第46話 魔王とユキ

「魔王、君へ俺が掛けた呪いはすでに自力で解けるのではないのか?」


「もちろんよ、二百年前にはもう克服していたわ。でもね、私にとってこれはあなたを感じるために必要なものなの。今でもあなたが身体の各部位を吹き飛ばしながら私に呪いを掛けた姿を思い出すの。この激痛はあの時のあなたの痛みなのでしょ。ああ、なんて素晴らしいのでしょう! か弱き人間がこんなものを自ら喜んで受け入れながら私を封じようとするなんて。あの時初めて恐怖というものを知ったの。なんてゾクゾクする感覚なのでしょう」


 魔王は恍惚とした表情で語る。その目は俺を見つめているようで、実は違う何かを見ているようだ。


「気になるので質問したいのですが、死の恐怖ならば我々からも感じていたのではないのでしょうか?」


「分かってないわね。これだから【世界の意志】なんてたいして機能していないのよ。お前たちはこの世界の存在に対して『生殺与奪』の権を握って本物の神にでもなった気でいるのでしょうけど、私たちの心、魂までは支配できないのよ。私はこの千年でこの世界の真理に到達したの。これは全て愛しい彼のお陰、彼と同じことができるようになったわ。そしてさらにそれ以上のことも」


 トネリコさんがスマホのような金属板を手に神父に駆け寄る。


「なんだと!? 本部が襲撃を受けただと。あり得ない……」


「フフッ。私の送り込んだ軍勢が暴れまわっている頃ね」


「貴様……」


 何が起きている? 【世界の意志】というものについては昔、女神エポナからこっそり聞いたことがある。この世界に影響を与えるような存在を監視しており神や精霊でさえ恐れるものらしい。実態はエポナ様でも分からないらしく、その解明に挑んだ者は神ですらこの世界から姿を消していた。まさにタブー、禁忌そのものである。


 おそらく神父とこのトリネコさんも【世界の意志】という組織的なものの一員であるようだ。その本拠地がこの魔王によって危機的な状況にあるということのようだ。


「いまだ本格的に攻め込まれたことなんてないでしょうから、きっと大変なことになってるわよ。いいのかしらこんなところで油を売っていても。あなたたちの本体はきっとそこにあるのでしょ?」


「くっ、こんなことになるとは。私の認識が甘かったようです。急ぎ城の周辺に待機させている部隊に帰還命令を出しなさい。この魔王は現状私たちの手には負えません」


「はっ!」


 神父はその場に膝をつく。


「ブーディカ! 子猫ちゃんを連れていらっしゃい」


 奥からユキを連れたブーディカが現れる。

 

「イオリ!」


「ユキ!」


 特別拘束もされていないユキは俺の元に駆け寄る。胸に飛び込む彼女を抱きしめる。本物だ、本物のユキが目の前にいる。たしかにあの呪いも消え去っていた。


 ユキは魔王の方に振り返る。


「お母様、世界を混乱させるようなことはお止めください!」


「お前に母親呼ばわりされたくはありません。あなたのような出来損ないを娘だと思ったことはありません。あのつまらない男の力を僅かにでも引き継いでいるお前は私の計画の邪魔なのです。私の愛しい彼のお陰で生かされていると思うことよ。彼も必ずお前から奪いますからせいぜい今のうちに甘えておくのですね」


「お母様!」


「行きますよブーディカ! あの男は私が回収します」


 そう魔王は言うと姿を消した。


 しばらくして、エルサリオンとオゴールが部屋に駆け込んでくる。


「クー・フーリンの姿が目の前で消えました」


「あれは転移したとしか思えねえんだが」


「ああ、それはもういいです。緊急事態です。直ちに帰還しますよ」


 神父は『またお会いしましょう』と言うと三人の部下を連れて部屋を出て行ってしまった。部屋に残されたのはユキと俺だけとなった。


「魔王が君の母親だというのはいつ知ったんだ?」


「直接はここでブーディカに教えてもらったんだ。でも、実は薄々だけど気づいていたんだよ。ボクの『死と停滞』の力は世界から失踪していた闇の精霊の力。そしてボクの中にあった『再生』の力は【世界の意志】によって殺された光の精霊、お父さんの力なんだ。エルフのジルおじさんから聞いた知識を総合すればボクでも気づくよ」


 そうだったのか。


「前の魔王、お母さんとの戦いのときにボクを連れていってくれたのもそれが理由なんでしょ。娘の成長した姿を見たら魔王も心変わりするかもって」


「う、うん。あのときのことは申し訳なく思ってる」


「なんでそんなこと言うんだよ。ボクは感謝してるんだ。あのときひと目見て分かったんだ。ああ、この人がお母さんだって。お母さんも気づいていたはずだよ、ボクには何となくだけど分かるんだ」


「ブーディカはどうして魔王側にについたんだろう?」


「ああ、その理由を教える前に言っておくね。ブーディカは謝ってたよ。精霊のお姉ちゃんたちを危険な目に遭わせたって。でも仕方なかったんだ。クーおじさんを生き返らせる条件でお母さんと契約してるからね」


「そうだったのか……。魔王がクーを生き返らせたのか。それならアイツもブーディカも従っていることに納得がいく」


「うん。魂の契約らしいから本人たちの意思ではどうしようもないよ」


「そうだな……」 

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