第50話 賢者大いに悩む
「すごい、すごいよ。見てよイオリ、人がいっぱいいるよ」
「そうだね」
俺たちは少しルートを変更して大きめの都市を訪れている。ここはコッカ王とグルア王の治める王国と大陸中央に広大な版図を持つ帝国との中継交易地。政治的には中立を保つ都市国家である。
実際に人の中でもユキは問題無いのか試すために訪れた。いや、正直これは俺とユキとのデートである。とはいっても、『楽しんできてね』と送り出した連中は変装までして俺たちを尾行している。そもそも精霊ちゃんたちは普通に走り回っていて、さっきも俺の股の間をサラが通り抜けていった。それにアカリ、お前のサングラスっぽい黒メガネに意味はあるのか?
ユキも気づいているようだが、それよりもこんなに人のいる中で通りを歩いていられることに興奮している。これまでユキが街を歩くことができたのは人々が寝静まった深夜だけ。それも周囲に人がいない事を確認しながらの街歩きである。そんなものでも彼女は想像力をいっぱいに働かせて楽しんでいたらしい。
「ねえ、イオリ。あれはなんだろう? 綺麗だよ」
俺は手を引かれて露天商のところに行く。様々なアクセサリーを扱っているようだ。たいした目利きはできないが、変なものは置いていないようだ。
「おっ、可愛いお嬢ちゃんだねぇ。いらっしゃい! どうだい彼氏さんプレゼントしてあげなよ」
おおっ、おっちゃん、彼氏さんとは嬉しいじゃないか。お父さんって言われたらどうしようかと思ってたのでホッとする。隣を見るとユキが目をキラキラさせて商品を見ている。お金なら持っている。ちゃんと大昔の金貨なんかは古物商に持ち込んで今のものにしている。かなり希少価値があったようでお小遣いが勝手に増えてしまった。
「いいよ。好きなの選んでよ。俺はセンスが無いってアデルちゃんにダメ出しされててさ、こういうの選ぶんだったらユキに好きなもの選ばせろって言われてて」
「ふむふむ、たしかにイオリはファッションのセンスはないよね。それは昔から変わらないね。転生を繰り返していろんなもの見てるはずなのにおかしいよね」
うっ、フォローの言葉もないのですか。ああ、わかってますよ。おっちゃんが『テンセイ』って何だろって顔をしている。
「でもね。ボクはイオリに選んで欲しいな。絶対に文句は言わないからお願い」
なんというプレッシャー、これは想定外である。助けてアデル先生! 振り返るが連中の姿は無かった。もう探偵ごっこに飽きてしまったようだ。
俺には鑑定スキルなる便利なものはない。便利な生活スキルは裁縫のみである。
ユキはさっきネックレスを見ていたはずだ。いやペンダントの方だったか? 店のおっちゃんに助けを求めようと見上げたが、それは違うぜって顔をしていた。
仕方ない。俺はユキに身につけて欲しい物を選ぶことにする。これもアレだ。ユキはどれをつけても似合ってしまうではないか。謎のオークの顔面をモチーフにしたようなものでさえ高級店の宝飾品に見えてしまうに違いない。これは俺がおかしいのだろうか?
あれこれ手にとって比べている内に、他のきらびやかなアクセサリーに埋もれて隠れていたペンダントが顔を出す。特に特徴のないそれはなぜか俺の興味を引いた。手にとって眺めてみる。なんだろう不思議な金属でできているように見える。特に詳しいわけではないのでただのありふれた物なのかもしれない。ペンダントトップは同じ金属でできているようだが、手作り感のあるちょっと歪な楕円形で厚みがある。小さく文字が彫られているように見えるが文字では無く模様なのかもしれない。
「ちょっと地味かもしれないけど、これなんかどうかな?」
「ふむふむ。イオリにしてはなかなかの選択だねぇ。ボク、ちょっと感心したかも」
おっちゃんも『ほう』って呟く。ちょっととかほうって何だよ。でも、ユキが喜んでくれそうで嬉しい。
「嬢ちゃん、この彼氏さんはなかなかの目利きだぜ。いいもん貰えて良かったな」
そう言って代金を受け取る。
「おいおい、嬢ちゃんにつけてやんなよ」
俺が手に持ったペンダントをどう渡せばいいのか困っているのを、おっちゃんは察してくれていた。
「ああ、そうだね」
俺は冷静なフリを必死で装いユキにペンダントをつけてあげる。やはり彼女は何をつけても似合う。
「どうかな?」
「とてもいいと思う。上手く言えないけど俺としては一番ユキに合ってる、それは間違いない」
「ふーん。やっぱり褒めるのも相変わらずヘタだね」
ぐはっ! 見えないダメージが俺を襲った。
「そ、そうだ。みんなにもお土産に買って行こうよ。ユキ、選ぶの手伝ってよ」
おっちゃんのさっきのフォローへの恩返しだ。
「まいどあり!」
ニコニコ顔のおっちゃんの露店をあとにして、人気のスイーツのお店やら、謎の魔道具店、さらに胡散臭そうな魔導書の古書店などユキが気になったところを巡ってまわった。特にドキドキする展開なんてなかったけど、とても楽しいデートだったと思う。
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