第16話、Gaia、優しい王子様と、首ったけ姫様とモブ




「なんだよ、ルッキーのやつ。せっかちだなあ。せっかく会えたっていうのに」  


さっきしたばかりの脅迫めいた、ルッキーにとってみれば一番効くであろう台詞をカズがのたまったことなど知る由もなく。

出会えたと思ったら、あっという間にいなくなってしまったルッキーにぶうとふてくされるマーサー。


あまりにあざとすぎるその様子に、密かに勉強になるなと思いつつも。

やっぱりろくに視線を合わせぬまま、おざなりに反応するカズ。



「ああ、さっきヒロが泣いて心配してるって脅してやったからな。焦ってるんだろ?」

「うわ、カズひどいよ。ルッキーヒロのこと大好きなんだから」

「はは、まあな」


本当に、その通りだな。

その言葉をカズは飲み込み、マーサーを促した。

 


「それじゃ、オレらも行くか。さっさとお勤め済ましちまおうぜ」

「うん、そうだね。行こうか」


マーサーは頷くと、いつものようにさっさと先に行ってしまうカズを。

苦笑しながら追いかけていく……。



 





―――そして、『事件』は起きる。


ユーライジアスクール……『第一職員室』。

そこには、いったい何人の人々がいるのだろう?

街中の雑踏めいた混雑の中、『保健室』と『職員室』を結ぶ通信のベルが鳴った。


しかし、誰一人としてそれに気づき、それに反応して、出ようとするものはいなかった。


薄い灰色に染められた、触れよとばかりにお互いが近い、だけど視線すら合わせようとしない、合わない人の群れ。


それでも、皆の注意を促すように。

叶わない努力をいつまでもするみたいに。

通信のベル音だけが、虚しく鳴り響いていて……。






         ※      ※      ※





『保健室』まであと少しという所の、完全にフィールドと化した場所。




「フフフ。心の友よ。このオレ様に一生感謝するのだぞ」


そこに、実に野にそぐわない、いばりくさっているようでいてその実そうではない、高貴なる声が妙に辺りに響き渡る。



「うん、ありがとう。助かったよ」

「はいはい。分かったからそのへっぽこ貴族みたいなしゃべり方やめろ」


マーサーは素で、カズは呆れたように言葉を返す。

本当に高貴なる者であったのならば……事実そうなのだが、そんな事を言われればお冠となってもおかしくないわけだが。


そんな彼は心が広く、尚且つ婦女子子供には優しいので、特段気にした風もなくうむうむと胸を反らし笑みを浮かべていた。

むしろ、彼のそんな心内の余裕さを知ったのならばカズの方がきっと怒り出すくらいで。



「しかし、いきなりドラゴンの巣に正面から入り込むとは、流石というべきなのかな?」


ふぁさっと翠緑の髪をかきあげつつ。

そんな余計な波風を立てるまいと。

怪盗のような服をはためかせながらケイ・ガイアットは言った。 


髪の色と同じエメラルドグリーンの瞳は、言葉からにじみ出るような彼の高貴さを良く表している。


ケイは中等部(セントレア・クラス)からの入学であったが。

それ以前からの顔なじみであり、カズがそんな軽めの口調でやりとりできるくらいにはマーサーたちととても仲が良かった。


そんな彼が偉そうなのは目立ちたいからのキャラ作り、と言うだけではない。

スクールの成績不動のナンバー2にしてユーライジア随一のフェミニスト。

中途入学にしてトップのタカ・セザールを脅かす存在として皆にその名を知られている。

 

当然その実力は推して知るべしで。

今現在、三人の目の前には大きく地面を抉り隔てるように一本の深い亀裂が走っていた。


それはケイの得意魔法、【地(ガイアット)】属性に類するものの一つ、【アース・プレデター】と呼ばれるものによる影響である。


地の根源、ガイアットの力を借りて、主に地面に関連するものに影響を及ぼすことのできる魔法で。

大地の捕食者とも言われるそれは、指定された場所に口蓋つきの落とし穴を生み出すことができる。


ついさっきまでは、その場にはマーサーを美味しい餌、ターゲットにされてしまったのか。

ここいらでは早々お目にかかれないはずの、色々様々なドラゴンたちが群れをなして待ち構えていたのだ。



いつの間にそんな事になってしまったのか。

はじまりの一撃を受けてもけろりとしていたからなのか。

初対面対初モンスターで戦わずして逃げ出していたのが空気を読めない的にまずかったのか。

【水(ウルガヴ)】の幼きドラゴンとの邂逅が何かを狂わせたのか。


答えは出なかったが。

太陽線のお墨付きもあって。

ステータスに幸運値があるとすれば存外高い方であると自負しているマーサーである。


たぶんきっと、マーサーが何もしなくともどう考えても物語の最強ヒロ……じゃなかった、主人公な可愛いに過ぎるカズが鎧袖一触で倒すどころか、その存在感にやられて軍門に下るくらいの展開はあったかもしれないが。


それよりも早く、お調子者でナンパ者なポジションだけどやるときはやるやっぱり主人公属性抜群なケイが。

ここはオレ様の出番だとでも言わんばかりに大地のあざとを呼び出す魔法を発動したので。

今頃ドラゴンたちは地面深くの腹の中であろう。

 

確かにみんなして話が通じそうなタイプではなかったけれど。

まだ紹介していない、仲のいい友達の一人にして、ザ、王子サマなケイが一番気にかけている彼、あるいは彼女がもしここにいたのならば。


このような展開になる前に、やっぱりみんなして彼の軍門に下ってしまう展開もあったかもしれないなぁ、なんてマーサーは一人ごちつつ。



「いやあ、保健室に行くにはこの道が近道かなあと思ってさ」


頭をかきながら、誤魔化しにもなっていないセリフをケイに向ける。

 

「全く、いきなり現れてでしゃばるなよな」

「いやいや、オレ様みたいなヒーローは、こう、格好よく登場しないとな」

「べつにかっこよくなんかねぇし。むしろオレの活躍の場を消し去ってくれてどういうつもりだってところか?」

 「相変わらずカズはつれないねぇ。つれるのはどこぞの彼だけってか?」

 「う、ううっせぇよ!」


相変わらずのケイに、カズはその身に秘めし属性が表に出てきてしまったかのようにお怒りのポーズ。


そのまま追いかけっこと言う名の戯れ合いをしているのを見ても、なんだかんだ言ってもケイとカズはウマが合うらしい。


それに微笑ましいものを覚えつつも。

もやっとするのを振り払うようにして、マーサーは本題に入る。

 

「ところで、ケイも先生たちに呼ばれたの?」

「ああ、やはりオレ様のような英雄の力は必要不可欠だからな」

「んじゃ。早く行こうぜ『保健室』。あんまりのんびりしてると遅刻だーって先生たちの声が聞こえてきそうだ」


すると、本気で炎滾らせてケイに折檻せんとしていたことなどなかったかのように。

あっさりカズは踵返し魔力を引っ込めて。

再び先頭を駆け出していって……。



     (第17話につづく)






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