第2話、氷結地点、いたずらに命かけるマスコット
夢見が悪かったのか、いつもと違う何かを感じ取っていたからなのか。
最早習慣と化していた牛乳配達……冒険者ギルドで請けた仕事を入れていなかったこともあって。
マーサーにしては珍しく寝坊してしまった、そんな朝の一幕。
「おーきーろーっ!」
不意に氷のつぶてを背中に入れられたかのような衝撃。
マーサーは耳元で怒鳴られたことで、すぐに覚醒する。
比較的に朝には強い方なので、誰かに起こされるというのも珍しい事ではあって。
ばしっ。
「うぎゃっ」
覿面に目を覚まし起き上がったその瞬間。
ついさっき聞こえてきていた『氷(ルフローズ・レッキーノ)』の魔力がこもっていたものと同じ、あえなく弾き飛ばされたであろう悲鳴が上がる。
「んー?」
改めてマーサーが辺りを見回すと、壁にぶつかって伸びている銀髪赤目の人形のような大きさのものが見えた。
「……ん? ルッキー、何してんの?」
「何してんの、じゃねぇよっ! 珍しく遅いから気になって来てみればよぉ! いきなり起き上がってくるんじゃねえぇ!」
ただでさえきつい目つきを、更にきつくしながら人形サイズの空飛ぶ存在がわめいている。
『氷(ルフローズ・レッキーノ)』、略してルッキーの愛称で呼ばれている彼は。
ヴァーレスト家のペット……不在の両親に変わってお守り役をこなす、『魔精霊(ませいれい)』の一子であった。
魔精霊とは、この世界のあらゆる力の源となる属性の一つが意思を持って具現化しものであり。
ユーライジアに住む人々は、昔から様々な形でその存在に頼り支えられ、あるいは愛を持って共に暮らしていた。
ルッキーのように、契約の元に人に従属する魔精霊も少なくなく、彼らは従属魔精霊と呼ばれている。
もっとも氷の高位……『神型』とも称される高位の魔精霊だと自負してはばからないルッキーには、ヴァーレスト家に従属しているという意識はあまりないらしく。
現状ヴァーレスト家の家主であるマーサーに対しての態度もぞんざいではあって。
「……起こした? うわぁっ。遅刻するっ!」
何度も言うように基本的に寝坊はしない性質なのだが、希にこういう日があるのだ。
そういう日に限って、後世に伝えるに耐えうるお話や歌のネタになりそうな何かが起こったりするわけだが。
まだ何やらぶつぶつと抗議しているルッキーをとりあえず置いといて。
マーサーは高速で着替えると、自室を出てリビングへと向かう。
「……たく、やれやれだぜ。おーい起こしたぞー」
先程のダメージなどなかったかのごとく。
そんなマーサーを追い抜くようにして、ふわふわと宙に浮かびながらルッキーが飛び込んだ居間……台所の方へ声を上げると。
マーサーが寝坊したことで朝食の準備をしていたのか、二人の少女がキッチンから顔を出した。
ルッキーは、当然だと言わんばかりにそのうちの一人、青みがかった、マーサーと同じ黒色の瞳と艶のあって常にキラキラしている長いシルバーブロンドが特徴的な、身内だなんて嘘だろうと思えるとんでもない美少女……ヒロ・ヴァーレストの肩に着地すると、早速とばかりにふんぞり返る。
そんな偉そうなルッキーに対して幼いながらも聖女の如き笑みを浮かべる少女は、まったくもって兄であるマーサーとは似てもにつかないが。
正真正銘の妹のひとりで、年のころは11、2歳になる。
ユーライジアスクールの初等部(リトクラス)の五年生なのだが、日頃からヴァーレスト家の家事全般をこなしているせいもあり、落ち着いた雰囲気があって。
「ご苦労様、ルッキー。おはようございます、マーサーお兄ちゃん」
そう言ってヒロはルッキーの頭をそっと撫でる。
ルッキーはヒロこそが自身のご主人……従属魔精霊として仕えるべき相手だと思っている節があり、大人しくされるがままになっていた。
この、ユーライジアと呼ばれる世界にはどこにでもいる魔精霊。
一節には、世界そのものを構成しているとも言われており、事実十二属性ある魔法は、彼らの力を借りる事によって具象化する。
魔力そのものである、目に見えない存在から、動物の姿を取る『獣型』。
人と同じ姿を取り、人と混じって暮らすようになる『人型』。
そして、それぞれの属性の頂点となる12の根源魔精霊を含めた、人々に奉られ崇められる存在を『神型』と呼んでいる。
従属とつくものは、人を試しそのもののお眼鏡に叶うことで契約した魔精霊を指す。
ルッキー(本当はもっと長ったらしい名前があって、本人は根源と同名だと嘯いている)は、現在家を揃って留守にしている、マーサーたちの両親と元々は契約していて。
実際の所は両親にお願いされて子供達の面倒を見て欲しいと言われていたはずなのだが。
楽しいもの好きな『氷(ルフローズ・レッキーノ)』の魔精霊らしく、ヒロの周りをついて回っては面白いことを探す日々を送っているが。
何だかんだでいつもヒロと一緒にいてくれるから。
授業中などそばにいられない時など、大変助かっているのは確かで……。
(第3話につづく)
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