第53話 太古の記憶

 ん? 何だここは……。夢なのか? いや、記憶か。それもかなり前の古い記憶……。


 あの眩しい光のせいでこれは引き出されたのか。




「父さま、母さま……」


 この少年は俺? 何か背中から黒い翼が生えてるけど。


「先代様も奥方様も見事な最期にございました。お二人の意志をお引き継ぎください、我らの新たな王よ」


 少年に語りかけるこの男は、あの神父じゃないか。着ているものは黒一色で同じだが、お貴族様の着るような仕立ての良いものだ。顔も声も今より若干若いくらいだがそのせいですぐには気づけなかった。彼が扉を開くと強い光が差し込んできた。目が慣れるとそこはバルコニーのようだった。見下ろす先には溢れんばかりの群衆。ここはどこかの城か。少年が右手を挙げると大歓声と拍手が沸き起こった。


 少年は拡声の魔法を使い『神族』との戦いに勝利したこと、その戦争のさ中に父と母が死んだこと、そして自分が新王として即位することの宣言をしているようだった。あの神父はそれを補佐する有力貴族といったところか。背後にはトネリコさんによく似た女性の姿もあった。


 最後はあの神父が新たな王である少年を讃える。こいつはかなり煽動するのが上手い。実質政治を動かしているのは彼なのだろう。観衆は熱狂の渦に包まれていた。


 


「よく来てくれた」


 場面が変わる。あの少年は背も伸びて随分立派な感じになっていた。見た目的に年齢が近そうな男が二人、彼の書斎であろうか飾り気はないが落ち着いた雰囲気の部屋に入ってきた。案内してきたのはメイド服姿のトネリコさん。もっとよく見たかったが完璧なお辞儀をすると出ていってしまった。二人はいつもそうなのであろうリラックスした感じでソファに腰掛ける。


「なかなか大変だぜ。昨日も文句言う年寄りを説得するのに半日使った……。ああ、そろそろ俺過労死するわ」


 全身黒い装備で固めたイケメン戦士がぼやく。


「おいおい、魔王が過労死したら格好がつかないじゃないか。でも、これまでの人肉食の習慣を変えるのはさすがに大変だよね」


 落ち着いた雰囲気で、ローマの哲学者が着るような真っ白な一枚布の上着を纏った青年がそう言う。


「はいはい、お前ら精霊や妖精なんて食う必要なんてねえからそんなこと言えるんだよ。精霊王」


 そういえばユキもそんなこといってたっけ。するとこのイケメンもトイレの必要ない人か。でも食べたものってどこ行っちゃうのだろうか。ああ、謎空間ですね。


「二人には申し訳ないんだが、俺の方は全く進展していない。種族の壁を越える必要性を常々説いているんだけどな」


俺が申し訳なさそうにそう言う。

 

「まあ、悪魔の言うことなんて同じ悪魔でも信じないでしょうからね。さらに神族なんて恨みしか持ってないのだろ。まだまだ時間はかかるよね。気長にやっていくしかないさ」


 はっ!? いや、そんな気はしてた。うん……。


「そうだぜ、言い出しっぺのお前を信じて俺たちは頑張ってるんだ。俺たち【世界の意志】は決して諦めないんだろ?」


「ああ、そうだった……。お前たち、本当にいい奴だな」


「親友ってそういうものだぜ」


「そうですよ」


「で、精霊王。さっきからお前にしがみついているちびっ子は何なんだ?」


「はあ……、僕に懐いちゃってね。新しい闇の精霊ちゃんだよ、まわりからお前が面倒を見ろっていわれてさ」


「お前も大変なんだな……」


 その女の子は俺のことを眉間にシワを寄せてじっと見つめていた。



  

「陛下! 軍部がクーデターを起こしました。支配地域の神族もこれに同調、こちらの戦力は城の近衛騎士を残すのみ。お逃げください、時間は我らが稼ぎます!」


 再び場面が変わった。陛下と呼ばれている壮年の男は俺のようだ。背中の翼も大きく威厳を感じる。あの神父は俺の見た神父の格好そのままだ。この頃には貴族を辞めているようだ。おおっ、トネリコさんは今回はシスター姿ではないですか。


「いや、逃げるわけにはいかんのだ。友たちとの約束を違えることはできぬ」


「あれほど争いを避けておられたのに。よろしいのですか?」


「仕方あるまい」


 どうも長い年を費やしても理想の実現には至らなかったようだ。バルコニーに出ると少年の日に見た光景とは違っていた。武装した大集団が城を取り囲んでいる。すべては敵。俺は覚悟を決めたようにため息をひとつつく。


 この国においては無謀で夢物語のような自分の理想に付き従ってくれた臣下たちの生首が、槍に突かれ掲げられている。それが視界に入った瞬間、王の全身から黒いナニカが溢れ出した。


 


 その後の記憶は飛んでしまっている。いや、そうじゃないか……。


 


 最後に見えたのは『死』の風景。


 無数の悪魔、神族の亡骸なのだろうかそれで大地は埋め尽くされていた。


 空は血の涙に染まっているようだった。

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