いやあ、これは酷い。

特別お題『全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ』で書いてみました。

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「おい、今何と言った?」


「は、はい! も、申し訳ありません」


 俺の言葉に震え上がる女騎士。ここから見ても両脚がガクガクと小刻みに揺れているのが分かる。実はお気に入りの彼女に優しく声をかけたつもりなのだが……。


 この顔が、この俺の悪人面がいけないのか?


 胸がチクリと痛む。いつもそうだった。前世でも幼い頃から俺は女子とまともに会話出来たことがない。転生してからも、先代の父が亡くなり領主となった俺は未だ独身である。詩や恋愛物語を愛し、臣下にはバレないようにこっそり育てている、スイトピーの花の成長を見守るのが俺の生き甲斐である。そんな繊細なガラスの心を持つ俺の心は今にも粉々に砕け散りそうになっていた。


「い、いやもういい。下がれ」


「はっ!」


 彼女は逃げるように俺の執務室を出て行く。


 ああ……。いかん、泣いてはダメだ。


 こんなところを誰かに見られては命に関わる。


 俺は転生者だ。


 中学生の頃夢中でプレイしていたオンラインゲーム、『真Brave Heart Online』の序盤で死ぬ運命にある【とっても悪い領主】に転生していたのだ。その所業は鬼畜そのもので、誰からも嫌われる理想的な悪役そのものであった。婦女子からは目を合わせただけで孕まされるとかで、屋敷のメイドですら俺を前にするとずっと目を伏せている。


 そもそも、どうしてこんなことになってしまったのか。


 たしか俺はカクヨムという小説投稿サイトのイベントKAC2024に参加していたはずだ。第1回のお題を何とか書き上げ投稿し、もうひとつの「自由挑戦お題」なるものも死にそうになりながら書いて投稿ボタンを押したところまでは覚えている。原因があるとすればあれだ。あの春海水亭というKACスペシャルアンバサダーが怪しい。きっとあいつが何かしたに違いない。


 まあ、転生してしまったものは仕方ない。


 何とか昔のゲーム知識を駆使して今日まで破滅フラグを回避してきた。何度死にかけたかもう思い出したくもないが、そんな異世界での生活の唯一の救いが彼女。周りからはポンコツ女騎士だとか言われているが、剣の腕は一流。そして唯一俺の目を見て話そうとしてくれる人だ。なんか『魔物に対する威圧耐性を上げるため』とかナントカ言っていた気もするが、そんなことはどうでもいい。些細なことだ。


 彼女はストーリーでは俺を政敵から守ろうとしてゲーム序盤にその命を散らしてしまう不幸なキャラなのだが、それは俺が全力で阻止する。彼女が死んでしまったら俺は希望を失い自殺しかねない。


 そのイベントが発生するのが今日、王国の建国記念日である。


 王城で俺の脱税が暴かれ抵抗する俺と彼女は死ぬことになっている。既に政敵の弱体化に成功し、王は俺の傀儡。脱税の資料も闇に葬った。おそらくこのイベントは発生しないはずなのだが、念には念を入れて俺は今日屋敷に引き籠ることを決めた。城から使いが何度も来ているが無視している。


「あ、あのお……」


「何だまだいたのか?」


「ひっ!」


 彼女が扉の隙間からこちらをうかがっていた。怯えた顔も愛おしく感じる。


「まだ、用があるのか?」


「す、すいません。新たに至急お伝えせねばならぬことが発生いたしまして……」


「ふむ、何だ言ってみろ」


「王国の第一軍がこちらに完全武装で向かっているとのこと。指揮は王自ら執られているようです」


「はあ!?」


 あの老いぼれ裏切りやがった。しかし、こんなイベントはゲームでは存在しなかった。何が起こっている?


「仕方ない、迎え討つ準備をしろ! 万が一のために備えてきた兵力を持ってすれば王など敵ではないわ」


「そ、それが……」


「何だ?」


「領兵はすでに皆逃げ出してしまいました。屋敷に残っているのは領主様と私だけです……」


「Oh……」


 落ち着け、落ち着くんだ俺。


「フフッ、フハハハハ!」


「ど、どうなされたのですか?」


「いや、何でもない。大丈夫だ安心しろ。俺が一人で連中を討ち滅ぼしてくれるわ! もうストーリーがどうとか関係ない!」


「ひいっ!」


 気を失いそうになった彼女の手をとり俺は屋敷の外に出た。うむ。剣を毎日振っているというのになんて柔らかい手なんだ。勢いで初めて女の子の手を握ってしまった。ドキドキして彼女の顔が見れない。拒絶する様子はないから、とりあえずこれはセーフだと思いたい。

 

