第15話、歌に願いを、鼻歌に郷愁を



「しっかし、今回の襲撃者? 敵さん気合入ってんなぁ。あんな人型のやつら……狂信者の成れの果てってやつか? まで出ばって来るなんて」

「比較的ここいらは人同士の諍いはないイメージなんだけどなぁ。どこにでも悪そうなやつはいるもんだ……んっ?」

「どうした?」


今までより、いささか緊張さを増した様子のルッキーに、思わず尋ねるカズ。



「またしても何か来るぞ。スピードはそれほどでもないが……」

「ほうほう? 今までのやつらより手ごたえがありそうじゃないの」


そうカズは言ったものの、内心焦りを隠さずにはいられなかった。

その何かはあふれる魔力を隠そうともせず、放出し続けているのだ。

 


「お、おいこれって!?」


しかしすぐにルッキーは大声を上げた後。

何故か泣き笑いのような複雑な表情をした。

その真意をルッキーに聞き出すよりも早く。

カズ自身もその魔力とその正体に気づかされる。

 


―――歌声だ。

 

一見すると、女性なのか男性なのかも判断がつかない、超然とした声色。

この世界には、【風(ヴァーレスト)】属性から派生した、『音系(サウンド)』魔法と呼ばれるものがあるが。


かなりの広範囲にわたって魔力の波を生むそれは。

しかし何らかの魔法効果があるようには思えなかったが。


それでも敢えて言い表すのならば。

それは深く深く郷愁を呼び起こすかのような、この場に似つかわしくないゆったりとした旋律で。



現に二人は昔を思い出していた。

それは喜びだろうか。

だとしたら恐ろしいほどの感情の波だった。

我を忘れてしまいそうなその波にカズとルッキーは溺れかけそうになって。



ふいにその歌声がやんだ。


どうやらこちらに気づいたらしい。

急激に気配が小さくなってゆく。

しかしどうしてもその気配を消しきれないのか、二人からは死角になる柱の影に隠れているのは明白だった。



「おい、そこに隠れてるの、出てこい。焼かれたくねーならな」


我に返ったカズは、その相手が誰なのか確信を抱いているようでいて、やっぱり持てないままに、そう声をかけた。

……すると。

  

 

「あれ? その声はカズ?」

「……っ」


かと思ったら、ある意味で予想していたものの声。

であるのにも関わらず。

カズは何かに耐えるように俯き、ルッキーは声を失う。



そして。

そこから出てきたのは。

ホシナやカズキに頼まれて出発したばかりのはずのマーサーであった。

 

 

「あれっ?」

「……ふう」

 

カズは心底驚いたようにそう呟き、ルッキーは安堵の溜息を漏らす。

そんな二人に気づいた様子もなく、へらりと笑みを浮かべてマーサーは近寄ってくる。

 


「よかった、ルッキーも一緒なんだね。探す手間が省けたよ」

「なんだよマーサー、今歌ってなかったか?」

「うん。景気付けにね。魔物除けにもなるし」

「恥ずかしい奴だな」

「いや、そう思ったから今止めたんだけどね」


カズとマーサーは、ここで会えたのが当然とばかりに笑いあう。

ルッキーはルッキーで、相変わらずマーサーに対してはぞんざいではあるが、それでもやっぱり嬉しそうなのは確かで。

 


「ここにいるということは、マーサーも先生方に呼ばれたってことだよな?」

「うん、そういうことになるかな?」


ホシナとカズキに言われるがままに向かっただけで、モブな自分にも先生方が本当に声をかけたのかは甚だ疑問ではあるけれど。

なんて、モブキャラムーブただ漏れでマーサーは曖昧に頷きつつ。

そう言えばと、改めてルッキーに向き直る。

 

「そう言えばルッキー、何かあったの? ヒロ……カズキたちの元を離れるなんてさ」

「いや。単にこの無自覚極み姫サマが気になっただけさ。……それよりもマーサーこそ、何か変わったこと無かったか?」

 

そんなルッキーの言葉にそれってどこの誰のことだよと首を傾げつつも、改めてマーサーを見やることでカズも気づく。

三日前の登校時に比べて、どうみても明らかにマーサーは違っていた。

一言で言えば戦うための力が急激に上がっているようなのだ。

まるで今回のこの出来事に合わせるかのように。

 

 

「ああ、何か空の星……スターになれるって、ホシナいいんちょが言ってた手相なら出てきたけど」

「スターって、ええと、古代語で星々……無敵だったっけか?」

「そうだったらいいのにねぇ」


そんなカズとマーサーのいつも通りなゆるい会話も。

いつも通りであるからこそ、横に流しつつルッキーは考えこみながらも、呟く。

 


「……それほどの、緊急事態ってことなのか?」

「え? 何だって?」


ルッキーとしては独り言のつもりではあったのだが。

案の定耳まで地獄……地獄耳なマーサーは耳ざとくルッキーの言葉に首を傾げるが。



「お前だって分かっているんだろう? さっきのは間違いなく……」

「やめろ。それじゃあまるでっ」


マーサーの反芻を半ばスルーする形で。

その変わりにカズとルッキーは何かを言いかけ争いかけて、互いに口をつぐむ。


 

「……?」


マーサーは状況が分からないよ、僕だけ仲間外れにしないでおくれよとばかりに、そんな二人を互いに見やる。


それは、実に純に粋な、男にしては大きに過ぎる瞳で。

目があったら魅入られてもっていかれてしまうとばかりに。

カズもルッキーも、そんなマーサーを極力直視しないようにしつつ、やり取りを続ける。



「……とりあえず、オレは宿直室に戻るぜ」

「一人で大丈夫か?」

「ああ、大丈夫だ。お前らも気をつけろよ」


ルッキーはそう言うと。

カズの脅しがきっかり効きすぎたようで。

あっという間に見えなくなってしまって……。

 


   (第16話につづく)






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