第54話 翼を広げて
夢から覚めたように俺は我に返った。
『黒曜姫』の胸から上は消失していた。分体を維持できなくなったのかパラパラと灰へと変わり風に流されてすべて無くなってしまった。
彼女を撃ち抜いたのはアレか、城壁ごと吹き飛ばしたのであろう隠されていた砲台のようなものが姿を現していた。
「あれは神代兵器なのです。魂すら消し去る恐ろしい魔導砲なのです」
衝撃音に驚いたのか後ろから顔を出したアデルちゃんがそう説明する。さっきの夢の記憶のせいなのだろうか、俺の記憶にもあの兵器のことが追加されていた。神族たちが悪魔の王を殺すために作り上げたもののはずだ。なぜあんなものが……。
砲台の上にあの神父が立っている。その下でトネリコさんは上空に砲身を向けて照準を合わせているようだ。ああ、あの二人が回収して隠し持っていたのか。それなら不思議はない。彼らは魔王本体の位置を特定したようである。
「今から魔王領に引き返していただけるのならお命までは奪いません。闇の精霊であり魔王でもある貴女は私たちにとっても貴重な存在なのです。貴女がを失うと属性精霊も魔王も不在となってしまい世界のバランスがとれないのですよ」
「何を都合のいいことを言ってるのかしらね」
黒い空から全裸の美女が、棘のある植物の蔓に縛られ吊るされた状態でゆっくりと降りてくる。ラスボス感が半端ない。
城壁の上に複数の小型の魔導砲が姿を現した。
「エポナ様、念のため全力で防御結界を張ってください!」
突然の女神様呼びにアデルちゃんは驚くが、両手を前に突き出して半透明の壁を形成する。それと同時に小型魔導砲は城を囲むスケルトン兵たちを消し去っていった。
「これが最後通告となります。お退きなさい魔王!」
「その兵器で私の夫を殺したのであろう。なあ、悪魔よ!」
「うっ、それは……。精霊王が自ら作ったこの世界のルール。僅かな可能性とはいえ複数属性を持つ精霊の誕生は、世界を脅かすことになると。彼は自ら命を絶たれたという方が正しい……」
彼はこれで死んだのか……。
「戯言を!」
魔王の魔力が膨れ上がるのがビリビリと振動する空気で分かる。
「仕方ない撃ちなさい」
神父は覚悟を決めたのか険しい顔で指示を出す。
「はい!」
トネリコさんが照準を再確認し、神父の命令に従い発射装置のトリガーを引く。あの兵器は神族以外への殺傷能力は高い。光の精霊であった精霊王ですら殺す兵器。闇属性の魔王本体とてただでは済まない。
巨大な光が魔王を包みこむ。
「俺にはたいして効かないようだな」
光が収まり現れたのは盾を構えたクー・フーリンだった。たしかに半神の彼ならこれも通常の魔法攻撃に過ぎない。さらに右手に呼び出した槍、ゲイボルグを砲台に向けて投擲する。
「これはマズい。退避です!」
「は、はい!」
破壊される魔導砲。咄嗟の判断で脱出する神父とトネリコさん。
城壁の上ではブーディカが魔法攻撃で小型の方を壊してまわっていた。
「エルサリオン、オゴール! あの男をなんとかしなさい。私たちはあの赤髪を。そして魔王はイオリさん、聞こえていますよね。お願いします!」
体勢を立て直した神父がそう叫ぶ。
「はっ!? お、俺?」
「魔王を止めるためにいらっしゃったのではありませんか?」
「そ、そうだけど……」
「イオリ、男ならここは頑張るのです。私はここで結界を張ってみんなを守っているのです」
「お、おう!」
アデルちゃんに背中を叩かれて、俺は前に出る。そうは言ってもあんな上空の魔王にどうしろと。ここから魔法を放ったところで魔王に当たるまでに威力は減衰してしまう。ん? いや、もしかしたら……。
俺は夢の中の記憶を思い出す。背中に意識を集中した。
「い、イオリ。大変なのです! 背中におっきな羽が生えたのです!」
だよな。自由に動かせるけど変な気分だ。もう一対腕が生えたような、ちょっと違うかな。翼を大きく広げて羽ばたいてみる。するとフワッと身体が浮かび上がった。この羽ばたきだけの力ではないようだ、魔力による重力への干渉? よく分からない不思議な力が働いているのは間違いない。俺の身体はさらに上昇していく。自分が人である前は悪魔さんだったようで、いや現在進行形で悪魔なのか? とにかく複雑な気持ちを抱えたまま空へと向かう。
「イオリがお空を飛んでるの。すごいすごい!」
アカリが馬車を飛び出して俺についてきた。他にも妖精さんが見える。上昇するにつれて俺の周りにたくさんの妖精さんが集まってくるのが分かった。
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