第51話 銀のペンダントⅢ

✳︎トネリコさん視点。

 


「あなたに重要な任務をお願いしようと思います」


「は、はい! なんなりと」


 この緊急事態。ボスは私に何を命じるのであろうか。この『重要な任務』というフレーズで始まるときはロクなことがない。たしか前回は木の精霊になりすまして人界に潜入せよというものだった。このエセ神父にピンポイントで場所まで指定された時に、私は気づくべきだったのだ。まさか長い間おじいちゃんキャラで過ごす羽目になるなんて。でも楽しかったからいいんだ。あのお方の側にいることもできたし。


「よいお返事です。あなたならきっとやり遂げてくれることでしょう」


「そ、それで任務の内容は? 魔王軍の連中はあらかた倒しましたが被害は甚大。この後魔王率いる敵本体がここに到着するのも時間の問題かと。予定通り帝都への避難の準備は出来ております。えっと、あれでしょうか。命がけで殿をつとめて時間を稼げとか……。相手は魔王でしょ、絶対死んじゃうって……。い、いいえ。【組織】のためにこの命惜しくはありません!」


「いえ、そんなことはどうでもいいのです」


「そんなことって……」


 ボスは私にペンダントを渡す。


「これは?」


「とある方より託された大切な品です。あなたには今からお伝えする場所で露天商のフリをしていただきたい。ただそれだけです。難しいことは何もありません。きっと【運命】のチカラが、これをあるべき人のもとへと運んでくれることでしょう」


「ん? 【運命】のチカラ、ですか……」


 およそ数千年はこの男から聞いたことのないロマン溢れる言葉に私は戸惑う。


「ええ、【運命】です」


「えっと、それはいいとしてこの小汚い衣装は……。なんか臭そうなんですけど……」


「はい。設定を考えたのですが、あなたが自由に姿を変えることができる『悪魔』で助かりましたよ」


 ボスのセンスのかけらもないその設定なるものに、私はため息をつく他なかった。



 

 

✳︎神父レンブラント視点。ペンダントを部下に託す遥か遥か昔のこと。


 

「くっ、間に合いませんでしたか……」


 陥落した『精霊の城』。かつて同じ思想を抱いていたはずの同志たちを倒しながら進んでいった先の、王の間で私はその光景を目にする。


「久しいな……。たしか君は引退したと聞いていたんだが……」


「あなた! もう喋らないで……」


 仰向けに倒れている精霊王とそれに寄り添う闇の精霊の姿があった。周りにはすでに倒された【世界の意志】の戦士たちの亡骸が転がっている。


「これを完成していたとは」


 闇の精霊に頭を吹き飛ばされたのであろう死体の手から、携帯用に改良された魔導兵器を拾い上げる。神族の英知を結集して開発されたそれを握り潰し破壊する。


「ええ。【あの御方】が去られて私もやる気を無くしてしまいましてね。まさか連中がこんなに愚かだったとは……。弁解の余地もございません」


「いや……。この組織を【友たち】と作り上げたのは僕だよ。そんな顔をしないでおくれよ……」


 闇の精霊が一瞬私をきつく睨むが、精霊王は穏やかにそう言う。


「もう時間がないのです。精霊王、……のです……」


 いつの間にそこにいたのか。何を言ったのか聴き取れなかったが、若い神が離れた場所から声をかける。


「そうだったね……。やはり【我が友】の言っていたとおり【運命】なんてものがあるんだね。さあ、これを預かってくれるかな……」


 精霊王は私に最後の力を振り絞って何かを差し出す。


「これは?」


「私にとって大切なものだよ。預かっていて欲しい……。時が来れば君ならこれをどうするべきか分かるはずだ……」


 私がそれを受け取った瞬間、精霊王の姿はこの世界から消失した。


「あ、あなたっ! あ、ああ……」


 泣き崩れる闇の精霊。


 私の手には、精霊王から託された銀色に鈍く光るペンダントがあった。それは私には酷く重たいものに感じられた。

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