第4話、君の後ろ姿をこっそり見ているようで、世界に詳らかにされる
「いってきまーすっと」
いつもの待ち合わせの時間が迫っていることを思い出し、マーサーは家を出てすぐに走り出す。
シュンたちとは当然同じ場所へと通っているのだが、学部や学年が違うと登校時間がずれるのもままあること……ではある。
しかし、なんやかや理由をつけて一足先に出るのは。
いつもの待ち合わせの時間がその時間だから、というのもあるのだろうが。
日々のなんてことのないその繰り返しを。
願わくばいつまでも、自分だけのものにしたい、なんて理由もあったりする。
そんなことを考えながらしばらく走っていると。
ぱらぱらと登校する生徒たちが見えてきた。
「……ふう。今日も今日とて間に合った、かな」
マーサーがそう言って走るのをやめて歩き始めると。
正にそのタイミングで、この世界が舞台であると喩えたならば。
主役の登場、とばかりに世界が煌き色めき切り替わる。
その演出をこなしているのは、世界じゅうに偏在しているマーサーには見えない魔精霊たちなのだろう。
「ちょ~~っぷ!」
と。
いきなり背後から……と言うには、あまりのあからさますぎる世界のお囃子に答えるかのように。
素っ頓狂ではあるが、どう足掻いても甘く高い無垢さを隠しようもない、そんな声がした。
物陰に隠れて脅かしてきたり、隙をつくふりをして空から降ってきたり。
既に待ちくたびれていたり、大好きだけど痒くなったり怖かったりして苦手意識のあるもふもふ小動物に集られていたり。
毎日毎日奇をてらって、だけど必ずこの場所で待ってくれている……そんな声の主。
そんな健気な振る舞いをされてしまえば、マーサーとしても遅刻なんぞしている場合ではなく。
今日も今日とて、用事があるだなんて嘯いて一人学校(スクール)へと向かっていたわけだが。
今回は、ダイレクトアタック……ついには、直接攻撃をするに至ったらしい。
一瞬だけ、無抵抗で受け入れ受け止めたのならば一体全体どんな反応をするだろうか、なんて邪な考えがよぎったが。
いたずらに触れるようなことがあれば。
それこそ身が持たない、精神的にやられてしまうことは確実であったので。
内心ではギリギリまで欲望に従うかそうでないか葛藤しつつも。
何でもない様子で、マーサーは振り向かないままひらりと身をかわす。
「うわあっ!?」
ずしゃああああああああっ。
思わず目を背けたくなるような勢いで大地とお友達になるその人物。
世界がつけた(多分きっと【風(ヴァーレスト)】の魔精霊)大仰な効果音に、ぎょっとなって一瞬声を上げかけたが。
そこはさすがに、世界に愛されているだけあって、お友達になっている大地も空気をよんでそのタイミングだけふんわり柔らかモードになっていて。
相変わらずそこにいるだけで世界を動かすんだな、すげぇ。
なんて内心で感心しきりでいつつも、何でも無い様子で、いつものように朝の挨拶をする。
「やあ。カズ、おはよう。今日もいい天気だね」
柔らか安全仕様ついでに、摩擦までなくなっていたのか、面白いくらいに滑って流されていってしまって面白すぎたが。
そんな事なかったかのように、がばあっと起き上がるとマーサーの元へと駆け寄ってくる。
「てめえっ、何故避けるっ。しかも今日天気よくねえだろうが!」
そして、180度その見た目に合わない口調が大分下の方から飛んでくる。
あまりにも不釣り合い過ぎて、逆にありだな。
推せるし萌えるぜ、なんて思われているだなんてやっぱり気づくこともなく。
件の人物……カズ・カムラルはまくしたてる。
「何故と言われても」
あくまでもそっけなく冷静なままで。
世界に空気を読まれたとはいえ、それでも多少土まみれになっている、腐れ縁というか幼馴染をマーサーは改めて見やる。
カズはマーサーよりも頭ひとつ……二つ分くらい小さいので必然的に見下ろす状態になってしまう。
もしかしたら、黒髪のマーサーよりも珍しいかもしれない、赤、茶、金髪の混じりあった長い長い、一度見たら忘れないだろう綺麗な髪は無造作に後ろに纏めていて。
きつく睨めつけているつもりで全くうまくいっていないその瞳は、紅髄玉と呼ぶに相応しい真紅の瞳。
冒険者ギルドに入り浸るのが趣味で、その肌は健康的に焼けてはいるが。
一度町に繰り出せば『十人中十二人が振り返って呆ける』と揶揄されるほどの、身の毛のよだつ儚い美しさを持っている。
後ろに纏めた髪のおかげで、溌剌さがあって今はそれほどでもないが。
もう十年来の腐れ縁で慣れているマーサーですら、直視できない時があるのは確かで。
これで、『男』だと言い張るのだから、全く罪なものである。
どうやらカズには、男の中の男になりたい確たる理由があるようなのだが。
その見た目でそれはちょっと無理でしょうだなんて、口に出すとお得意の火球が飛んで来るならまだいい方で。
感情が顔に出やすく、そんな身も蓋もないことを口にしたら、じわりと泣きそうになってそれこそ世界が震えてしまうので。
「たまには、ありでしょ?」
そんな言い訳にもならない言葉を口にして。
マーサーは今まで考えていたことをまとめて誤魔化した。
(第5話につづく)
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