると。

ふと、ノックの音がして、タカたちが返事をするのとほぼ同時くらいの気のおけなさで、そこから二人の少女が現れた。

 


「うぉわっ!? 急に入ってくんなって、勘弁っ」


彼女らが何か言葉を発するより早く。

奇声をあげたトールはびくびくしながら彼女らを避けるようにして転がりながら部屋を出て行ってしまう。

 

「もうっ。 トール先輩ったら酷いんだ。こんな美少女が二人も来たってのにぃ」

「あのっ、その……ごめんなさい。トール先輩」

 


まるで対照的な二人に、タカは苦笑する。

現れたのは、二人ともタカの身内のような存在、セザールの名を持つセザール家に籍を持つ少女たちであった。



初めに敢えての溌剌さを余すことなく持ち出しつつ言葉を発したのは、マリア・セザール。

ボリュームたっぷりなロングの金髪、深海の色に近しい碧眼。

紫を基調とした派手なフリフリのドレスは黙っていれば静謐なドールを思わせる。


しかしそれはあくまでも大人しくしていた場合で。

おしゃべり好きであることに加えて、その表情は生き生きとしており見るものを惹きつけた。


と言いますか、タカにしてみれば少し前に、転がり込むようにラルシータスクール(ユーライジアスクールの姉妹校で、タカの実家)へやってきてからというもの、本人から語られない限り口にはすることはないが、どうあがいてもタカにとってみれば気になって気になって仕方のない存在であることは確かで。 



もう一人はエフィ・セザール。

桜色のつやつやとしたウェーブのかかった髪にアメジストの瞳。

見た目はそれこそ桜の精のようであったが、生来の大人しい性格と病弱なところが儚さを思わせる。


彼女の方は、マリアと違い出自ははっきりしている。

ユーライジア大陸の遥か西方、サントスール地方から病弱な身体をリハビリを兼ねて治していくためにラルシータスクールに……治癒魔法諸々に長けたセザール家に身を寄せていて。


セザール家の治療班筆頭である、ユートピオ・セザールと良い仲であるのは最早公然の事実であった。




「まあ、トールのことは大目に見てやってください。彼のは無意識な行動ですからね」

「でも、今までぼくがそばにいたのに……」


ちょっとむっとしたようにシュンが拗ねる。

彼女の存在を忘れていたわけではないが、その言葉にタカはさらに苦笑して。

 


「実はあれでも、大分我慢してたんですよ。マーサーの妹さんだからまだ平気だっただけで」

「むぅ。お兄ちゃんの名前を挙げられると複雑だなぁ。納得せざるを得ないというか」

「で、でも、トール先輩に悪いことしてしまいました。急に押しかけてしまって」

「うーん。気持ちはわからなくもないですけどぉ。それこそリハビリが必要って言うかぁ。少しづつ慣れていくべきだとは思うんですけどねぇ」


どうせ、急に押しかけてきたのはマリアの方で。

エフィはそんなマリアに無理くり引っ張られてきたのだろうが、それでも気になるらしく申し訳なさそうにそう言う。


タカはその言葉に少し顔を伏せた。

マリアはマリアで、ある程度そんなトールの事情も知っている上での敢えての行動だったようだが。



トールは女性恐怖症なのだ。それも重度の。

心因性のもので、その根本を癒してあげない限り、治ることはないだろう。


タカは、治癒士だけでなく魔法医としての資格も持っているので、トールはエフィ(一応マリアも)と同じように、タカの患者の一人ということになっている。


エフィは生来の病弱さ(どうもサントスール地方に伝わる呪いに関係しているらしい)、マリアは記憶喪失(あくまで彼女の弁ではあるが、彼女がそう主張するのならばタカははいそうですねと頷くしかなくて)といった問題を抱えている。



タカの最近の悩みは、どうやってそんな三人の問題を早急に解決するかだった。

それと同時に今回のような非常事態の時の手伝いをお願いしてはいるが。


何だか此度のユーライジアにおける魔法と魔物と魔精霊の絡んだ『事件』は長引きそうな予感がしていたので。

後々に持ち越すのはやっぱり心苦しいなぁ、なんてタカは思っていた事をここに記しておく。



     (第18話につづく)






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