第49話 克服

 ガリバルディ火山は、魔王領の北部からコッカとグルアの二人の王が治める王国を抜けた荒野の先にある。


 空はすでに魔王領も含めてあの『黒の悪魔』は無く青空が広がっている。途中に見える人族の村の様子は平和そのもので長閑なものである。牧畜の様子はこちらの世界でも変わらないようだ。白い羊たちの群れ、モフモフの塊たちがゆっくりと移動しているのが見える。


「イオリ、イオリ。お空が綺麗なの」


「そうだねアカリ。青い空は好きかい?」


「うん、大好きなの。とっても気持ちがいいの」


 アンクウさんの代わりに俺が御者台に座って馬を操っているところだ。


「何を話してたのアカリちゃん?」


 後ろからユキが顔を出した。


「えっとね、お空がきれいだねっていってたの」


「本当だ、雲ひとつないね。代わりに雲みたいな羊たちが見えるね。ああ、色が美しいよ。そうだ、アンクウさんって画家さんもやってたよね。絵でもかいてもらおうかな」


「うーん。水墨画だったはずだから白黒の絵になるんじゃないかな」


「スイボクガ?」


「墨で描く絵のことだね。でもアンクウさんフランスにも長くいたようだから油絵とかも描けるんだろうな。まあ、聞いてみるといいよ」


「そうだね」


 その時、ユキの肩に白い小鳥がとまった。


「おっ!?」


「おー」


「ん? 何? どうしたの、イオリ?」


「小鳥がユキの肩に」


 次は俺の頭? 鳥が飛んだと思ったら頭の上に何か乗った感触が……。


「イオリの頭の上にとまった。鳥さんこんにちは」


 小鳥はピピピッと鳴くと再び空へ舞い上がっていった。


「こんな近くで小鳥を見たのは初めてだよ」


「ユキ!」


「どうしたのさ、イオリ。そんな声出して」


「もしかして、これって『冬の精霊』の力が抑えられてるんじゃないのか?」


「あっ、たしかに!」



 俺は馬車を停めると実験にとりかかることにした。


「さあ、お姉ちゃんこっちにゆっくり近づいてくるのです」


「くるのでーす」


 羊さんたちに囲まれてノリノリのアデルちゃんとアカリが、ユキを手招きする。


「うーっ、そのモフモフを触りたい」


 一歩一歩羊の様子を見ながらユキが近づいていく。


「あっ、きゃー可愛いし、ふわふわでモフモフだよぉ。ねえ、見て見て。ボク、羊さんに触ってるよ」


 はしゃいでいるユキの姿が微笑ましい。


「さあ、実験第二弾に移行なのです。この子たちは家畜さんなので、次は野生動物に挑戦なのです」


「なのです」


 牧場から少し離れた場所で次の対象となる動物をアカリが見つけた。


「家畜のではなく正真正銘野生のコッコなのです。一気に難易度は上がりますがお姉ちゃんならきっと成功するのです」


「するのです」


「おいおい、野生のコッコなんて俺でも無理だぞ」


「イオリは黙っているのです」


「のでーす」


 結果から言うとユキは見事、野生のコッコを素手で捕らえることに成功していた。それなら俺もとやってみたがあっさり逃げられた。俺の極めたはずの歩法と体術の技はこのニワトリモドキには通用しなかった。どうして?


「次はこれに挑戦よ!」


 馬車の窓から俺たちのことをのんびり眺めていたアビが、鉢植えを抱えてやってきた。寝癖とシャツにパンツは相変わらずだ。人はいないがここは外だぞと揺れるお胸を見ながらそう思う。


「ぐはっ!」


「見過ぎだよ、イオリ」


 ユキのボディブローの威力も増してないか?


「光の精霊、あたしたちは精霊王って呼んでたけど。彼は植物を種の状態から大木にまで成長させたというわ」


「アビさん、お父さんに会ったことがあるんですか?」


「ええ、ちょっとだけね。先代の魔王様のお供についていったときに。精霊王と仲が良かったのよ。先代様もそうだったけど精霊王もかなりのイケメンだったわ」


「へぇーっ」


「さあ、ユキちゃんやってみよう!」


「はいっ!」


 植物の成長促進って、簡単そうに見えてめちゃめちゃ難しいんですよ。マジで。上手くいったとして俺でも種から芽を出させるのに三時間はかかる。


 なんとユキは一分もかからずに花まで咲かせていた。きれいに咲いたカーネーションっぽい赤い花をもってアビは嬉しそうに馬車へ戻っていく。ちゃんと服は着ておくれよ。


「最後ハ我デアルナ」


 どうしたアンクウさん。こういうのは離れたところから優しく見守るキャラじゃないのか?


「えっと、ボクは何をすればいいのかな?」


 アンクウさんは特に何かを持ってきたわけでもない。


「冬ノ精霊ノ『死と停滞』ノ力ガ弱マッテイナイカノ確認デアル。我ハ死神ユエ、ソノ力デ死ヌヨウナコトハ無イ。全力デソノ力ヲ我ニ放ツガ良イ」


 なるほどそっちの確認も必要だ。さすがは頼りになる。


「だ、大丈夫かな……」


「アンクウさんの言うことだ。間違いはないよ」


 結果、アンクウさんは地面に仰向けに倒れてピクピクと痙攣していた。ユキは慌てていたが、アデルちゃんがやってきて残念なものを見るような目で見下している。


「お爺ちゃん、調子に乗るから……」


 そういうとかざした掌から放たれた優しい光がアンクウさんを包み込む。


「ハッ、我ハ!?」


 気がついたアンクウさんはユキを絶賛していた。死神すら失神させる力の行使など見たことがないということだ。理由は不明だが、冬の精霊の力も春の精霊の力も大きく伸びたようである。


「き、きっとこれはボクのことを想うイオリの愛の力のお陰だよ」


 そういうと俺の頬にチュッとキスして馬車へ走り去ってしまった。


「さすがはイオリなのです」


「なのでーす」


 よく分からないが俺も幸せな気持ちで馬車へ戻ることにした。

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