「もう取り囲まれていたのか……」


 屋敷を取り囲む数万の兵。白馬に乗った王が勝ち誇った顔でこちらを見下ろしている。


「りょ、領主様。手を……。恥ずかしいです」


「おっ、すまなかった」


 ああ、彼女の手が……。何もなくなった俺の手が宙を彷徨う。糞っ、これもあのふんぞり返っているジジイのせいだ。


 俺の八つ当たりモードが発動した。


 吹き飛ばされた兵士たちが宙を舞う。魔法使いたちの攻撃魔法は自爆し、魔法使いたちも宙に舞う。白馬に乗った爺さんも宙を舞った。


 所要時間三分きっかり、そんな時間はどうでもいいのだが、その時の俺は前世の俺に引き摺られてどうかしていたのかもしれない。


「弱いな、弱すぎる。これで俺をどうにかしようなどと片腹痛いわ!」


「ひいいっ!」


 死者はゼロ。重傷者もいない。そこはレイティングに配慮した。ん? 今俺何を考えていた? そんなことは今はいい。


 戦意を喪失した王と兵士たちは命乞いを始める。


「こいつらをどうしたらいいと思う? 殺す? 八つ裂きにする?」


「ひえっ! い、いいえ、私はそんなことは望みません。どうかみんなお家に帰してあげてください」


 彼女に意見を聞いてみたが、なんていい子なんだ。俺は素直に従う。


「失せろ、蛆虫ども! 二度と俺の前に顔を見せるな!」


 蜘蛛の子を散らすように逃げて行く兵士たち。ジジイは腰が抜けて動けないでいる。一応王様だぞお前ら見捨てるなよ……。


 目障りだったので城まで強制転移魔法で送り返した。


「領主さま……」


 あれだけたくさん人がいたのに俺と彼女の二人きり。いかん、何か意識してしまう。


「お、おう」


「実は私……」


 その時空が優しい光に包まれた。その光の中から人が現れゆっくりと降りてくる。


『私はこの世界を創造せし女神レ……』

 

「うるさい!」


『へっ!?』

 

 今、もしかしたらいい所だったのかもしれないのに。何なんだ邪魔しやがって、殺すぞコラァ!


「領主さま、あれはきっと女神さまに違いありません。な、なんてことでしょう」


「そ、そうなのか?」


 彼女は両手を組みその女神だかに跪く。い、いかん。常識のない奴だと思われてしまっただろうか……。


『コホンっ、そう私は偉大なる女神様なのです。今の態度はこの娘の信仰の深さに免じて不問としましょう。この世界で活躍するあなた、だからぁ、そこのキミこっち見なさい!』


「俺か?」


『そうです人相のとっても悪いあなたのことです』

 

 ひとの顔のことをディスるとは酷え女神だな。


「何だ?」


『この超絶美しくて優しい私が、ひとつだけあなたの願いを叶えて差し上げましょう。女神様の特別大出血サービスです!』

 

 突然出てきたと思ったら願いを叶えるだと? 胡散臭すぎる。だが、タダならもらわないと損だな。


「なあ、お前の好きな物はなんだ?」


 俺は隣で跪く彼女に尋ねる。


「へっ? 私の好きなものですか……。えっと、モフモフした可愛いものが好きですけど……」


「そうか。おい女神、そのモフモフで可愛いものを出せ。彼女が喜ぶように気合入れて出してみろ」


『ん? そんなものでよろしいのですか? 使い切れないほどの財産とか、永遠の命とかそんなものじゃなくて』

 

「ああ、そんなものはいらん。俺は彼女の喜ぶ顔が見たい」


「りょ、領主さま……」


 これは手応えありか? 勇気を出して言ってみた甲斐があった。俺の心臓はバクバクだ。


『ほう、この娘への愛のためにと。これは手間が省けました。いえ、何でもありません。では、それを強く頭の中でイメージしなさい。それを具現化して差し上げましょう』

 

 俺は前世の記憶からモフモフの、白いポメラニアンの子犬を強くイメージする。


「領主さまは、私のことを……」


 彼女の手が俺の手に重ねられた。キターーーーーっ! これは100%キタ、間違いない。俺は歓喜に打ち震えると同時に、ついこの後訪れるであろう肉欲的な願望が脳内にいっぱいになった。


『では、このような感じで。二人で仲良くお逝きなさい!』

 

 いま、この女神何て言った?


「領主さま、あれは!」


 俺の前方に見えるのはポメラニアンではなく、土煙を上げて突進してくる野生動物たち。まるで俺のイケナイ性欲を具現化したようなソレは、無駄に毛並みが美しくもふもふなアメリカバイソン、つまりバッファローとなって現れた。


【全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ】がそこにはあった。


 女神の姿はもうそこには無かった。


 糞っ、油断した。あれは女神の姿をした『この世界の意志』だ。異物である俺を消し去るためにこんな回りくどい事を。


 俺はバッファローの群れにありったけの魔法攻撃を打ち込むが全く効いていない。


 万事休す。


「んなわけねえだろ!」


 異空間からさっきの女神を引き摺り出す。もしも気に入った物を出さなかった時のためにマーキングしておいたのだ。俺の強力な魔法の鎖に繋がれた女神が情けない顔をして俺を見上げている。


「な、何者なのですあなたは!」


「俺は前世の俺自身が書いた、酷えご都合主義の異世界転生モノの主人公様なんだよ」


「げっ、な、なんですって……。酷い酷すぎる作品だわ……もう少しなんとかならなかったの……」


 女神は諦めたように項垂れてそれ以上何も言おうとはしなかった。


 

 その後、俺は彼女と結ばれて末永く幸せに暮らしましたとさ。


 めでたし、めでたし。


 

 (なんだこれ、恥ずかし過ぎる)



 了

 

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