第52話 帝都陥落
「これはどういうことだ?」
馬車から降りた俺は思わず呟いた。
「山が全部凍ってるのです。それにあのてっぺんは人為的に吹き飛ばされたものに違いないのです」
アデルちゃんの解説通りだ。魔族の侵攻により【世界の意志】は壊滅したのではなかろうか、見せしめに巨大な活火山の上部は吹き飛ばされたうえに凍らされたように見える。内部に建設されていたのだろう破壊された要塞が顔を出している。
「みんな、人も魔族も魔王さまもいないって。誰もいないって言ってるよー」
アカリのいうみんなというのは妖精さんのことだ。アカリにお願いして妖精さんたちにこのガリバルディ火山一帯を調べてもらったのだ。
「それで、それで。あっちに向かって魔王さまが追いかけていったんだってー」
あっちというのはここから南の方角。帝都のある方向だろうか。まだ魔王や【世界の意志】の手がかりは残っていたようだ。さらにそれは、妖精さんたちの言うところのお日様が昇って沈んでまた昇る前のこと。つまり約一日前のことのようだった。
俺たちはその方角へと馬車を走らせる。森を抜けるとちょうど広い街道に合流した。どうやら帝都へ向かう道のようだった。
しばらく進むと十数人ほどの集団がこちらに向かってくるのが見えた。馬は使わず人力で様々な家財道具なんかを積んだ荷車を人力で引いている。盗賊なんかではなく一般人の集団のようだ。
「おーい! 引き返すんだ」
こちらに手を振っておじさんが呼びかけている。馬車を停めて話を聞いてみると彼らは帝都から命からがら逃げてきたらしい。重傷者を乗せている荷車も見えた。ユキとアデルちゃんが手当てに向かう。
「気がついたときには都は火の海だった……。あれは怪物だ。怪物に都が襲われたんだ」
「そうだ、俺が見たのは帝国の誇る騎士団、騎士様たちが灰にされるところだった」
「悪いことは言わねえ。あんたたちも死にたく無かったら引き返すんだ」
【世界の意志】の連中は帝都に逃げ込んだようだ。市民たちはそれによる巻き添えとなったらしい。しばらくしてユキとアデルちゃんが戻ってきた。
「帝都は大変なことになっているらしいよ」
「でも、帝国は昔から強い神族がまもっていて、複数の勇者を抱えていたはずなのです。彼らなら魔王にも対抗できるかもしれないのです」
アデルちゃんがそう言う。
俺がいた頃、帝国は領土を広げるのをやめたんだったか。来たるべき『災厄』に備える
とか星詠みの婆さんがいってたっけ。さすがにあの婆さん、もう生きてはいないか。守護神はムッキムキの男神様だったな。俺は苦手だったけど、たしかにあの神様なら。
馬車は帝都へ向けてさらに進む。避難民たちの姿ももう見なくなった。
「アノ空ハ魔王ノモノデアルナ」
「ええ、倒されてはいないようですね」
あそこに見える巨大な建造物は皇帝の城なのだろう。その真上には黒い空が広がっている。帝都を囲んでいたであろう壁や門は吹き飛んでいた。もう燃えるものは尽き果てたのか炭となった建物や瓦礫の山が見える。焦げた嫌な匂いが街を包んでいる。人の気配は全く無い。
城が近くなってくると、戦いが継続しているのを確認できた。無数のスケルトン兵が城を取り囲んでいる。
あれは空中戦か? 空を飛び回る複数の人影。あんなことができるのは勇者たちなのだろう。目を凝らすと必死に聖剣で応戦している。対するのは魔王の分体『黒曜姫』。あれは若い頃の魔王の姿だということに今更気づく。どことなくユキにも似ている気がする。
「話にならぬな。その程度の力量で勇者を名乗ることができるとは……。私が引き篭もっている間に何もかも大きく劣化してしまったようだ」
「な、なんだと! 僕たちは選ばれし者。この世界を救うために……、ぐへっ」
一機墜落していった。剣じゃなくて彼女のグーパン一発に沈んだ。
「光輝ぃっ! マズい、聖奈、ハイヒールだ! あれ?」
「聖女のことか? あのメスガキは恐怖ですでに失神しておるぞ」
聖女様はひっくり返って白目を剥いている。次々と地上に叩き落とされていく勇者たち。会話から推察するに日本産の転移系勇者だと思われる。
「隠れてないで早う出てこいアポロン。前回は仕留め損なったが確実に殺してやろうぞ」
『黒曜姫』は城に向かって呼びかける。
「ハハハハハッ! 僕を呼んだのかな美しいお嬢さん。はじめましてかな?」
現れたのは爽やかな白い歯が眩しいイケメン神さま。俺が昔見たのと変わらず、上半身裸でポージングをきめている。いや、筋肉がさらにマッチョな感じに仕上がっているか。彼はアレが魔王だと気づいていないようだ。
「やはり、ただの阿呆であったか。ならこれで思い出すかの。『デスソウルイーター』!」
漆黒の空から無数の触手がアポロンへと殺到する。
「こ、これは。まさかお前、魔王なのか!? ひえっ! 無理無理無理ぃ!」
逃げ惑うがあっさり捕縛されてしまう。
ああ、食われていく……。男神アポロンは拷問のように少しずつ溶かされていく。聞こえていた絶叫も無くなり、最後は自慢の肉体も骨も残さず消えてしまった。これはグロい。うちの娘たちには見せられない光景だ。
「これで分かったであろう非力なニンゲンどもよ、貴様らが崇める神ですら私の前では無力。さて、次はどいつが死にたい? いまだ顔を見せぬとは、当代の皇帝は腰抜けなのか? まあ良い。ここに逃げ込んだ者たちを差し出せ、私はそいつらに用がある。そうすれば見逃してやることも考えよう」
腕を組み見下ろす『黒曜姫』。
「返事すらできんのか。ならば私が十数えよう。それまでに差し出さねば城ごと消し飛ばしてやろう。十、九、八……、何!?」
その瞬間、彼女は眩い巨大な光の柱に飲み込まれた。
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