第43話 トネリコさん

「アンクウさん、後はお任せしました」


「アア……、ダガ本当ニ一人デ行クノカ?」


「ええ、あの子たちを危険な目に遭わせたくありませんから。それにブーディカの動きも気になります。クー・フーリンも。ここはアビと二人でお願いします。この水晶玉を渡しておきますね。俺の魂の状態と連動させていますから、死んだりあるいは支配された状態になると割れるようになっています。そのときは逃げてください。追ってはこないとは思いますが念のためです」


 俺は夜明け前の暗闇の中をひとり出発する。ユキが無事であることは間違いない。あの時の分体を通しての魔王の言葉に嘘はないことは俺には分かっていた。


 半日ほど森の中を歩いている。薄い光がこの魔王領を照らしているはずだが木々に遮られて夜中とさほど変わらない。俺は探索魔法を使い闇の中を進む。この方向が魔王の城への最短コースである。昔、友たちとぼやきながら進んだことを思い出す。あの頃のユキは愚痴も言わずに俺のローブの裾をしっかり掴んでついてきてたっけ。


「寂しいのぉ、ひとりは寂しいのぉ」


「おっ!? なんでアンタがいるんだ」


「そんな言い方は悲しいのぉ。賢者殿が心配でやってきたんだのぉ。世界の森はあたたかい気持ちで繋がっておるんだのぉ」


 トネリコの精霊はこの世界の森を自由に行き来できるらしい。言葉とは反対に淡く光を放つトネリコの老木は嬉しそうに枝や地表に出た根を揺らしていた。


「気持ちはありがたいけど、そんな大きななりじゃすぐに見つかってしまう。それにあなたにも傷ついて欲しくはないんだ」


「そ、そうかのぉ。……。だったら仕方ありませんね、この姿はまだ秘密にしておきたかったのですけど」


 声が老人のそれから、途中で女性のものへと変化する。同時に老木だったものが若いお姉さんへと……。


「と、トネリコ。あんた爺さんじゃなかったのかよ!?」


「はぁ……。お爺ちゃんの方が威厳もあって、優しそうだったら子どもたちも喜ぶじゃないですか。昔、姿を現した時に作った設定が気に入ってたんですよ私」


「お、おぅ……」


 耳の先が尖っている。茶色のローブ姿のエルフのお姉さんがそこにはいらっしゃった。


「これでよろしいですよね。賢者殿、ユキちゃんの救出へ出発です!」


 俺に構わず先へと歩き出すトネリコの精霊。そもそも彼女はトネリコの木の精霊かも怪しくなっている。


 ずっと俺はトネリコの愚痴を聞かされることになった。魔王の黒い空のせいで植物の成長が阻害されていること。ユキを拐ったことはもちろんだが、それよりもかつての戦いで俺が自らを犠牲にしてこの世界を離れるきっかけになったことを怒っていた。


「賢者殿の気を引こうだなんてあの小娘、百万年早いのですよ!」


「へっ?」


「い、いや何でもございません。久しぶりの本来の姿のせいで気分が高揚してしまったのですわ」


 そういいながらトネリコさんはずんずん進んでいく。


「魔物もいないし、動物の気配すらしないよね。昔ここを通ったときは苦労した記憶があるんだけど」


「野生の魔物や動物はすでに移動して生息地を変えてしまったと木々たちが申しております。虫も数を減らし彼らも長くは生きられないだろうと嘆いています。本当にあの糞魔王、いやエセ魔王絶対に許さん!」


「おおぅ……」


 エルフもそうだが植物系の妖精や精霊は皆心穏やかなものだと昔聞いたはずなのだが、彼女は武闘派なのだろうか?


「それでトネリコ。君はどんな魔法が使えるんだ? 戦いの前に作戦とかいるだろ?」


「わ、私ですか? えっと……。お花を咲かせたり植物の成長をちょっぴり促したり。そんなところですかね。えへっ」


「ま、マジか!?」


 おい、『えへっ』じゃないだろ。


「だって賢者殿がやっつけてくれますから。何も心配はしていませんよ」


「おいおい、俺は魔王の分体に追い詰められたんだが……」


「えっ? ユキちゃんを助けるつもりじゃないのですか」


「い、いや。それはもちろんだけど」


 正直ノープランだ。かつての魔王の強さで、俺の呪いの効果の持続を見込んで追い詰めることができるかどうかだと考えていた。その上でユキの呪いを解く鍵を魔王から引き出そうと。もともとがかなり無理目なものだった。


「私は見守り担当です。えっと監視役ですかね、世界が滅びないようにすることが私の役目なのです」


 トネリコの言っていることが全く理解できないのはどうしてなのだろうか。そんなことを考えているうちに森が開けた。


「魔王の居城ですね。先代の魔王の趣味で作られましたけど、センスのカケラもありません。残念なお城です」


「いや、先代の魔王は人格者だったと……」


「城の美しさに人格は関係ありません。魔王をぶちのめしたら建て替えちゃいましょうよ。ねっ」


 いやいや、『ねっ』って言われても。

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