第45話 【世界の意志】のお使い

 魔王の住む城は『黒曜の城』と呼ばれている。元々の城自体は人が築いた美しい白亜の城だったらしいが、いつの頃からか魔王と呼ばれる魔族の王が住むようになった。先代の魔王が黒を好んだことから城全体を黒曜石で覆ったと言われている。


 以前来た時もそうだったが威圧感が凄い。まさに悪い奴が住むにふさわしい禍々しさを感じさせる。実際の先代魔王は人類との協調路線をとろうとしていたほどの穏健派だったのだが上手くいかなかったようである。


「見張りの護衛の姿もないんだが。これは入って来いということだよな」


「そうですね、正門も大きく開かれてましたし。でもあの性悪女のことです、奥に軍勢を控えさせているのかもしれません。油断しないように」


「ああ」


 城の内部は俺の記憶そのままであった。美術品や厳つい鎧が飾られていることもなく質素な趣であった。


 この長く広い廊下の先が魔王の座る玉座のある部屋のはずだ。進んでいくと通路の真ん中に立つ男の姿があった。


「なぜお前がここにいる?」


 巨大な扉の前に陣取っていたのは、故郷の大英雄でありかつての親友クー・フーリンであった。


「もちろんお前を殺すためだ」


 槍ではなく剣を持っていた。あれは光の剣、クルージーン・カサド・ヒャン。剣のことは知っていたが彼がどう扱うかまでは記憶にない。


「魔王の側についたということなのか? あれほど憎んでいた敵に……」


「どれだけ時が経ったと思っている。千年だ。その千年の間に俺は悟ったのさ、この世界に人間は不要だとな」


 ブーディカに洗脳されていたのでは無かったのか。


「それがお前の選択なら俺も戦うしかない。加減はできない、殺す気でいくぞ」


「半神である俺にそんな口が叩けるのはお前くらいのものだ。再び舞い戻って来れぬよう魂ごと消し去ってくれるわ」


「はーい。そこまでですよ」


 気の抜けた声が廊下に響き渡った。振り返るとそこには何度も顔を見たあの神父がにこやかな表情で立っていた。そして後ろには死んだはずのエルサリオン、そして姿を消していたオゴール、オゴールライティスが跪いている。


「レンブラント神父、あんたは……」


「オゴールさんは軽傷だったのですけど、エルサリオンさんはあとちょっとで天に召されるところでした。個人的に頑張って頂きたかったので改心とともに完全復活していただきました。いやあ、私頑張りましたよ。うん」


「テメエ、人間じゃねえな!」


「あら、さすがに異界の大英雄様にはバレてしまいますか。ちょっと今は困るんですよね。さあ、二人ともあの男を倒すのですよ」


「御意!」


 エルサリオンの矢による遠隔攻撃から、オゴールが一気に間合いを詰めて巨大な戦斧が振り下ろされる。以前見たときよりも格段に強くなっている上に、連携も完璧だ。この短期間に何があったんだ。


「さあ、イオリ様参りましょうか」


 神父は俺に先へ進むことを促す。一瞬、トネリコさんが神父に頭を下げたような気がしたが見間違いだろうか。


「そうですよ、ユキちゃんを救出に行きましょう」


 背中を押されて歩き出す俺。クー・フーリンは二人の攻撃を捌くので手一杯のようで、苦々しい顔で俺を一瞬見ただけで何も言わなかった。



「ほう、こんなことになっていましたか」


 巨大な扉を片手で軽々と押し開けてしまった神父はそう呟いた。俺はそれをした当事者なので見なくても分かるのであるが、トネリコさんの動揺は大きかった。


「えっ、え!? 糞魔王でもこれは可哀想かもしれません」


 人骨で形成された玉座には誰も座ってはいない。全裸で身体中を無数の棘のある植物の蔓のようなもので雁字搦めにされた長い髪の女性が、後方の壁に縫いつけられていた。蔓は生きているように脈動しており、女性もそれに合わせて身体が反応している。


 彼女が魔王である。


「どうした君らしくもない。分体を出して攻撃しないのか?」


「フフッ。千年振りにあなたに会えるというのに、そんなものを通して愛しい人を見ようなんて思わないでしょ」


 何言ってるんだ? 意味が分からない。あまりの苦しみに壊れてしまったか。しかし、分体を通して会話した感じだと冷静な対応もできていたように思える。


「ああ、私にとっての出来損ないの娘であり、あなたにとっては可愛い子猫ちゃんね。無事よ。というか、あの扉の向こうで雑魚相手に苦戦している男による呪いも解いておいたわよ。このまま放置して死んじゃったりされたら私が殺したことになるでしょ。ねえ、【世界の意志】のお使いをしてる神父さん」


「ぐぬ。その古き呼称は気に入らないのですけど。私どもは世界のバランスを保とうとしているだけでして、世界を支配したり監視しているつもりはないのですけど……」


「アハハ、私の旦那を殺しておいてよくそんなことが言えるものね!」


「ぐはっ!」


 神父が床へと叩き潰された。肉片と血の海が床へ広がっていく。


「賢者殿、心配ありませんので」


 驚く俺の耳元でトネリコさんが囁く。


「いやあ、驚きました。その状態でその力を行使できるとは。長く生きて参りましたがこんな目に遭ったのは初めてです」


 床のシミも無くなり、平然と神父が服の埃を払いながらそう言う。何だこれは、俺は何を見ている? 魔王の力は俺の遥か上を行き、この神父も一瞬で蘇生した。そしてトネリコさんには一切の動揺はない。


「やはり、あなたはこの世界にとって危険すぎる存在です」


 続けて神父は改めて魔王を敵認定した。

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