愛と平和の伝道者
第二回お題「住宅の内見」で書いてみました。
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「あ、あの……。これってまだいけますかね。それに俺でも大丈夫っスか?」
俺は恐る恐るギルドの掲示板に貼ってあった一枚の紙を、受付嬢に差し出す。
「こんにちはウルフさん。えっと依頼……、じゃなくて。ああ、こちらの募集ですね」
いつものように顔を出した冒険者ギルドの掲示板に貼られていた一枚の紙。人気のない依頼の中に埋もれていたようで、日付は随分前のものだった。たまたま目に止まったそれは俺がずっと望んでいたものだった。
「居住者募集ですね。ええ、まだ入居者は決まってません。依頼主の神父さんが昨日状況を聞きに伺ってましたから」
「神父? ああ、この物件って古い教会っスね」
「三年前にこの街の教会は新しく建てられましたよね。王都の大聖堂にも引けを取らないあの大きな教会。それの前まで使われていた教会ですよ。新しく赴任された神父様がかなりのやり手で、いろんな商売にも関わってるって怪しい噂もありますけど、優しそうな方でしたよ。えっと、私から神父様に連絡入れておきますね。内見は絶対に必要ですよ。実際に確認しておかないと後々揉める原因となりますからね」
頼りになるお姉さんだ。俺が冒険者登録をした時も彼女だった。よくある新人イジメも彼女が間に入って助けてくれた。頭が上がらない恩人だ。とても美人さんなのだが、恋愛対象ではない。
俺の好みは毛深い女性だ。そう、カウンターでつまらなそうにこっちを眺めているネコちゃん。あんな感じのフサフサでモフモフなのが獣人の俺の好みである。人族の言う、ツルツルでスベスベのお肌というものの良さは理解できない。冬なんて寒いだろうに。
数日後、連絡をもらった俺は例の物件、古い教会に足を運んだ。
「よくいらっしゃいました。貴方がウルフさんですね」
とても優しそうな善人度100%の微笑みをたたえた神父が入り口の前で待っていた。こいつはヤバい奴に違いない。孤児院出身のよく顔を合わせる冒険者仲間が言っていた。この世に完全なもの100%信頼できるものなんてないって。『100%』という言葉の意味は不明だが、あいつはよく俺のしらない言葉を使う。まあ、そんなことは今はいい。
「そうっス。ウルフ、Cクラス冒険者っス」
もうこのまま断って引き返したい気分だったが、俺は手を引かれ教会の中に案内される。
「お、おぅ……。これはすごい」
「気に入っていただけましたか? 貴方が獣人の冒険者だとギルドから伺いました。これまで随分苦労なされたことでしょう。この国は人族至上主義、宿をとるのも苦労されることは私も承知しております」
中は綺麗に改装されていた。床も壁も、天井も真新しいものにしか見えない。テーブルや椅子、ベッド、収納の棚なんかも備えつけられていた。
「どうぞ、こちらが台所になります。水は外に井戸がございますのでそちらで汲んでください。これは調理用の魔道具で、小さな魔石でも長時間稼働する優れモノ」
神父がツマミを捻ると火がついた。生活用の魔道具なんてお貴族様のとこにしかない物で実物を見るのは初めてだ。
あの冒険者仲間からもらった『初めての住宅の内見ポイント30完全版』のメモはもう俺には必要無かった。神父の流れるような心地よい説明に俺は完全に入居を決めていた。
「で、でも神父さん。こんな獣人の俺に……」
「ああ、貴方が不審に思われるのもごもっともかと。教会の教えも人族以外は穢れた種族として聖典にも記載されておりますね。この私の行いはきっと女神様のご意志に背くものなのかもしれません。ですが私は私の心に従い、この世界に愛と平和を浸透させたいのです」
「愛と平和?」
「ええ、そうです。私が新たに始めようとしている『びじねす』のお手伝いを貴方にお願いしたいのです」
家賃無料だが『ある条件を満たす者』のみ入居可能、詳細は面談時に。という文言を思い出した。それが謎の言葉『びじねす』に繋がるのだろうか?
「えっと、その『びじねす』というのは?」
「はい。『猫かふぇ』なる新様式の飲食店です。ゆくゆくは大陸全土への『ちぇーんてんかい』をと。その第一号店の店長をしていただきたいのです。それには獣人である毛並みの美しい貴方が適任かと。一度、猫系獣人の女性を採用したのですが上手くいきませんでした。同族に近いこととメス猫の嫉妬が原因だと分析しました。ああ、貴方のことは事前に調べさせていただいておりますので。ウチの『えーじぇんと』からは合格だと」
『えーじぇんと』というのは分からないが、なぜか受付カウンターにいたネコちゃんの姿が思い浮かんだ。
俺の【住宅の内見】は無事に終わった。
冒険者を早々に引退した俺は現在、『猫かふぇ』の第二十四号店の新規オープンに向けての人材確保に奔走中である。
「よくいらっしゃいました。貴方が……」
俺は今日も困っている獣人冒険者の住宅の内見に立ち会う。すべてはこの世界に『愛と平和』を浸透させるため。
了
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