第39話 乱入
敵の戦士が宙を舞う。飛行魔法を使っているのではない。物理的に飛ばされているのだ。
「こ、これは……。実際、お伽話程度にしか信じておりませんでした」
ダークエルフの村には、スーリンディアの成したとされる偉業が昔話として子どもたちに話し聞かされていた。この地に彼らが渡ってきた開拓時の出来事が中心で、アムラスもそれを聞いて育った。この地に棲みついていた竜を退けたとか、先代の魔王と剣で互角に打ち合ったとかそういった内容で、おとぎ話の英雄そのものだった。温厚な長老の姿とどうしても重ねることができず、子どもでも信じている者はほとんどいなかった。
「へえ、竜や魔王と。それは凄いな」
あの大英雄すら使いこなせなかった大剣を振り回す姿から、俺も頷くしか無かった。なぎ倒されていくあの魔族たちは弱くはない。人族基準で言えば化け物揃いの集団だ。物理攻撃では分が悪いと判断し、魔法に切り替えたのは判断として間違っていない。だが彼に対しては悪手だ。
「魔法が、き、消えた!?」
アムラスが驚くのも仕方がない。俺もスーが子どもの頃、なんとか魔法のひとつでも身につけさせようと奮闘したがすぐに諦めた。なぜなら彼は特異体質持ちだったからである。
この世界では大気中に存在する魔素と呼ばれるものを体内に取り込み、魔力へと変換することがほとんどの生物において行われている。これは世界を渡ってきた俺の身体でも起こる。いわゆる魔力量というのはそれを受け入れる魂の器の大きさによって決定されるのだ。
正直にいって彼の器は大きかった。しかし、彼の身体は魔素を魔力に変換する前にそれを消化してしまうのだった。彼の老化が極端に遅かったり、あの怪力はそれが関係しているのかもしれない。
「敵ガ退クヨウダ」
「本当だ。スーリンディアも深追いしないようですね。もともと狙いはデカラエワタということでしょうか」
「恐ラクソウデアロウ。ウム、出テキタナ」
ひとりの男がスーのほうに歩いてくる。
「何というか普通ですね」
「ソウデアルナ……」
アムラスの言うことも分かる。アンクウさんもあの男への評価を決めかねているようだ。特に鎧なんかは身につけていない。黒いマントに同じく仕立ての良さそうな黒い服。野蛮な魔族というより品のあるお貴族さまという感じだ。身長も体格も平均的な日本人である俺と似たようなもの。違いと言えば褐色の肌に金色の髪、額から伸びる短い角であろうか。
男がスーリンディアの間合いに入った。特に何の警戒もなくごく自然に。
「はっ!?」
マジか。スーが振り下ろした大質量の剣撃を右手一本、何の変哲もないロングソードで受け止めた。いや、普通の剣なら叩き折られるはず、魔剣か何かだろうか。轟音が響いたはずだが、スーの全力の一撃にも男は涼しい顔をしている。
「離れろ、スー! ソイツは普通じゃない!」
俺の声が聞こえたのかバックステップして距離を取るスーリンディア。
「ぬっ!」
一瞬でスーとの差を詰めるデカラエワタ。
「逃さぬわ」
横薙ぎに振るわれた剣を全力で受け止めるが吹き飛ばされるスーリンディア。防戦一方となるが耐えてはいる。
俺が一歩前に出ようとするとアンクウさんが止めた。
「アレハ、アデルタチノ馬車デハナイノカ?」
夜明け前に村を脱出したはずの馬車が凄いスピードでこちらに向かって戻ってくる。御者台には必死の形相のディニエル。馬車の屋根の上ではアビが空中に5本の剣を展開しナニカからの攻撃に応戦している。あの馬車にはかなり高度な防御魔法を組み込んでいるのだが、中にいるはずのアデルちゃんや村の子どもたちのことが心配だ。
俺たちの横を馬車が通り過ぎて急停車する。
「おじさん!」
アデルちゃんが馬車から顔を出す。俺は前に出ると堅牢な防御結界を張る。様々な属性の魔法の矢が透明な壁に阻まれ、色とりどりの花火のように粒子へと変わっていく。
「ああ、あの子たち。復活させられたか……」
俺の言葉と同時に、馬車を追っていたのだろう四体の精霊が姿を現す。
「ちぇっ、オレたちの攻撃が効かねえのか」
「ムカツク、ムカツク、ムカツク、ムカツク……」
「コロス、コロス、コロス……」
「そのようですね。それにシルフィとノーマもどうやら壊れてしまっているようですし、どうしましょうかね。サラちゃん」
「そんなことオレが知るかよ! それは姉ちゃんの担当だろ」
サラとディーネは正常なようである。シルフィとノーマは……。いずれにしろ状況は良くない。停車した馬車からアビが走ってきた。
「ダーリン! 途中でアイツらの襲撃を受けて戻ってきたのよ」
「そうか。でも槍の男の姿が無いようだけど、見なかったか?」
アビによるとクー・フーリンの姿は見ていないらしい。蘇生させられた四精霊たちと自分の城に辿り着く前に鉢合わせしたようである。
『何をモタモタしているのです。早くその男を始末なさい!』
やはりいたか『女神』よ。
精霊たちの身体が淡い光に包まれた。これは魔力供給だがその急激な注ぎ方は彼女たちへの負荷が大きいぞ。
気づけばアンクウさんはスーリンディアのもとへ。デカラエワタと睨み合いの状況だ。
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