神々の遊び

第一回お題『◯◯には三分以内にやらなければならないことがあった』で書いてみました。

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 神父には三分以内にやらなければならないことがあった。


「こ、この男は何なのですか……」


 目の前に座る青年からは一切の魔力を感じない。


 たしかに、目の前の一見平凡にも見えるこの男をこの世界に転移させたのは私だ。彼はこことは異なる別世界『日本』からランダムに強制転移させて攫ってきた内の一人である。


「お茶のお代わりをいただけますでしょうか」


「あ、ああ……」


 あの古代竜ですら震え上がるはずの『威圧』を、そよ風のように受け流されてしまう。ありえない。そんなことがあっていいはずがない。


 私は神父の格好をしてはいるが、何ということはない。ただの『悪魔』である。


 停滞したこの世界に『ふぁんたじーなワクワクを』をキャッチフレーズに、女神と魔王に新サービス『勇者召喚ごっこ』を提供しているビジネス悪魔である。


 魂を弄ぶことを生業としている私は、ある日余命をまっとうしようとしていた不思議な魂と出会った。その男の記憶には膨大な『異世界転生転移』なる物語の知識があった。そいつはKACなる修羅の戦いに身を投じ果てた『シッピツシャ』という属性の人間だった。


 この世界の偉大な創作者、吟遊詩人すら足元にも及ばないその心躍る物語群は、この悪魔である私ですら魅了してしまった。その感動を現実のものにしたいと願った私は、すぐさま旧知の女神と魔王にこれをビジネスとして持ち込んだのだ。


「はぁ……」


「ん?」


 このため息は何だ? もしかして私を敵とすら見做していないのか。腕を組み目を閉じ項垂れる男。これは自分にではなく私に落胆しているそれ。こ、これほどのものなのか。

 

 危険は無いはずだった。チート禁止、ほどほど異世界人が納得する程度の強スキルを女神に与えさせる。魔王には異世界転移勇者の行動分析をまとめた裏技集も渡した。最後は悲しくも魔王に倒される勇者にとってのバッドエンドが約束されていた。私は最後に試練の先にしっかり育った魂を美味しくいただくといった寸法である。これで数千人の転移者を絶望の底に叩き落としてきた。


 だが、そんな私が追い詰められている。


 女神が見えないところから『これはあなたも年貢の納め時ねぇ』とか他人事のように念話を送ってくる。うるさい、集中できないだろうが。


 あと、三分。いやもう残り二分しかない。


 これもすべてあの脳筋魔王のせいだ。『妾じゃ無理だから、神父ちゃんお願い』と言い残し、趣味で幼女の姿をしている魔王はもうこの魔王城を逃げ出していた。万が一の不測の事態にはサポート承りますと契約書に書いてしまった自分を恨む。魔王の側近たち、最強ともいわれた四天王は目の前の男にまるで子ども扱いされて消されてしまった。ここには男と、魔王をすっ飛ばして登場させられた裏ボスポジションの私しかいない。

 

 大丈夫だ。落ち着け私。うっ、足が……。もう感覚がない。これでは逃げることもできないではないか。麻痺? 状態異常魔法なのか?


「ふぅ……」


「はっ!?」


 焦った。男が胸元から取り出したのは武器ではなかった。扇子だった……。驚かさないで欲しい。


 あと一分。


 もう少しだ。あと少しでこいつの深層意識に潜り込める。心を操るのは悪魔の十八番だ。精神魔法耐性スキルは持っていないと女神から聞いている。だが、何だこいつの精神世界はあまりに複雑で難解。精神障壁を突破するのに時間がかかり過ぎた。


 こいつを三分以内に洗脳すれば私の勝利のはずだった。


 ん? 何だと。あっちの世界でも魔王を討伐しているだと!? ようやく男の記憶領域に入ったところで衝撃の事実を知ることになる。


「魔王……、アキラ・ワタナベ……」


「ご存知ですか、素晴らしい方です」


 さらに倒した相手をリスペクトしているだと。


「お、お前は何者なんだ……」


「あれ? 藤井聡太と申し上げた気がしますが。えっと、竜王、八冠をつけた方がよろしかったでしょうか」


 りゅ、竜王!? ドラゴンを統べる王と言うことなのか! ありえない。まさか転移させてくる世界を間違えたのか。ハチカンというのは何だ。王の上の存在ということなのか……。


 そうか、神だ。私は異界の恐ろしい神を召喚してしまったようだ。


 この『ショーギ』という一見唯のボードゲームに見えるそれを使い戦うスキル。これは神々の遊び。いや、擬似戦争なのか。


 私は神に戦争を仕掛けてしまったようだ。


「えっと、神父さん。ここからは一手三十秒でお願いしますね」


「は、はい……」


 十秒、一、二、三……。


 もう私の玉は詰まされていたようだ。まだ五十手も指していないというのに。全く先が読めていないのだが自分がもう勝てないのだということだけは、なぜだか分かる。


 ああ……。


 すべての時間を使い切って私は消滅した。

 

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