第3話、シスター、その免罪符なければ首ったけ必定




「うん。今日はシュンとヒロか、おはよう」


もう用は済んだとばかりに、文字通り一足先に飛んでいったルッキーに遅れて、遅刻しそうだなんて言っている割にはのんびりリビングにやってきつつマーサーはそう言って頷くと、いただきますと手を合わせてテーブルに並べられた朝食を神速の速さで平らげていく。


早食いはマーサーの特技のようなものでこれもいつもと変わらない風景である。

その時、そんなマーサーに向かって横合いから拗ねたような声が上がる。



「ちょっと、兄上! その言い方って何だかぼくたちが朝食のメニューみたいに聞こえちゃうじゃんかぁ!」


テーブルに着き食事を始めていたもう一人の少女、シュン・ヴァーレストがそう言ってふくれると。

彼女の性格をそのまま表したかのようなふわふわとしたスカイブルーの髪と深い藍にじませたこれまたの黒色の瞳が揺れた。


彼女もマーサーの妹であり、現在中等部(セントレイア)二年で、年は14。

当然ヒロのお姉さんになるわけなのだが、ヒロと同じく、ごく近しい間柄としてひとつ屋根の下で暮らしている家族であるなどとは信じられないくらいの美少女であるが。

マーサー以上に好奇心旺盛なその姿を見ていると、どっちがお姉さんだか分からなくなってくる。

 


「今日はどういう気分なの? その兄上って呼び方は」

「二人一緒じゃ個性がないから、変えてみたんだって」

「いろいろ考えてたんだけど。今日はあにうえな気分かなぁって」


マーサーの問いにヒロが答え、それにシュンがうんうんと頷く。

 


「なるほど」


マーサーはその言葉に妙に納得したように頷いた。

そんなマーサーが今日は、なんて言い方をしたのには訳がある。


彼らきょうだいは『レスト族』と呼ばれる希少種族で、『魂の入れ替われしもの』などといったご大層な通り名までついているのだ。

その時点でモブであることなど不可能であるのだが、マーサーは頑なに気づかないフリをしていた。


多重人格とか、そういったものに近いと言えるが、入れ代わるきっかけははっきりしていなくて(基本的には生命の危機に陥った時、などと言われているが、ヒロとシュンはそれこそ日替わりのように代わっているし、マーサー自身代わった試しがないのでよく分からないのが現状であった)。

その性格だけではなく、姿形、性別さえも変わってしまうのだ。



ちなみにシュンには同じ名前の双子の少年が。

ヒロにはカズキ、イツキという二人の兄がいることが分かっている。



じゃあ自分はどうなのか?

マーサーは定期的に『変わる』彼女たちを見ていると、いつだってそれを考えてしまう。


シュンにたち聞くところによると、マーサーにも別人格がいるらしいのだが。

正直マーサーとしてはその実感が沸いてはいなかった。



シュンたちは互いに自分の中の別人格のことを知っており。

ヒロにいたっては話をしたりできるらしいのだが、マーサー自身、いるであろう別人格のことを何も知らないのだ。



両親が仕事の関係で早くから世界を飛び回っていることもあり。

真実はどうなのかも聞けずに自分だけ橋の下で拾われたんじゃないのかとマーサーはずいぶん疑ったものだったが。


その話をすると、二人は泣き出す勢いなので、最近は考えを改めるようになっていた。

二人が自分を兄と信じているのだからそれでいいではないかと。




(……しかし、それにしてもやっぱり似てないよなぁ)


食後のお茶をすすりながらマーサーは思わず本音を心内で呟く。

こうして二人を見ていても、何か希少種族であると言われるだけの事はある気品さというか、そういったものを感じるのだ。


どう贔屓目に見ても自分にそれがあるとは思えない。

マーサーは改めてそれを感じていた。


ぶっちゃけ、クラスの中でも埋もれがちなモブである自分と比べてしまえば。

そんなモブが、舞台下から物語の主役を張れるであろう登場人物を見上げ眺めているくらいの剥離がある。


と言うか、二人共にきょうだいの贔屓目を脇に置いても、滅茶苦茶かわいいのだ。

血の繋がったきょうだいであると知らなくて、更に色々な意味で規格外な幼馴染みがいなかったら。

正に目前でヒロにまとわりつきつつシュンにちょっかいをかけている、実はデロデロデレデレなルッキーのようになっていたに違いなくて。

 


「うん? 何か言ったマーサー兄? じゃなくて兄上」

「いや、二人は今日、まだ時間に余裕があるんだったよね」

「うん。そうだけど」

「そっか、んじゃ僕時間無いから先に行くよ?」


咄嗟に話題を変えてマーサーはご馳走様をして立ち上がると、鞄と訓練用の竹刀を持つ。

 


「うん。いってらっしゃい。気をつけてね」

「いってらっしゃーい」

「うーい、いってこーい」


地味に心内まで読まれちゃったのかと思いきや、あっさりとした姉妹の反応を見ていると、さすがにそこまでじゃないらしく。


なんとはなしに胸を撫で下ろしつつ。

三者三様の返事を受けて、マーサーは今日も今日とて家を後にするのであった……。

           


    (第4話につづく)




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