白いゆびさき 卯月二一の短編集②

卯月二一

白いゆびさき

 俺は一心にくわを振るう。


 他に人の住まないこの荒野でただ生きるためだけにくわを振るう。もう深かった雪も溶けて大地が顔を出し始めたが、時折吹きつけるまだ冷たい風は俺の体温を奪っていく。


 冬の間に、申し訳程度に流れていた細い川からなんとか自力で水路らしきものは引くことができた。野生の植物が自生していることから、この土地でも野菜でも芋でもなんでもいいから育てられないかと、俺は望みを託してくわを振い続ける。



「お、おい。話が違うじゃないか。あの階層を攻略したら俺を正式にメンバーにしてくれるって……」


「そうだったか? すまないな有望な新人をスカウトできたんだよ」


 そう言うパーティリーダーの隣で、高そうな装備を身につけた若い男が俺をあざけるように見下ろしている。


「それはおかしいだろ!」


「いや、アンタも冒険者を長くやってたらわかるんじゃねえか? 俺たちの仕事は命がけだ。より生き残れる可能性の高い選択肢を選ぶのはこの世界の常識だぜ。いい歳してピーピーわめかれても困るんだけどな。アンタに何ができる? 魔法は使えるか? 剣技は? これまでの迷宮攻略の実績は? なーんもねえじゃねえか。荷物運びしかできねえおっさんなんて要らねえんだよ、ケッ!」


 そう言い捨てると二人は言ってしまった。冒険者ギルドの隅のテーブルで頭を抱える。これで何回目だ……。すがる思いで流れてきたこの街でも結果は同じか。なんだってんだよ、俺が何したってんだよ。


 ああ、俺は何も為してねえのか。


「あ、あの。御注文はお決まりでしょうか?」


「ああ!? うっせぇな、俺はそれどころじゃねえんだよ!」


「きゃっ!」


 俺は思わず女の子を突き飛ばしてしまった。周りの喧騒けんそうが鎮まり俺のところに周りの冒険者たちの視線が集まる。おさげ髪の女の子はうずくまっている。注がれる視線はどれも冷たく非難めいたものに感じられた。


「おい、お前!」


 俺の座っている場所はこの冒険者ギルドが運営する併設された酒場だ。昼時のいまは安い定食にありつこうと集まる低ランク冒険者の多い時間。余裕のない俺たちのような冒険者は面倒ごとを頻繁に起こすから、コイツのようなギルドの警備担当が見張っていることが多い。


「ああ? 何だよ。やろうってのか?」


 冷静で無かった俺は無謀にも喰ってかかった。というか頭に血がのぼって殴りかかっていた。当然、ギルドの配置した警備員が弱いはずもなく……。



「冒険者には能力だけでなく協調性と高い品位が求められる。勢いと勇気だけでなんとかなっていた昔とは違うんだよ。わかるな?」


 ボコボコにされた俺が連れてこられたギルド長室で、高級そうな衣服に身を包んだおっさんから説教される。こいつのことを俺は知っている。駆け出しの頃、何度か依頼で一緒になった。何でも特殊なスキル持ちで俺とは違い一気にランクの階段を駆け上がっていった。人あたりもよく皆から慕われる理想的な冒険者だった。現在はギルド長、支部長様だ。


「ああ、そうだな……。今は何だっけかあの魔道生命体」


「自律型支援人工精霊のことだな。荷物の運搬、迷宮のマッピング、擬似魔法による救命処置、階層主や脅威度C以上の魔物でなければ戦闘もこなす。国から安価で提供されるようになったし、今じゃ滅多に壊れることもない。冒険者に求められるのはそれ以外のことになったな」


 俺は、冒険者活動の6ヶ月間の停止処分を言い渡された。



 終わった。すべてが終わった。いまだ低ランクでその日暮らしの低ランク冒険者に蓄えなどあるはずもなく、安宿も滞納続きで昨日追い出されたばかりだ。冒険者以外のことなんてやったこともないし、そんな全うな仕事ができねえから冒険者をやってたんだ。収入の道が絶たれた今、俺には絶望しか無かった。


「あ、あの。これ、お薬です。安いものですけど使われずに奥にずっと残ってたので……、差し上げます」


 さっき突き飛ばしてしまった、おさげ髪の子が俺に薬を差し出す。酒場のスタッフもギルド職員が兼任している。俺も受付で彼女に何度も対応してもらったことがある。


「ああ、さっきは済まなかったな。ついカッとなっちまって」


 俺は頭を下げる。この子も今日は災難だったな、疫病神やくびょうがみはとっとと退散するとするか。まあ、行くあてなんてないけどな。


「ちょ、ちょっと待ってください」



 くわを振る手がしびれて、思わず手をはなす。デカい岩が埋まっていたようだ。


「いってえな、糞っ!」


 人が住まないような土地だ。大地を人力で掘りかえさなければならない。こんなことはしょっ中でもう慣れてしまったが、腹の立つことには変わりない。俺はその場に腰をおろすと自分の手をじっと見つめる。


「へへっ、ボロボロじゃねえか。冒険者やってたときよりひでえな」


 そんな俺のささくれて化膿し泥だらけの指に、柔らかい白く細い指が触れる。


「私はあなたのこの指が好きですよ」


 左右二本に束ねられた俺の好きな薄茶色の髪が風に揺れていた。冷たかったはずの風はなぜが俺には心地よいものに思えた。



 了

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