第42話 分体

「オラオラオラァ! 目障りだオレの前からどきやがれ!」


 サラの魔剣が巨大なゴーレムの集団をなぎ払っていく。


「凍てつけ大地よ!」


 ディーネの錫杖から放たれる冷気がオークの軍勢の動きを止める。


「シネシネシネシネぇーーーっ!」


 シルフィの風の刃が凍った敵を粉砕していく。


「みんながんばれぇ!」


 応援に徹するノーマ。何だか魔法少女的なナニカと重なるが何の問題もない。アンクウさんとアビは撃ち漏らした魔王軍の兵を馬車を守りながら倒していく。


 俺はというとその様子をひとり離れた場所から窺っている。狙いはただひとり『黒曜姫』である。おそらくアレの強さは全盛期の魔王に匹敵するはずだ。正攻法では勝ち目は無いだろう。ここは手段を選ばずに行く。


「見えた」


 二体のガーゴイルを従えた少女がゆっくりと進むのが遠目に見える。モーゼの十戒の海割りように兵士たちが道を開けていく。


 俺は人差し指を『黒曜姫』に向けて狙いを定める。この距離なら外すことはない。光属性の指弾でヤツのこめかみを貫通させればいい。僅かな魔力で済むうえ、目の前の戦場では娘たちが魔力を全開で撒き散らしてくれている。こちらに気づかれることもない。秒速約30万kmの光速の攻撃からは不可避である。


「悪く思うなよ」


 俺の指先から無慈悲な光弾が射出された。


「ぐあっ!」


 次の瞬間俺は地面に押さえつけられていた。


「悪くはない。悪くはないぞ賢者」


 目の前には『黒曜姫』の顔があった。その美しい顔は愉快そうに笑っている。


「光速を超えただと!?」


 細腕にも関わらず伝わる力は大男のそれであり俺は身じろぎさえできない。


「魔王様からお前の居場所は特定できておったからな。この空が黒く染まっている理由を知らなんだか? あれは魔王様の『眼』でもあるのだぞ、この空の下では何人たりとも隠れることなどできぬ」


 コイツ、魔王と意識を共有していたか。それでも……、いや、先の戦いでは聖女の光魔法を魔王はことごとく回避してみせていたではないか。何故この可能性にまで至らなかったんだ。そもそも他者との意識共有をこんな精度でできるわけが……。


「き、貴様。魔王の娘か? いや、正確には魔王の分体!」


「ほう、気づいたか。いかにも私は分体である。貴様の連れている人工精霊も似たようなものであろうが、異なる点は本体と意識を共有していることであろうかの。改めて久しぶりであるな賢者」


「くっ!」


「フフッ、良い顔をしておる。あの時は貴様を逃したが今回はそうはいかぬぞ」


「ゆ、ユキは、ユキはどうしている?」


「ふん、あの出来損ないのことか。まだあんなものに執心しておるのか? 生きておるぞ。殺してしまってはお前を手に入れられなくなるからの。どうだ考え直さぬか、私のものになれ。そうすればあの娘もペットとして飼うくらいのことは許してやろうぞ」


「ふざけた事を……」


「相変わらず頑固な男だな。だが私はお前のそんなトコロも……、ぐあっ!」


 目の前にあったはずの『黒曜姫』の首が落ちた。


「間ニ合ッタヨウデアルナ」


 アンクウさんの大鎌が魔王の分体の首を刈り取っていた。


「助かりました。さすがは死神、全く気づきませんでした」


「ダガ、魂ハ逃シタ。今頃ハ本体ト合流シテオルダロウ」


「そうですね」


 この千年で魔王も進化しているようだ。あの時俺自身を対価として成立させた呪いにより『黒曜の城』、魔王城から外に出られないはずであった。しかし長い時間をかけて抜け道を見つけ出した。この黒い空を異世界にまで出現させることまでやって見せたことを考えれば魔王の力は数段上がっている。まだ俺の呪いが効果を発揮していることが唯一の救いではある。


 立ち上がって戦場を見下ろすと魔王軍はほぼ殲滅されたようであった。



「パパ遊んでぇ」


 俺は馬車内空間のリビングで精霊ちゃんたちに揉みくちゃにされている。魔王軍との戦闘で頑張ったご褒美を要求されているのだ。たしかに自分の分身ではあるのだが、独自に自我と個性を持ちいつの間にか魔法少女っぽく大きく成長してしまっていた。月日の経過とは恐ろしいものである。美少女たちに襲われるよりはマシかと思い現在は幼女モードにしてある。それでも大変なことに変わり無い。


「はいはい、良い子にしてくれるかな。パパはお行儀の良い子が好きですよ。みんな良い子だよね」


「はーい」


 精霊ちゃんたちが我先にとソファにきちんと並んで座る。俺は空間収納から昔どこかの王室専属パティシエに作ってもらったお菓子をテーブルにどんどん出していく。時間経過停止をこれほどありがたく思ったことはない。みんなキラキラと目を輝かせている。


「さあ、お茶も入りましたのです」


 本日の担当、アデルママが紅茶を運んでくる。アデルちゃんとアビとアカリで日替わりママ制になったらしい。その順番を決めるのにもまたいろいろあったようではあるが。


「それじゃ、私からはお歌のプレゼントですよ」


 アビがご機嫌な様子で椅子の上に立つ。


「わーい!」


 精霊ちゃんたちは大喜びなのだが、アデルとアカリはすでに耳を塞いでいる。そう、彼女はかなりの音痴なのである。かつてその歌声はゴブリンをも殺すといわれ魔族仲間たちに恐れられたらしい。『暴虐の歌姫』というのはそれに由来するのだとアデルちゃんから教わった。元歌の原型はとどめていないのだが、アイルランドの古い民謡によく似ているらしい。やはり過去に転移者か転生者が他にもいたようである。


 俺は気づかれぬように定位置の御者台へと逃げ出す。馬を走らせるアンクウさんの隣に座った。扉を通してもアビの歌声が聞こえていた。


 

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