第13話、太陽のワナ、どうあがいてもモブな立ち位置から外そうと




『保健室』や『職員室』はこういった緊急事態が起こった時の避難場所、対策室となる場所で。

先ほど名の上がった生徒会長達が顔を突き合わせ状況の打開のために話し合っているはずで。

そのような場所に、モブなお兄ちゃんが一体全体何の理由があって向かうことになっているのかと。

思わず首を傾げるマーサーに答えてくれたのはホシナであった。

 


「ああ、カズキ君、お兄さん今起きたばっかやからまだそのこと話してないんよ。今から説明するから」

「あ、そうですよね。ごめんなさいマーサー兄」

「いや、いいんだよ。寝ぼすけな僕が悪いんだし。それで、説明って?」

「いやな、ちょっと前にセンセ方から連絡があったんやけど、今の状況を一刻も早く打破するためにセンセ方をサポートできるような優秀な生徒たちを招集したいんやて」

「マーサー兄は当然そのメンバーの中に入っているんでしょう?」

「え? 本気で? 僕が?」


二人の言葉に思わずマーサーは狼狽えていると。


「本気の本気や。さっき先生から連絡あったしな。ミネアセンセの言うことは絶対やで」


ホシナは嬉しそうに笑う。

ホシナは実践魔法の先生の一人であるミネア・キャンベルに心酔して話し方を真似ているくらいなので、話をしただけで有頂天だったのだろう。

彼女の態度からは、それがありありと伺えて。

 


「それじゃあ、ホシナさんも行くんだ?」

「そんなわけあらへんやろ」

「ええ、どうして? 僕よりもホシナさんのほうが全然成績いいじゃないか? カードの数だって多いし」

「そりゃ嫌味かいな。お世辞も度が過ぎると嫌われるで」


マーサーのその言葉に苦笑しながらホシナはそう返す。

たとえ机上の上での知識が勝っていてもそれが実戦に役に立つかどうかは話が別なのだ。

気づいていないのかどうしてもモブムーブから外れたくないのか。

僕が呼ばれて委員長にお声がかからないなんておかしいだろうと主張しているのはマーサー本人だけで、ホシナにもカズキにもそれがよくよく分かっていて。

 


「そうだぞ、マーサー兄のその言動が凡人をどれだけ傷つけているか分かっているの?」

「凡人ゆーな、凡人」

「うわぁっ」


本場の厳しい? ツッコミが入ってカズキは身もだえる。

そしてそのままホシナは向き直って。

 

「だから、目え覚めて動けるようなら、……そうやな、こっからだと『保健室』のほうが近いか。急いで向かって欲しいっちゅうことなんやけど」

「う、うん。納得は正直いってはいないけど、そこまで言われたのなら仕方ない。分かったよ」


半ばホシナの気迫に圧される形で、マーサーは頷くと。

改めて話を戻して、とばかりにカズキが口を開く。

 

「そ、それで、さっき言ったお願いのことなんだけど……」

「ああ、うん。何かな?」

「うん、あのさ。ルッキーが外に出ちゃったまま帰ってこないんだ。カズ姉にもお願いしてあるから大丈夫だとは思うんだけど。せっかくだからマーサー兄にも探すのお願いしとこうと思って。本当はオレが外に出て探せればいいんだけど」


カズの名前が出てきたあたりで突っ込むべき部分があったような気がするのに、あまりに違和感がなくてマーサーは咄嗟に気づけない。


まぁ、物語のヒロイン……じゃなかった、主人公の如きカズのことだから当然無事だろうとは思っていたけれど。


カズキの話を聞く限り、実情は逆で。

きっとルッキーは見た目だけなら心配して仕方なくなるカズにくっついているのだろう。


あぁ見えて、ルッキーはかなり力の強い格上の魔精霊なのだ。

ついさっき出会ったディノと比べても爵位で言うならば男爵と公爵くらい違うはずで。

思わず安心すると同時に、カズならきっと心底この状況を楽しんでいるんだろうなあと思わずにはいられなかったけれど。

それは置いておいて、マーサーはあることに気づかされる。

 


「ちょっと待って、ということはつまりここからの保健室や職員室の移動手段……『虹泉(トラベル・ゲート)』は?」

「もちろん、とっくに壊れて使えないに決まっとるやろ。笑えるわぁ」 

「あの、あんまり笑い事じゃないような気がするんですけど」

「安心せいや。ほれ、ちゃんと身を守る武器もあるしな」

 

そう言ってホシナは実践授業の試合などで使う竹刀をマーサーに手渡した。

 

「本気で言ってる? ここからどれくらいあるってのよ。ひと冒険するのに支給されるのは竹刀一本なの?」


急な展開に言語が混乱しながらも、もらえるものはもらっておこうと。

とりあえずそれを受け取るマーサー。


ぶちぶち文句を言いつつも、しかしその顔は笑っていた。

どこぞの勇者の息子ような仕打ち、唐突で理不尽なお願いの割にはあまり嫌がっていないようであった。



自分はどうしようもないくらいの、モブであるとのたまっておきながら。

昔からマーサーはそんな所があった。

皆が嫌だとぼやいている実践授業でも周りに合わせながらも腹のうちでは楽しんでいたのだ。

 


「お願いできないかなあ?」

「……よし、やってやろうじゃないか!」


カズキの懇願の言葉がとどめとなって、マーサーは力強く頷いた。

宿所室の外は終止我を忘れたかのように魔物たちがうろついていて、危険極まりない状態であったが。

一度それを体験しているせいであるのかマーサーに戸惑いも迷いもなく。

むしろこれから起こるであろう未知の体験への好奇心が滲み出ているようで。


その時点で、物語の開幕すぐに捕まって攫われてしまいそうな姫のごとき雰囲気を醸し出しつつも楽しんでいるだろうカズと同類なのだが。


ホシナもカズキも、けっしてマーサー自身がが言うような『普通』でないことはよくよく分かっているので。

そこにあるのは、もやしのごとき見た目とは裏腹に過ぎる頼もしさだけで。


と、その瞬間。

そんなマーサーの気持ちに反応したのか。

突如左手にできた縦断する手相、手のひらのしわが鈍く明滅を始めて……。



    (第14話につづく)






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